第8話 頭痛と洗剤

『ご、ごめんね。さきと君』

『いいって、あんなこと言うアイツらが悪いんだよ。また絡まれたらボクに言うんだよ』

『……あ、あの!』

『? 何?』

『良かったら私と友達になってくれないかな?』

『……ボクたち前から友達じゃなかったの? ヤミちゃん!』

『え? いや、その…… えへへ、そうだね!』



「……君! 崎人君!」

「ん? あ、ああ八重樫さんか」


 頬をペチペチと叩いている八重樫さん。けどちょっと威力高いので止めて頂きたい。


「だ、大丈夫? 急に倒れたけど」

「俺、どのくらい気を失ってた?」

「え? ほんの十秒程度だけど。どうかしたの?」

「あれは、俺の……?」


 身に覚えのない光景が流れてきた。あのちっこい子どもはおそらく俺だと思う。そしてあの子が八重樫さん……? つまりあれはさっき言っていたいじめられていた後のシーンなのか? 


「八重樫さん!」

「ふぇ!? な、何かな?」


 突然の声にビックリして肩をビクンと上がらせる。その肩を押さえるように彼女の両肩を無意識に触っていた。


「俺、ちょっと昔のこと思い出したかも」

「ほ、本当!?」


 さっきの走馬灯? みたいなもののあらましを伝えた。たった十秒だが少しでも思い出せたのは大きい。


「……っていうことだったんだけど、俺の記憶合ってたかな?」


 答え合わせをしようとすると目を丸くして言った。


「……うん。そんな感じだったよ」

「お、おっしゃー!! やったぜー!」


 やっぱりあれは俺の記憶だった。記憶取り戻し計画がこれで一歩前進した。でも昔のこと思い出す度に頭痛がするのは厄介だな。まあ今回だけかもしれないが。


「ところで崎人君。思い出したのってそこまで?」

「? そうだけど?」

「……そっか、ちょっとでも思い出せて良かったね! じゃあ食べようか」


 どこか含みのある言い方だった。しかしそれを今問うても仕方がない。俺たちは、主に八重樫さんは大量の料理との闘いに勤しんだ。ちなみにあれだけの量があったにもかかわらずものの十分でたいらげてしまった。



「ふぅ、ごちそうさま」

「美味しかったね。それでこの後どうするの? 何か私に言わないといけないことがあったんじゃないの?」

「あ、そうだった、すっかり忘れてた。実は俺昨日まで北海道にいたんだけどそこでこの指輪について分かったことがあったんだ」


 俺が薬指を掲げると八重樫さんは自身の小指に目を落とした。そうか、そのせいで色々迷惑かけているかもしれないな。


「あ、その指輪のせいで何か支障あったか?」

「いや、特にはなかったよ。お母さんにちょっとびっくりされたりからかわれたりはしたけどね。アンタにもついに春が来たのね~って」


 そっちもか。伯父さんと似たところがあるのかもな。親っていうのはどうしてそう子どもの恋愛事情に興味を持つものなのだろうか。俺も親になったら分かるのかも知れないが。


「この指輪、特別な液体をかけないと外れないらしくてな。それでスーパーで洗剤とか買い漁ってたんだよ」


 今さらながら液体と言われてすぐに洗剤を思い付くのもどうかと思うけどな。だが俺の頭ではそれくらいしか出てこなかった。


「そっか、液体か…… ふふっ」

「ん、どうかしたか?」


 何か思い付いたような笑顔を浮かべた。


「あの指輪って機械音声あったじゃない? だからパスワードかなって思っただけだよ」


 確かに、言われてみればそうだ。忘れていたが解析中ってあの指輪から聞こえていた。ということは正しいのはパスワードの方? 


「うーん、どっちだろう…… よし! 考えても分からん! 二つの方法でやってみるか」


 円さんの言っていたことが絶対とは限らないし、何より色々試行錯誤してみるのが大事って伯父さんも言ってたしな。たくさんの液体ぶっかけてみるか。


「色々試してこの指輪外さないとな。いつ皆から冷やかされるか分かったもんじゃない」

「あはは、そうかもね」

「八重樫さん、ちょっと付き合ってくれないかな?」

「……ふぇっ!? え、えええ!!! そ、そんな急に……」

「ん? そんなダメか?…… あっ」


 顔を赤らめる八重樫さんに俺はずいぶんな失言をしたと後になって気付いた。これだといきなり告白したみたいだからな。


「ご、ごめん。そんなつもりじゃなくて今から公園にでも行こうかなって、それで一緒にどうかなって」


 アワアワし、どもりながら伝えると向こうも理解してくれたようでお互い落ち着いた。周りの目線が痛い。本当に知り合い居なくて良かった。


「あ、そ、そうだよね。普通に考えたら。ごめんね。こういうときいつもこんな感じになっちゃうんだ。私の悪い癖なんだよね」

「い、いや別に気にしなくていいんじゃないかな」


 手で顔を押さえながらこちらを上目遣いで覗く。少しドキッとした。いかんいかん、相手は幼馴染み、変な気を起こすな。


「でも公園に行って何するの?」

「さっき買った洗剤試そうかなって。善は急げって言うしな。じゃあそろそろ出ようか」


 一刻も早く解除したいので俺は席を立ち、店を出た。誘ったのはこっちなので奢ろうかと言ったが真っ向から拒否されて各々の料金を支払った。正直お小遣いそんなに多くないので助かった。

 店の近くに公園があったのでそこのベンチに腰かけてガサゴソとビニール袋の中を漁った。


「とりあえずあるだけ全部ぶっかけるか」


 購入した四種類の洗剤を順番に垂らしてみた。しかし何の変化もなかった。15通りの組み合わせも試してみたが依然として変化なし。塩素系と酸性タイプの組み合わせは塩素ガスが発生するので今回は選ばなかったがそっちなのか? 


「はぁー、せめてヒントとかあればなー」


 虚空に向かって叫ぶもヒントは降りてこない。嘆いている暇があれば他のものを試してみるべきだが今日はもうやる気がない。


「うーん、洗剤じゃないのかな? そもそも液体って世の中に数千種類もあるし一から探すのは大変だね」


 分かってはいたが途方もない作業だ。どの液体か分からない上にどういう組み合わせかすら分からない。まさに雲を掴むようなもので非現実的だ。


「よし、今日はここまでにするか。日もいい感じに落ちてきたし」


 時刻は午後四時。4月の春なのでこの時間帯でも暗くなりはじめていた。あとあまり寝てないから眠たいのもある。


「でも何も進展しなかったね…… ねえ、崎人君」

「ん? どうした」


 何やらモジモジし始め、数秒経った後とんでもないことを口にした。


「今から家に来ない……かな?」

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