7話 才賀瑠斗という男

殺戮兵器として生まれた、その可憐なる少女の願い。それはたったひとつ。「人間とアニマの共存する世界」それだけであった。

固く握りしめられたその小さく白い拳は、強く。そして決意に満ちたものであった。


「・・・ところで圭さん。」

「なんだよ?」

「私お腹減りました。」

「・・・俺もだ。」


夜ご飯を買ってこようと思って家を出たが、結局家に持って帰ってきたのは一人の少女だった。


━━━━━━━━━━━━━━━


・・・うるさい。


耳元で鳴り響く轟音。

得体の知れない謎の物体が不快な不協和音を奏でている。

圭は目覚まし時計のスイッチを叩き押す。金属製のため、その衝撃で少し手が痛くなった。

時計の針は二本。長い針は丁度3の辺り、短い針は8より少しだけ上という所か。

つまり。現在の時刻は8時15分であった。


・・・・・・。


「おおおおおおいいいい!!やばい、遅刻だ!!!」


ベッドから転げ落ちながら自力で立ち上がり、急いで支度を始める。幸、鞄の中身の支度は終わっていたため後は服装諸々である。

部屋の隅の方で寝ていたシークレットも目を覚まし出す。はあ、とあくびを一回。虚ろな目をごしごしと擦っている。


「なんですか、騒がしいですね・・・。」

「なんだよじゃない。遅刻だ。というかアニマって寝るんだな。」

「まぁ、喋るくらいですからね。私たちからしてみればどれも普通ですけど。」

「というかお前も早く急げ、もう行くぞ!」

「え。私も行くんですか!!?」

「当たり前だろ!!昨日の連中がまた襲ってくるかもしれないだろ。俺の傍にいないと危険だ。そもそも護衛をお願いしてきたのはそっちだろ?」

「嫌々にしては、随分と協力的ですね。何が気になることでもあるんですか?」


図星である。しかし、決して顔には出さないようにする。自分が知りたいのは実の父親である出雲聡。彼がなぜ、なんのためにシークレットを作ったのか。そして今は何をしているのか。自然とその答えを気になっていた。自分を出雲家から勘当を言い渡した張本人。憎むべき相手ではある。しかし、心の底から。どうでも良いはずなのに。自分には既に関係の無いことなのに。なぜか父親のことを知りたがっていた。もう、家族ですらないのに。


パンを少しだけ頬張り、コップ一杯のお茶を一気に喉に流し込む。口を開けて寝ていたのか、乾燥していた口内に水分が染みる。

その他諸々の支度を終え家を出た頃には時刻は20分といったところか。

自宅から学園は約20分かかる。このままだと確実に間に合わない。


玄関の鍵を閉め下り坂を高速で駆け抜ける。それに同じ速度で空中を漂いながら着いてくるシークレット。


「おい、その速度なら昨日も逃げ切れただろ。」

「これ結構疲れるんですよ。浮力にエネルギーを使うのは走る以上に体力を消耗するので。まあ、その分スピードは出ますけどね。昨日は心身ともに疲れ切ってましたから。」


つくづく正真正銘のアニマにはこれまでの常識が通用しない。しかしこれこそが本来のアニマの姿なのかもしれない。

今まで自分たちがアニマと思って扱ってきていたのは、その模造品にすぎない。自分オリジナルで生み出したと思い込んでいたのも全てが鏡の世界の住人のコピー。全て分かりきっていると勝手に思い込んで。実際は何一つ分かっていなかったのだ。世界は、横にも縦にも広い。


猛スピードで走り抜け予定よりも早めの電車に乗ることが出来た。しかし既に23分。モノレールは急ごうにも急ぐことは出来ない。どちらにせよ遅刻は確定のようだ。独り言だと思われるのは多少恥ずかしいため小声でシークレットに話しかける。


「なぁ、もう既に能力は使ってるのか?」

「ええ。私が認識した車内の人々全員に私が見えないように、私の声が聞こえないようにさせておいてます。これもスパイ防止のためです。」

「能力に制限はないんだな。一日に何回まで。みたいなものは。」

「そりゃまあ。兵器ですからね。そのような欠陥は特に。」


特に、何も気に止めていないように窓から外を見てシークレットはそう語った。兵器ですから。その何気ない一つ一つの言葉に自然と重みを感じてしまうのは、この車内で自分一人だけであるだろう。


王都中央駅へと到着し、またもや高速で学園を目指す。途中、通勤中と思われる40代前後と思われる男性に思いっきりぶつかったが、なにも言われずに過ぎ去って行った。今思えばあれもシークレットが気遣ってくれていたと後に分かることになる。


学園前。

校門はまだ開いていたが目の前には体格の良い男性教師が渋い表情で立っている。恐らくアニマの実技科目の担当教師だろう。


「シークレット。頼む。」

「・・・圭さん。すごく自然と私に要求してくるのですね。」

「仕方ないだろ。元はと言えばお前が俺に昨日接触してきて、それで買い物袋をあの裏路地に置いてきてしまったから昼食夕食ともにろくなものも食べれずに腹がすいて眠れなくて寝坊したんだ。ちょっとぐらい助けてくれ。護衛の報酬の先払いだと思ってさ。」

「呑気な人ですね・・・。」


渋々ながらも手をその校門前に立っている教師に向ける。すると突然背後から声をかけられた。物音せず後ろに立たれたためさすがに驚いた。


「君も遅刻かい?」

「え、ええ。まあ。」


ネクタイは緑色。三年生である。

襟には校章ともうひとつ、見慣れない光沢のある銀色のピンが付けられていた。


「おいおい、よりによって今日の番人は安河内先生か。こりゃ誤魔化して入るのは厳しいな。」


と言いながらその男子生徒は頭を悩ませている。傍らにいるシークレットについて何も言ってこないため、既に能力を発動させたのだろう。恐るべき早業である。


「君は、青いネクタイということは新入生か。二日目から遅刻とは、大した度胸だ。」

「そういう先輩は、三年生ですか。」

「ああ。3年Aクラス。才賀瑠斗だ。」

「出雲圭です。」


そう言った途端、才賀瑠斗は目を丸くしてこちらを見てくる。


「君が、かの有名な出雲家の末裔か。はじめまして。会えて光栄だよ。」

「そういう先輩、いや会長こそ。学園長の息子さんでしたか。」

「・・・どうやらかなり知っているようだね。」


そう。この男の名は才賀瑠斗。学園長である才賀響の一人息子であり、この学園の生徒会長。その実力と人望から一年生の時点で生徒会長の座についたという話は有名である。それ以降も、その席は揺るがないという。常に成績一位として称えられており学園長の息子という肩書きに恥じない経歴を残している。


「ええ。先輩の優秀さには、入学前から噂が絶えませんでしたから。」

「そいつは嬉しいことを言ってくれるね。おっと、そんな悠長に言ってる場合じゃなかった。学園長の息子の生徒会長と、出雲家の末裔が新年度二日目で遅刻は流石にまずいね。なんとかしないとね。」


自分としては、この男がさっさとどいてくれれば問題なくシークレットの能力を使えるためいいのだが・・・。圭が悩ませていたその時であった。


「じゃあ、君も頑張れよ。」

「・・・え?」


刹那。目の前から突然と姿を消す才賀瑠斗。間違いない。才賀瑠斗の特殊型アニマの能力だ。

急いで校門前に目を移すと学園内に既に才賀瑠斗と姿があった。にっこりと満面の笑みを浮かべながらこちらを見ている。そしてその傍らには光沢のある緑色の装甲に包まれた謎の物体が佇んでいる。そしてまた一瞬にそれもまた姿を消した。あれがやつのアニマだろう。

しかし、自分の近くから彼がいなくなったのは好都合である。


「シークレット。一応才賀にも。」

「はいはい。分かりましたよ。」


そして堂々と校門前を歩き出す。なにも言われずに教師の横を通りすぎる。

そして才賀瑠斗の目の前で能力を解除する。


「・・・!こいつは驚いた。消えたと思ったら目の前に。何をしたんだ?」

「ちょっとした手品ですよ。」


そう言って別れも告げずにその場を後にした。



教室に到着したのは34分。まだ一時間目も始まっていなかった。

席に着くと目の前の席の陽介が、早速話しかけてくる。


「よ、おはよう。二日目から遅刻とは良い身分だな。」

「ああ。少し昨日は色々あってね。」

「色々ってなんだよ。」


昨晩。空腹で眠れなかったため今後について考えていた。シークレットをどうすべきかということを。そしてひとつ決心したことがあった。


「シークレット。こいつともう一人にお前のことを話してもいいか?」

「ん?なんだって?」

「・・・圭さんが言うなら、構いませんが。信用出来るんですか?」

「ああ。こいつらなら。間違いない。」


自分はそう強く、そう断言した。

昨晩決心したこと。それはシークレットのことを隠し続けるかどうかである。たしかにいつどこに敵がいるかわからないというシークレットの気持ちもわかる。出来れば隠し続けるべきだろう。しかし絶対に自分一人だけでは乗り超えられない壁がくる。そうした時に支えになるのはやはり情報を共有する仲間である。

そう考え圭は陽介と千夜の二人に事情を説明することにした。


「陽介、千夜と三人で話したいことがある。大切なことだ。後で屋上に来てくれ。」

「・・・ああ。いいぜ。」


今でも思う。この選択は本当に正しかったと。

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