第7話 空腹の妹?
「よお、崎人。こんなところで会うなんてな。今俺たち入学おめでとう会やってんだけどお前も入るか?」
逃げようとした俺の背後から声をかけるタク。その声につられて振り替えると十数人の同級生がいた。さっきはよく見えなかったが違うクラスの人もいた。こいつどこでそんな人脈広げたんだろう。いやそんなこと考えている場合じゃなかった。
「イヤー、オレチョットヨウジアルンダヨネー」
なんという棒読み。俺に演技の才能はないな。とにかく俺は帰る! こんな危険な部屋にいつまでもいられるか!(テンプレ)
「マジかよ、ちょっとくらいいいじゃんか。親睦深めようぜ」
遠慮しておく。皆との間に亀裂を深めたくないので。
「なんだタク。お前の知り合いか?」
「ああ、俺と同じクラスの佐藤崎人っていうんだ。いいやつだから仲良くしろよ」
「よろしくな崎人。俺は
黒髪でがっしりとした体型の男に握手を求められたので俺もその手を握り返す。陽キャのタクとは違い、硬派といったイメージが先行して少し怖い。というか手痛い。
「俺と馬酔木は同じ中学校のバスケ部なんだよ。昔は世話になっていたなー」
「昔だけの話にするな。今日の集まりだってやるって言い出したのに結局何にもしないで俺に押しつけたのはどこのどいつだ」
「さ、さぁ~ 誰だろうね~」
「全く…… 崎人、こいつと関わるならこういうこともあるって頭に入れておけよ。色々やらかすからな」
「あ、ありがとう」
さっきまで怖いと思っていたが苦労人というイメージが前面に出てきてしまった。この人と仲良くやっていけそうな気がする。
「ところで後ろにいるのはお前のツレか?」
へ? ……あー! 忘れてた。八重樫さんのこと置いてけぼりにしてしまっていた。どうしよう。今俺の力でできることは…… あ、そうだ!
「八重樫さん、これ被って」
「え、何で」
「いいから早く!」
他の奴らに聞こえないように小声で帽子とメガネを渡して変装するように仕向けた。よし、これで大丈夫だろう。
「ああ、この子は俺の妹。今日はこいつの服買いに行くの手伝ってるから混ざることできないんだ。悪いな」
うーん、我ながら苦しすぎる言い訳。そもそもメガネしていたとしても兄妹なんて通用するはずが……
「へー、崎人って妹いたんだ。こんにちは、名前は何て言うの?」
信じるバカが一人いた。こいつこんなにアホだったっけ? 普段女の子のことしか考えてないくせに識別すらできないのか。って、これはまずいぞ。ここで八重樫さん本人が答えたら流石に声でバレる。
「さ、さくら! この子は佐藤さくらって言うんだ! じ、じゃあな!」
フラグを回収したくないしここは逃げるが勝ちだ。タクはごまかせたけど十中八九馬酔木君にはバレているだろう。あの訝しげな表情なら言葉にしなくても分かってしまう。
「こ、ここまで来ればいいかな?」
「崎人君、あ、あの……」
「ん?」
俺は夢中だったので八重樫さんの手を繋いで走っていたことに気がつかなかった。
「ああ! ご、ごめん!」
急いで手を離して平謝りする。そして今さらだがメガネをかけた目の前の八重樫さんがいつもと違う雰囲気でドキッとした。桂真さんに雰囲気は似ているがスタイルが全然違う。いや、スレンダーな桂真さんも素敵だと思うよ、はい。って俺何考えてんだよ。
「い、いきなりでビックリしたよー。中に誰か知り合いでもいたの?」
「同じクラスの辰芹拓憲がいたんだ。あそこには行けないな」
「え、何で? 折角だし行ってもいいんじゃないの?」
「え? いやいや、俺たち二人が休日にこんなところにいたら…… その、なんだ……」
「? ……あっ!」
完全に付き合っていると誤解されてしまう。そのことがようやく分かったのかさっきまでやや赤くなっていた顔の彩度が一気に高くなった。
「あ、あの! ご、ごめんね……」
「だ、大丈夫だよ。気にしないで」
「「…………」」
「と、とりあえず別の店探そうか」
「う、うん」
沈黙が気まずくてひとまず歩くことにした。気分を紛らわせるため次の店に入ったのはそれから30分後だった。
「よし、今度は大丈夫だな」
知り合いに出くわさないように辺りを見回す。確認をした後店の奥に位置する日の当たらないテーブルに座った。ここなら外から見られることもないからだ。
「ふぅ、ひとまず何か頼もうか」
「そうだね、あ、店員さんちょっといいですか?」
近くにいた眼鏡の店員さんを呼びつけて注文をする。
「えーっと、アメリカンコーヒーを一つお願いします」
へー、結構渋いチョイスするんだな。俺はコーヒー苦手だからカフェオレにでも……
「あとナポリタン大盛りと小倉トースト四枚。それにチーズドリアとミックスサンド三枚とホットドック五本もお願いします。あ、ビーフシチューも忘れてました」
は、何その量? ラグビー部か何かですか。それを一体誰が食べるんだ?
「あ、ちょっと少ないかな?」
「いや少ないどころか…… 八重樫さんそんなにお腹空いてたの?」
「ん? いつも通りだけど…… 男の子ってこの位食べるんじゃないの?」
そんな男の子はごく一部の人たちです。全部じゃありません。ほら、店員さんもポカンとしてるから。
「え、えーっとか、畏まりました。そちらの彼氏さんはいかがでしょうか?」
「か、カフェオレだけで…… ってち、違います!! ただの幼馴染ですから!」
「そ、そうです! け、決してそんな関係じゃないですから!」
「……ふふっ、そうですか? それでは少々お待ち下さいね」
本当に分かっているのだろうか。あの店員さんすごいニヤニヤしていたけど。その後飲み物はすぐに来たけどそれ以外の料理に時間がかかるので、すべての品が来たときにはホットで来たはずのカフェオレがコールドになってしまっていた。
「わあー! 美味しそう。頂きます」
とてもいい笑顔で目の前のナポリタンに喰らいつく彼女。また不覚にもドキッとしてしまった。
「ほんと、いい食べっぷりだな」
「えへへ。でも私が今こんなに食べられているのは崎人君のおかげなんだよ?」
「え? 俺が何かしたのか?」
俺の知らない記憶。何かのヒントになるかもしれない。
「そうだよ。確か小学校四年生の頃だったかな。四時間目体育でお腹ペコペコなところに給食の定番カレーライスが来たんだよね。でも女子ってあんまりおかわりってしないじゃない?」
「まあ確かにそうだな」
中学校でも給食でおかわりするのは男子ばっかりだったしな。そういうのちょっと恥ずかしくなるものなのかな。
「その日どうしても空腹だった私はおかわりのときに手を挙げたんだ。そうしたら他の男子から『夜実のやつおかわりなんかしてるぜ。ダッセー』なんて言われてたんだよね」
「な、何だよそいつら」
「まあ、あのとき私いじめられていたし。いじめの対象ってこともあったんだけどね」
「い、いじめって……」
おそらく昔から八重樫さんの性格はこのままだったのだろう。他者に遠慮しがちな性格。何も考えていないガキからしたら格好の的だったのだろう。だがどんな性格であろうとも許していい理由があるはずかない。
「ひでぇよ。人が何しようがそいつの自由だろ! 俺は好きなものを堂々と言える人の方がバカにするやつらよりもカッコいいと思うぞ!」
あ、つい熱が入ってしまった。こんなこと本人に言ってもしょうがないと言うのに……
「さ、崎人君。記憶戻ったの……?」
「え? いや、全くだが」
「だって…… 今さっき言った言葉そのいじめていた男の子たちに言った事と全く同じだもん!」
「う、嘘だろ!?」
「嘘なんかじゃないよ。それまであまり喋ったことなかったんだけど私が泣きそうになったときにすぐにそう言ってくれたんだよ」
「そ、そんなこと…… ッ、な、なんだ。あ、頭が……」
縄で頭を縛り付けられているような鈍痛がする。痛みに耐えきれず机に突っ伏してそのまま気を失ってしまった。
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