空いた薬指とミレウサマントラ
海老の尻尾
第1話 忘れた約束
「わたし、さきとクンだいすき!!」
「ボクもだよ、……ちゃん。オトナになったらケッコンしよう」
「うれしい…… でもオトナになってもこのことわすれないでね」
「わすれないよ、ぜったいに。そうだ、アイコトバをきめよう」
「アイコトバ?」
「うん、おおきくなったらきょうきめたコトバをボクから……ちゃんにプレゼントするよ。ぷろぽーずっていうんだって」
「あ、それママからきいたことある。いいね、なににするの?」
「えっと…… ボクたちの……を……から……までの……を……した……」
「「ミレウサマントラ!!」」
「ボク、ずっとおぼえているから」
「うん、わたしも」
これが俺の唯一残っている記憶である。
突然ではあるが皆は記憶喪失というものを信じるだろうか? そんなの漫画やフィクションの中だけの話と思うかも知れない。そして割とすぐにふとしたきっかけで思い出す…… まあよくあるパターンだろう。しかし俺はレベルが違った。なんとしっかり記憶しているのが小学校五年生の終わり頃に東京から北海道に引っ越してからである。つまり俺は空白の十一年間を持っており、かつ約四年間何も思い出すことができていない。実質四歳児みたいな感じだ。以前病院で診てもらったことがあるが暖簾に腕押しだった。誰かと結婚の約束みたいなことしたような気がするけど…… 残念ながら相手が誰なのか、いつどこでの会話なのか、合言葉の意味すら忘れてしまった。
「おーい、
「昨日の内から準備万端だから大丈夫だって、伯父さん」
この人は俺、
「ほらよ」
「何これ?」
小さな紙袋を俺は伯父さんから受け取った。中にはおにぎりが三個入っていた。
「腹減るだろ、今日の昼飯として食っとけ」
伯父さんの握ったおにぎりはこの一つで普通サイズの三個分はあるほどのバカでかい大きさだった。さすが銚子の漁師といったところか、豪快なのは見た目だけではなくおにぎりまでも反映されている。俺どちらかといったら少食なんだけどな。だが折角作ってもらっておいて文句は言えまい。俺はありがたく頂戴した。
「……友美さんほど上手くは作れねえけどな」
「…………」
「プロ並みの料理の腕前だったからな、友美さん。まったく、兄貴も友美さんも大馬鹿者だよ。こんな早く逝ってしまうなんてな。でも、やるべきことはしっかりとやっていたな。お前という自慢の息子をしっかり育て上げたんだからな」
そう臆面もなく自慢の息子と言われると恥ずかしい。少し顔を伏せた。
「さあ、今日から新たに青春を謳歌せよ! あ、もちろん恋愛的な意味でな」
「一度もモテたことない俺にはハードル高いぞ」
「俺の甥だろ? モテないわけないぞ」
その自信はどこから来るのやら…… まあしんみりしているよりもこっちの方が伯父さんっぽいけどな。ちなみに実際伯父さんは昔はすごくモテたらしいが俺とは性格も顔も全然似ていない。
「じゃあ俺は仕事に行ってくるから。せめて友達の一人くらいは作れよ」
「んー、頑張ってみるわ。じゃあ行ってらっしゃい」
大きく手を振って伯父さんは片道約二時間かかる銚子の海へ繰り出した。
「さて、そろそろ俺も…… あ、いつもの持っていかないと」
新品の学生服一式を纏い、青い指輪をカバンの奥に忍ばせた。母の形見であるこの指輪はいつもこのように外出時は持って行っている。もしこのときうっかり忘れていたら俺の人生は大きく変わっていただろう……
今日から通うのはここ
最初の机の配置は何のひねりも無く五十音順である。佐藤の俺は一クラス四十二人中前から十四番目であり、タテ七台×ヨコ六台の机の並び的に一番後ろの列に座ることになった。カバンを机に下ろして一息吐くと右側からキラキラした声が聞こえてきた。
「よう! 今日からよろしくな。俺は
やや茶髪っぽい長身のイケメンがニコニコと俺に話しかけてきた。一目で分かる、陽キャである。
「お、おう。よろしく…… あれ? 何で俺の名前知ってんだ?」
「そりゃあクラス分け表に名前が書いてあったら分かるだろ。俺このクラスの奴ら全員名前知ってるぜ。楽しく過ごしたいからな」
一目で全て覚える記憶力もそうだがそれをしようとする気があるのが凄い。俺たちはすぐに仲良くなった。
「なあタク、お前はもう入る部活決めたのか?」
「もちろんバスケ一択だぜ。そういうお前は?」
「いや特に。中学の頃はテニスしていたけど今この学校に無いしな。まあ色々見て回るよ」
「おう、まだ時間あるしな。まあ俺としては一緒にバスケ部に入ってもらいたいところだけどな」
「面白そうなのがなければ行くとするわ」
今日は休み時間もこの放課後もずっとタクと一緒にいた。今の入る部活のことや出身地のことなど話した。さすがに記憶喪失のことまでは話さなかったが伯父さんの願いは早速成就した。そして俺はこの択憲という男について分かったことがある。
「それより気付いたか崎人」
「何がだ」
「何ってこの学校の女子のレベルの高さだよ! かわいい子ばっかりじゃねえか。俺ほんっっとうにこの学校に入るため必死に勉強して良かったわ。それに今年の一年生に四天王って呼ばれている子たちがいるの知っているか?」
「知らね」
見た目通りかなりの女の子好きである。というか初日でそんなこと知っているお前凄いな。
「仕方ねえ、簡単ではあるが教えてやろう。まず我ら一組の
まるで舞台俳優のようなダイナミックな動きで四天王の名前を言い終えたタクの顔は晴れやかであった。こいつの女の子好きは度を越しており、女の子についてのことならば知らないことは無いんじゃないかと思うほどである。それにしてもさすが東京、美人が集まりやすいんだな。
「いっぱいいるんだな。じゃあそんな彼女たちと今日どんな話をしたんだ?」
「え? いやいや無理だぜ。俺なんかが高嶺の花たちに声をかけるなんておこがましいぜ」
「そうか? 大丈夫だと思うけどな」
こんなチャラそうな見た目とは裏腹に異性とはまともに喋ることすらできない超チキンである。それが意外だった。そんなニワトリさんと一緒に話しているといつの間にか昇降口まで来ていた。
「さて、俺宛のラブレターは入って…… ないか~~」
残念そうな顔を浮かべているが入学初日に、それも靴箱に手紙入れるなんてベタなことはそうそう起きないだろう。あまり人のことは言えないがそんなことを期待するよりまずは会話をしろ、と思いながら俺も早くさっさと帰ろうと靴箱を開けた。
パサッ
「ん? 何だこれ」
何やら紙が舞い降りた。拾い上げてじっと目を凝らす。
『屋上まで来て。約束を果たすから』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます