第2話 知らない四天王

 俺は何度も手紙の文字を読み返した。そして開けた靴箱をもう一度確認する。やはり俺のところだ、間違いない。これは俺宛の手紙だ。


「どうした? 帰らないのか?」

「え、ああ…… ちょっと教室に忘れ物したから先に帰っててくれ」


 咄嗟に右ポケットに隠したこれを見られるわけにはいかない。目が泳いでいるのを自覚しながら下手な言い訳をした。


「じゃあここで待ってるから早く取りにいきな」

「ああ、ありがとう……」


 鈍感なのが幸いして悟られることはなかった…… と思う。タクを背にして教室ではなく屋上に向かった。


 この高校は一階に学年用の教室はなく、二階が三年生、三階が二年生、そして四階が一年生の教室となっている。屋上はさらにその上にあるので階段を駆け上がるのだけでも一苦労である。誰もいない廊下で自身の足音を反響させながら屋上の扉の前までやって来た。


「……いよいよか、なんて言ったらいいんだろうか」


 そもそもあの手紙には差出人の名前が書かれていなかった。正直皆目見当が付かない。階段を上ったことによるドキドキとはまた違った意味でドキドキしている。気持ちを整えるため、しばらく深呼吸をして落ち着いたところで扉を勢いよく開けた。


「おっそーーい!! どれだけ待たせるのよ!! ここ結構寒かったんだからね!!」

「まあ仕方ないよ、あんな手紙出したらイタズラだと思われるし」

「それに崎人にサプライズしようって言ったの撫子だし」

「うっ、それはそうだけど……」

「……久しぶりだね。崎人君」

「……八重樫さん?」


 最後に口を開いたのが同じクラスの八重樫さんということは分かった。同じクラスメイトでタクの言う通り美人だからである。しかし残りの三人は皆綺麗な顔はしているが見覚えがない。それに何故向こうは俺のことを知っている風なのだろう?


「ええっと……」

「ん? 久々過ぎて名前忘れちゃった? 仕方ないな、あたしは名倉撫子。思い出したでしょ? 五年間一緒に過ごしたんだもん」


 その名前は聞いたことがある。つい三分ほど前に。オレンジ髪のツインテールとやや背が低いのが特徴だ。そしてこの口振りからするとおそらく……


「ひょっとして小学校の同級生?」

「? そりゃそうでしょ」


 俺の奇妙な問いに首を傾げながら肯定する。まさかこんなところで再会するとは思わなかった。とは言っても俺の記憶の登場人物に彼女たちはいないので実際ははじめましてだ。これ以上話が進んでややこしくなる前にここは正直に言うしかない。


「……済まない。実は転校したであろう時に記憶を無くしたらしいんだ。だから皆のことは今日初めて知ったんだ」


 俺の突然の告白に凍りつく一同。皆呆気にとられた顔をしておりさっきまでの雰囲気が嘘のように淀む……と思っていた。


「あ~、やっぱりまだ思い出していないか~ せっかくこうして再会しても全然反応ないもんね~」

「え? 知っていたの? 俺が記憶喪失なこと」


 長身のロングの髪の女の子が妙に間延びしたおっとり声で静寂を破った。おそらくこの人が萩羽乃さんだろう。男の俺の身長178 cmを優に上回っている。しかしタクの言い分とは違ってクールビューティーの印象は無い。それよりも誰にも言っていないはずの俺の秘密をどうして知っていたんだ?


「崎人君の伯父さんが教えてくれたのよ。一週間ほど前に俺の甥っ子が嵐川に入るから面倒見てやってくれってね。そこで崎人君の事情も知ったのよ。最初は忘れられていてショックだったけど顔は全然変わってないね。一応私は桂真香。委員長してるわ」


 伯父さん…… そういうことは先に言っておいてくれよ。でも空気が悪くならなくて良かった。できる限り穏便な生活を送りたいからな。委員長のテンプレのような眼鏡をかけており、長い髪をゴムでしっかり留めて綺麗なポニーテールを作っている。


「それにしてもなんでヤミは同じクラスなのに声かけなかったのよ。いくらでもチャンスはあったじゃん」

「だ、だって…… 急に馴れ馴れしくしたら迷惑だろうし…… そ、それに……」

「……??」


 俺の方を一瞥するとすぐにそっぽを向いてしまった。何かしちゃったのだろうか?


「はあ、全く。崎人、この子は八重樫夜実。かなりの恥ずかしがり屋だから取り扱いには気をつけてね」


 人をモノ扱いするのはいかがかと思うが…… とりあえず皆の一通りの声が聞けたところでずっと言いたかったことを言わしてもらいたい。


「皆、まずはごめんなさい。もちろんわざとなんかじゃないんだけど大切な思い出を忘れていたのは良くないことだ。できるだけ早く思い出せるように頑張るから。これから楽しい思い出を作って行けたら嬉しい」


 正直になること、女を悲しませないこと。これが男の美徳であるという伯父さんの受け売りの言葉が俺の座右の銘だ。


「……フフッ、変わってないね~ 崎人君」

「案外記憶と人格は別物なのかしらね」

「そうなのか? まあこんな美人たちに覚えられているだけで幸せ者だけどな」

「まあねっ! 感謝して欲しいくらいね!」

「び、びびびびび、美人!? そ、そんな////」

 

 しまった、つい本音が。まあ悪口じゃないから別にいいか。


「……本当に変わってないね~ 昔を思い出すよ」


 何かマズかったのか萩さんはやや呆れた顔をしていた。しかしそれを横目にもう一つの聞きたいことを聞いてみる。


「それより手紙に書いてあった約束って何?」


 もちろん約束なんてもの覚えていない。だから直接本人に聞くしかない。しかし四人ともリアクションは同じだった。


「ん? 何それ?」

「え? 手紙に書いてあったじゃん。ほら」


 右ポケットから手紙を取り出して皆に見せた。タクに見られないようにしたから少しシワが寄っていたが識別はできる程度だった。


「これ書いたのアタシだけど後半は書いてないよ。それによく見て、筆跡が少し違うでしょ」


 名倉さんの言う通り目を凝らすと確かに前半は丸みを帯びた字だが後半は角張っていた。言われてやっと気付くレベルがよく分かったものだ。


「確かに…… じゃあ一体誰が?」


 皆を見渡しても首を傾げるだけで真実は分からなかった。まあそれほど気にするほどでもないか。


「約束か……」

「どうしたの崎人君~?」

「なあ……」


 覆水盆に帰らず、数秒後に頭をよぎる諺である。


「ミレウサマントラって言葉知っているか?」









 

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