6話 延びる影
敵は三体。全員恐らくアニマと思われる。が、しかし先程の動きを見るとそこまで驚異的な能力をしているとは思えない。勝つことは難しいが、この場を乗り切り逃げることなら容易いはず。俺一人ならば。問題はこの少女。この子を庇いつつとなると急激に難易度が上がる。
・・・どうする。どうすればこの窮地を脱出できる。
考えていると、敵は間髪入れずに次の攻撃を繰り出してくる。目線から脚部を狙っていることを判断し躱す。
ここまでは全ての攻撃を躱しきれているものの、これがどれまで続けられるかは分からない。早く手を打たなければ。
そう焦っていた時だった。またもや目の前に現れる黒い影。上空から降りてきたと思われるその物体は高速で移動し一瞬で黒服三体を華麗な格闘術で撃退する。
その特殊な機械構造の人型アニマ。見覚えがある。それもそのはず、昼の時見たアニマと全く同じ個体である。
「ぐっ、敵の応援を確認。一時撤退する!!」
三体のうち、一番奥の黒服が口元につけた機械にそう発すると踵を返し走り去って行った。みるみるうちに姿は暗闇にのまれていった。
「今日で二度目ですね。」
俺は物陰から見ていたその人物に声をかける。安全を確認するとその人物は目の前へと現れる。羽島力斗である。
「異様な影がビルの間を駆け抜けて行ったと思えば。一体どういうことだ。あれはなんだ?何故お前がいる。」
「俺は偶然居合わせただけで・・・。どうやらやつらはこの子を狙っていたようです。」
言うか迷ったものの、どうせバレると思ったためありのまま起こったことを話すことにした。圭は傍らにいる少女を前へと出す。
「この子・・・とはどの子のことだ?」
「え?この子ですよ。ほら。」
と言って指を指すもなぜか羽島はキョトンとしている。その顔を察するにどうやら本当に見えていないらしい。
「あのアニマの幻惑かもな。見たことの無いタイプだったしな。だが寝れば治るだろう。今日はもうすぐ帰れ。」
「え、あ。はい。」
深追いするのもそれはそれで特に何も成果は得られそうにないため、ここで打ち切ることにした。不意に圭はESSが発動しなかったことを思い出し羽島へと問い尋ねる。
「そういえば先生。ESSがエラーして召喚出来なかったのですが・・・。恐らく召喚方法も間違えていなかったと思います。」
「不具合か?分かった。明日取り替える。」
「助かります。」
そして圭は言われた通り帰路につこうとする。すると羽島に声をかけられる。
「気をつけろ。長年の勘からして、お前はなにか狙われているようだ。」
「・・・なにかとは?」
「それは、分からないが。とにかく気をつけろ。」
この男。どうやら見た目に反してかなり生徒のことを思った気遣いのできる教師らしい。人は見た目に寄らないとは言うが、初めてその言葉の意味を実感した気がした。どうやらこの俺にしか見えない少女も着いてくるようだ。丁度いい、話も山ほど聞きたいことがある。
帰宅後。
圭とその少女は階段をのぼり自室へと移動する。圭は自分のベットへ腰を下ろす。少女はというと物珍しそうに部屋の辺りを見回している。
「・・・そんなに珍しい物でもあるか?」
「いえ、ただヒュマの家の中はこんなんになっているんだなぁ、と思っておりまして。」
「ヒュマ?」
「私たちの世界では人間のことを指す言葉ですよ。」
その少女は机の上に置いてある地球儀をぐるぐると回しながらそう答える。気になっていたことを聞いてみることにする。
「なあ、さっき鏡の世界とかなんとか言ってたけど、どういうことだ?異世界から転移したとか言わないよな。」
「おお。察しがいいですね!流石はアルバトリオンの末裔。」
まさか、冗談半分で言ったことが事実になるとは。嘘、ということも考えたがここで嘘をつく理由も思いつかないため一旦は信じることにした。
「鏡の世界?」
「はい。このヒュマが住む世界の構造はそっくりな、いわばパラレルワールドみたいなものです。ですがそこで暮らすのはあなた達の言葉でいうアニマ。アニマが暮らす世界こそが鏡の世界です。私はそこから来たのです。ちなみにその世界の住人は言葉が使えるんです。だからこうしてあなたと喋ることも出来る。」
「・・・は?」
「ちょっとぉ!今なんだこいつ、アホかみたいな目でこっちを見ましたね!!」
「そんな話信じられるわけないだろ。アニマの世界?なんだそれ。おとぎ話かよ。」
話が飛躍しすぎて混乱する圭。まあ無理もないですよね、と言いながらその少女は勝手に机の席に座り出す。
「私はその鏡の世界から逃げ出してきたのです。」
「・・・逃げ出す?」
「私は鏡の世界のアニマによって作られたアニマなのです。どうやら軍事目的によって製造されたようです。」
「つまり、人造。いや人では無いか。まあとにかく、そういう事だな?」
「ええ。そして私は鏡の世界のその研究所に監禁されている時に人を見ました。」
圭は思いもしなかったことを言われ驚く。
「そのアニマの世界に、人だと?」
「ええ。そしてその人の名は」
喉が乾いたためバックに入っていたお茶のペットボトルを取り出そうとする圭。しかし次の瞬間その取ろうとしていた手の動きが止まった。
「出雲聡。」
・・・出雲、聡・・・だと?
「・・・たしかに、そう呼ばれていたのか?」
「ええ。彼は人間界の優秀なアニマの研究家であり、私を作り出すために協力してくれた、とも。」
この世界に出雲聡がたった一人とは限らないだろう。しかし、もし。それが自分の実の父親だとしたら。
6年前。自分が凡才だと発覚したあの日から数日後。俺は出雲家から勘当された。理由は一つ。出雲家の恥の責任。代々天才を産み続けた出雲家。その末裔は凡才。自分と同時に父親も世間から本当は彼も天才ではなかったのでは?という疑いの眼差しを受けることとなった。
家庭は崩壊し、その当時のストレスからか実の母親である出雲晶子は流行病で病死。
その報告を受けたのは俺が八海家に引き取られてから数年がたった頃であった。
身寄りのない俺を引き取ったとは八海玄徳という一人暮らしの当時まだ24歳という若い男だった。
八海は「浪速のトレジャーハンター」とその手の傀儡からは呼ばれており、世界各地を体一つで旅をし自由というお宝を手に入れる。と本人は昔から自慢げに語っていた。
基本的には家を空けている八海だったが俺が居候としてこの家に住むことになってからはできるだけこの家にいるようにしてくれていた。そして暇さえあれば俺に体術の稽古をしてくれた。浪速のトレジャーハンターはその優れた身体能力、体術と実績から名づけられた異名であり、その実力は確かなものであった。そしてその稽古を続け5年の歳月が過ぎた。
俺は「アニマ関連の教師になる」という夢を実現させるために王都国家召喚士育成学園へと入学することになった。
その時に苗字を八海に変えた方が何かと便利に思われたが、家庭内で最後まで唯一味方をしてくれた亡き母との関係全てが失われるような気がしたため変更せず「出雲」として生きていくことにした。
そして現在に至るということである。
出雲聡とはその勘当された6年前から一切会っておらず消息も不明とされていた。
消えたと思っていた父親はアニマの世界へ行き、アニマを作っていた・・・?
たしかに、あの天才の中の天才である父親だ。作ろうと思えば人造アニマなど本当に作ってしまいそうな力はあると思うが。
「そういえば、お前名前はあるのか?さっきからなんて呼べばいいか困惑してる。」
「名前は、私を作った研究者達が呼んでいたのはシークレット。」
「シークレット?秘密?」
「そう呼ばれてました。」
・・・なんとも言えないセンスだなと圭は思ったが、自分もそう呼ぶことにする。
「それで、シークレットはその研究所から逃げてきたと。」
「ええ。彼らは私を使ってこのヒュマ世界を征服しようとしているらしいのです。」
「おいおい、ちょっと待て。人間界を征服?話が飛躍しすぎだろ。」
「元々、鏡の世界の住人はあなたがた人間のことをよく思ってないのです。ヒュマの召喚するアニマ。あれは私たちののコピーなのです。」
「コピーだと?」
「はい。私たちの世界の住人がコピーされて人間の奴隷として働かされている。そのこと自体定かではありませんが、古来そういう言い伝えが私たちの世界にはあります。」
とんでもないスケールの話になってきたと圭は思った。こうなると鏡の世界というものの存在を信じてしまうような気がする。
「でもお前を使って征服って。そんなに強いのか?」
「ええ。まあ。私にはとある能力があるのです。」
「能力?」
「私と直接目を合わせた者の深層意識へと介入し概念、思想、意識を根底から捻じ曲げることが出来ます。」
「なんだって?それってつまりお前が死ねって命令すればそいつは、」
「自殺しますね。必ず。」
こいつはとんでもない殺戮兵器だな。その見た目とは裏腹に凶悪な一面を秘めている。
「いわば、殺戮少女ってところか。」
「殺戮兵器。でも違いないですかね。でも私は人間界を力で屈服させて征服なんて、そんなことしたくありません。私はアニマと人間の共存。それこそが願いです。争いで血が流れるのは、御免なんです。」
シークレットは言葉にならない感情を必死に押さえ込みながら俯いて話す。握られた拳は震えていた。
「てことはつまり、さっきの羽島がお前のことを見えなかったのも?」
「はい。私の能力であの方が私を認識できないようにしました。」
「なんでまた?」
「いつどこに誰が敵かは分かりませんから。あの方も敵のスパイ、ということも無い訳では無いですからね。」
それについては納得するが、ひとつ疑念が生じた。
「でもその能力、さっきの黒服の奴らにも使えば良かったんじゃないか?そしたらあんな必死に逃げることもなったろうに。」
「あいつらが、鏡の世界の住人。要するにアニマということはお気づきですよね?」
「まあ喋るアニマなんて初めて見たけどな。」
「鏡の世界の住人のアニマは皆喋れます。人間界へコピーされてきたアニマはコピーですからね。意思もないので言葉を発することもありません。それで、問題はこれからさきにあるんですが・・・。私の能力は人間にしか使えないのです。」
「まあ、人間界を征服するために作られた兵器なわけだしな。裏切られた時のためにアニマに使えないのは当たり前じゃないのか?」
「いえ。それでは召喚士の召喚するアニマに対抗できませんからね。鏡の世界の住人は完璧に人間界を叩き潰す計画を立てていたようですから。私を制作する当初の計画ではアニマにも能力が使えるようになっていたそうです。」
「けど、使えないってことは。誰かが意図的に使えないようにお前を作り上げたってことか?」
「その通りです。ある意味、私は不完全なのです。でもわざわざなんでそんなことをしたんでしょう?」
「お前と同じように人間とアニマの共存を望む者がいたんじゃないか?」
「・・・そうだといいんですけどね。あの研究所にいる研究者は元々人間に対する憎悪の大きい者立ちが集まって結成されましたから。そんなことないとは思いますが・・・。」
研究所の中に人間に協力的な者がいた。とでも言いたいのだろうが、そもそも鏡の世界の概要を全く分かっていない圭にとっては理解しえないことだった。
「あとそうだ、なんで俺に接触してきたんだ?アルバトリオンの末裔ってなんだ?」
「私があなたを探していた理由ですか?それは予言に従ったまでですよ。」
「予言?」
「さっき言い伝えがあったじゃないですか。アニマは人間の奴隷とされているっていう。あの続きです。アルバトリオンの末裔と巡り会えばイゴの終末が訪れるっていう。」
色々聞きたいことがあるが順番にひとつずつ整理していこう。
「なんでそのアルバトリオンの末裔が俺になるんだよ?」
「私たちの世界は鏡の世界って言いましたよね?鏡は同じものを写すんですよ。私たちのとこにもあるんです。原の神、エルヴィオレ。川の神、オルトロス。山の神、バルバロイ。そして雲の神、アルバトリオン。」
「つまり、人間界でいう四名家とその神が関連してるってことか?」
「そう私は思ってます。そして予言ではアルバトリオンの末裔。つまり出雲家の末裔はあなたです、出雲圭。だから私はあなたに逢いに来たのです。」
時空を超え、世界をまたぎ、鏡の世界からやってきたその可憐なる殺戮の少女はそう言った。
あなたに逢うために。
「イゴの終末とは?」
そう聞くと、その少女は笑顔で決意に満ちた表情で答えた。
「アニマと人間の対立する世界の終焉。」
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