3話 俺は、凡才だ。

「お前はなぜ、凡才なのだ。出雲家の人間であろう?」

「出雲家の長男、凡才なんですって。」

「お前は出雲家の人間ではない。凡才の召喚士など、出雲家の末代までの恥だ!!」


罵倒され、呆れられ、見放された。

しかしそんなこと、とうの昔に聞き慣れた。慣れてしまった。


人間の多くは凡才である。そもそも天才なんてものは極わずかしか存在しない。しかし、例外もある。自身の親が天才の場合だ。

両親のどちらか一方が天才である時、その血を引いた子供は必ず天才となる。よって名家は代々天才が引き継がれていく。

もちろん、自分の父親は紛れもない天才であった。出雲家22代目当主、出雲聡。幼少期から父親の武勇伝を聞き生まれ育った。俺にとって父親は憧れの存在であった。

親が天才ということもあり、最初は自分も父親のようになれるのだろうかと心配だった。しかしその度に父親は自分を励ました。


「大丈夫。なんつったって俺の息子だからな。」


召喚士の稽古は過酷だった。毎日朝5時に目覚め、体力作りや精神統一の修行。午後になればアニマについての学弁。

当時まだ幼い俺にとってそれは地獄でもあった。でも、憧れていたから。夢があったから、続けることが出来た。


父さんのような、立派な召喚士になりたい。


しかしその夢は、儚くも崩れ去った。


一階の居間から父親と母親の怒鳴り声が聞こえる。気になった時分は部屋に入ろうとしたが、何故か襖を開けるのをためらった。聞き耳をたてる。


「なぜ・・・なぜだ!?圭は俺の息子だろ!?俺の血を引いているんだろ!?それなのに、それなのになぜ圭は凡才なのだ!!?」

「っ・・・私に怒鳴られても分からないわよ!こんなこと想定外よ!!」

「まずい、もしも出雲家の23代目当主が凡才なんてことが知れ渡ったら。末代までの恥だ!どうすれば、どうすれば!!」


正直、最初は自分の耳を疑った。まさか自分が天才ではなく、凡才だとは。

天才の父親の息子なのだから大丈夫。そう勝手な妄想が自分を無自覚のうちに安心させていた。

だがそれは傲慢であった。そんな保証、どこにもないのに。


「なぁ、圭は本当に俺の息子なんだよなぁ?まさか、本当は他の奴との子供だったりしないよな!!?」

「馬鹿言わないでよ!!そんなわけないでしょう!!?」

「ならなぜ凡才なんだ!!!なぜ、なぜ能無しが生まれる!!」


能無し。凡才。


自分の武器となり得るはずだった〈天才〉という言葉が、一瞬にして自分をも切り裂く刃となって首元に突き立てられる。


「僕は・・・凡才・・・?」

「おい、圭はどこだ!!?」


まずい、こっちに来る!!

そう思って体を翻すも、時すでに遅し。目の前の襖が開く。


「・・・聞いていたのか?」

「お、お父さん。僕は・・・僕は凡才・・・なの?」


どこか慰めの言葉を期待していたのかもしれない。普段あんなにも優しく、時に厳しくも、自分の父親に変わりはない。

しかし、それもまた傲慢であった。


「お前は・・・お前は、誰なんだ・・・!!」

「・・・え?」

「俺の息子が凡才な訳が無い!!お前は偽物だ!!この家から出ていけ!!!」


自体を理解出来ぬまま襟を掴まれ、そのまま玄関へと引きづられていく。泣き叫ぶ母親の姿がどんどん小さくなっていくのがわかった。

突然寒くなった。どうやら外へ投げ出されたらしい。放り出され腰を地面に打ちつけるも、その時はなぜか痛たみも感じなかった。


「お、お父さんっ!!!!!」


叫んだ。これまで出したことの無いような腹から、心からの叫び。

しかし、その時の戸を閉めている父親の顔を見た途端。自分は叫ぶのをやめた。


父親は、泣いていた。


しかしその涙は悲しみと言うよりも、憎しみというものを、感じた。


その時からかもしれない。


自分は悟ったのだ。


自分は、凡才なのだと。


━━━━━━━━━━━━━━━


ひと足早く教室に戻っていた俺の元に陽介と千夜が遅れて到着する。陽介は俺がさっき手渡した封筒を自分の目の前に差し出した。それを黙って受け取る。封は切ってあるので、どうやら中身は確認済みのようだ。


「ねぇ。圭。どういうこと?あんたが凡才なんて。」

「出雲家の末裔だろ?単なる機械の故障とかじゃねーのかよ。」

「言っただろ。昔も今も、判定は変わってないって。」

「圭・・・。」


分かっていた話だ。今になってそう驚くことでも、焦ることでもない。とうの昔に悟っている。


「でも変な話よね。出雲家の末裔である圭が凡才なんて。親が天才ならその血を引く子孫は必ず天才になるはずよ?」

「つまり、その、こう言うのも難だが・・・。その・・・。」

「別に気にしてないから、言いたいことがあるなら言ってもいいぞ。」

「・・・その圭はその出雲家の血を引いてないってことになるのか?つまり父親はまた別にいるっていう・・・。」


陽介は気にしなくてもいいと言ったが、どこか申し訳なさそうに縮こまりながら話す。

陽介の言ったことは当初、父親が言っていたことと同じであった。しかしその事も既に解決済みだ。


「最新鋭のDNA鑑定でも調べたが、間違いなく出雲家の血を引いてるそうだ。父親は出雲家22代目当主、出雲聡の息子に間違いない。」

「じゃあ、やっぱり理由は何故かわからないけど天才を引き継げなかったってこと?」

「ああ。なぜかな。」

「その様子じゃ理由もわかってないって感じか・・・。その・・・なんというか・・・。さっきはあんなこと言ってほんとにごめん。」


さっきとは入学式前に教室で言っていたことを指しているのだろう。


「だからもう俺は自分が天才じゃないことに気にしてないって。むしろ普通の人間は凡才だ。」

「・・・そうだよな・・・。」

「ん?なんだ?」

「ほーんと、馬鹿みたいよね。こんなのが天才だなんて。信じらんない。私と同じにしないで欲しいものね。」


ん?天才?つまり・・・


「・・・その、俺は天才だったんだ。いまさっき初めて知ったんだけど・・・。」


陽介が・・・、天才?


「凄いな陽介!おめでとう!」

「・・・あ、ああ。」

「おい、天才だぞ?意味わかってんのか?お前は才能あるひとりなんだ。もっと喜んで誇らしく思えよ。」

「・・・ああ!ありがとう!」


陽介は、心の底からの感謝の意を述べた。本当に陽介は良い奴である。今日初めて会ったがここまで人の心を気遣えて、優しい人間はそう多くない。いい友達を持ったと満足している。

するとまあ教室のドアが開き羽島が入室してくる。


「全員いるか?では今からこのクラスの天才、凡才を発表する。天才の生徒においては日々の6時間の授業の後、特別カリキュラムを受けてもらうことになる。」


と言って羽島はタブレット型の機会を操作している。

そう、天才だからといって凡才と授業が全く違うなんてことは無いのだ。基本的にはどちらも同じ内容の授業を受けることになる。

勘違いされることも多いのだが、天才だからといってアニマと扱いが上手な訳では無いのだ。天才と凡才の別れる基準は〈オリジナル・アニマが扱えるかどうか。〉その一つのみである。

いくら天才でもその才能を生かすか、はたまたドブに捨てるかはその本人の努力次第なのだ。しかし、やはり社会に出るとどうしても天才は凡才よりも優遇されることが多い。それはもう仕方の無いことなのである。


「ではこのクラスの天才を発表する。漆原、寮王、そして宝条。以上三名だ。それ以外は凡才となる。」

「俺と漆原以外にもう一人か。・・・クラスに三人って多い方なのか?」

「ああ。かなりな。一クラス30人の中に1人でも出れば奇跡っていう感じだからな。これは学園長も喜びの笑いがこみあげてくるだろうな。」


実際、クラスの中に天才は千夜一人だと最初は思っていたがまさかさらにもう二人いるとは。正直、思いもしなかったのが本音である。


「次に凡才の者には電脳召喚に必要なデバイス、ESSを提供する。」


するとその聞き慣れない単語を耳にした陽介が問いかけてくる。


「ESSってなんだ?」

「Electric Summon Systemの略。電脳召喚に必要なための手首に装着する外部デバイスだ。ブレスレットみたいな見た目だが、体内の霊気と真相意識をその機械を通して調節することによって誰でも召喚が出来るようになる優れものだ。でも簡単に入る代物じゃないからな。こういう特殊な学園とかに入学したり、国の許可がおりないと使用は許可されない。」

「まあ、そりゃ危ないもんな。」


そう。アニマは人々の生活を豊かにした。物資の運搬、輸送から始まり今では多くの政治、経済にまで浸透している。

しかし、アニマは戦争にも扱われたほどの危険性をも持っている。それを肝に銘じなければならない。


自分も羽島からESSを受け取り、右手首に装着する。一瞬鈍い音が鳴ると同時に小さな画面が表示され起動し始める。

画面には〈王都国立召喚士育成学園量産型アニマ No.7 近接戦闘型〉と表示されている。


「詳しい説明はおいおい行っていくが、既に扱い方を知っている者も無闇にアニマを召喚するなよ。それは自分の身を守ると同時に相手の命をも奪う危険が伴っている。そのことを忘れるな。扱い方がわからない者は今すぐ装着せずにカバンの中にでも入れておけ。」


自分はESSを初めて使用したわけではないため、そのまま装着しておくことにした。まあ、使うことなんで無いだろうが。


この金属の肌触り。懐かしいものを感じる。


俺は師匠との生活の日々を思い出した。

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