2話 天才と凡才


入学式は無事、何事も無かった訳でもないが終了し自分たちの教室へと新入生は戻って行った。


自分の席に戻りクラスを眺めてみる。まだクラス結成初日ということもあり緊張気味なのか、和気あいあいとした様子はクラスのどこにも見受けられない。

そんな暗雲立ち込める雰囲気を気にもとめないような大きな声で話し始める男が一人。他でもない宝条陽介である。


「なあ、圭。さっきの学園長が扱ってたアニマってやっぱりオリジナル・アニマなのか?」


どうやら先程の入学式で新入生の注目を一気に浴びたあのアニマについての話らしい。


「ああ。才賀家代々受け継がれるオリジナル・アニマ。通称〈クロガネマル〉。主に潜入とか裏方の仕事に適したアニマだな。」

「受け継がれるってことは先祖も同じクロガネマルを扱えたってことか?」

「正しくは違うけど同じ系統のオリジナル・アニマは扱えたと思うぞ。オリジナル・アニマの引き継ぎは名家ではよくあることだ。」

「・・・なあ、なんかそれって不公平じゃねーか?なんか親の力でオリジナル・アニマ手に入れたみたいな感じじゃんかよ。平成時代のボンボンかっての。」


まあ、一般人からしたらそう思われてもいたしかないいと言えるだろう。オリジナル・アニマの継承は受け継ぐ人が天才のことはもちろん、さらに類まれなる訓練や努力が必要なのだが。そんなこと普通の人がわかるはずもない。天才には天才にしかわからない苦労や努力があるというものである。

それは違うぞ、と釘を刺そうとしたその瞬間であった。クラスの遠くの方、というより真反対の位置に座っていた生徒が怒号を上げた。


「はあ?平成時代のボンボン?なんの努力もしないで親の力のみでオリジナル・アニマ?馬鹿言わないでくれる?お馬鹿さん。」


激怒というより、それはもう憤怒に近かった。声の主は荒く椅子から立ち上がり自分のと陽介の席の近くへと迫ってくる。

どんな筋肉隆々の不良のような輩が来ると思っていた二人はその声の主を見た途端、呆気に取られた。なんと女子生徒であったのだ。綺麗で艶のある黒髪を背中のあたりまで伸ばし、目は大きく身長は高すぎでも低すぎでもない、スタイルのいい細身の体型。言うなればそれは美少女であった。しかしその大きな瞳の中には燃え盛る炎のようなものを感じ取ることが出来た。そういえば、その怒りの声は女性の声だったような。

女子だとわかって気が大きくなったのか少し強気に出る陽介。


「やあ、わざわざ教室の真反対からご苦労さま天才様。」

「調子に乗らないでくれる?あんたみたいな見た目だけのゴリラ、私の力なら秒殺どころか瞬殺よ。」

「親にもらったオリジナル・アニマでか?笑わせんな。そんなんお前自身の力でもなんでもねーだろ。」

「どうやらあなたはこの学園でアニマについて習うより、礼儀について習った方がよっぽど良さそうね。」

「その言葉、そのまんまお返しするぜ。」


いや、なんだよこれ。どういう状況だよ・・・。

止めようにも両者の視線の間には本当に火花が弾けそうな勢いである。ものすごい形相で睨みつけあっている。こうなると喧嘩を止めるタイミングを見失ってしまう。

まあ、いいや。ほっとこう。


「あなた、どうやらアニマについてかなり無知のようね。アホなのは顔面だけじゃなく脳内までとは、恐れ入ったわ。」


さっきからこの女子生徒、口が達者である。そして、どこかで会ったような気がする。懸命に思い出そうとするも、結局分からなかった。


「そこの彼ならわかるはずよ。ねぇ圭?」


・・・は?


「けっ、圭って、なぁ、お前ら知り合いなのか?」


そこで俺は間髪入れずに答える。


「いや全然。」

「おい。」


この気が強い性格、そして綺麗な容姿。どこかで見たような気がするんだが・・・。

そう本気で悩んでいるとその女子生徒から自分に話しかけてきた。


「え?今の昔みたいないわゆるボケじゃないの?本気?嘘でしょ?」

「なんだボケって。どういうことだ?」

「・・・時の流れっていうものはこうも人の形を変えるものなのね・・・。」


どうやら俺は呆れられたらしい。その女子生徒は手を俺の机に勢いよく置く。


「いい?私の名前は漆原千夜!あんたとは昔よく遊んだでしょ!!」


漆原・・・千夜・・・。漆原・・・千夜・・・?


「漆原千夜だあ!?」

「だからそう言ってるでしょーが!!」

「なあ、圭。漆原ってことはあの四名家の一つか?」


漆原千夜。そう忘れるはずもない。四名家の一つ。出雲家とは代々縁があり自分と千代も子供の頃からの知り合いであった。召喚の稽古が終わったら近所の公園などで一緒に遊んだりもした。小学校を入学して以来は会う機会が極端に減っていき、すっかり忘れていたというわけである。


「忘れるはずもないって、あんた今の今まで忘れてたでしょ・・・。」

「おい俺の感情に侵食するな!」


と今日一番の声で一掃した途端、話を聞いていた数人の生徒と千夜がクスリと笑いだした。


「そうそう。そのツッコミ。それこそ圭よ。」

「別に俺昔からツッコミをしてたわけじゃないんだが・・・。」


と穏やかな雰囲気をクラスが取り戻したと思った途端、陽介が懲りずにまた掘り返し始めた。


「て、おいまだ話は終わってないぞ親のスネかじり。」

「陽介。まあこいつはこういう性格だ。許してやってくれ。」

「何よその私が悪いみたいな言い方。」

「・・・まあ、圭がそう言うなら・・・。分かった水に流すことにするよ。俺は宝条陽介。よろしく。」

「あら。どうぞよろしくゴリラ。」

「うるせー!誰がゴリラだ!誰が!」

「あーうるさいうるさい。あんたは静かにドラミングでもしてなさいな。」


と陽介がまた千夜の安い挑発に乗りかけたその時、教室のドアが開いた。自分たちのクラスの列の先頭に並んでいたガタイのいい教師である。

少し話し始め、席を移動していた生徒は静かに自分の位置へと戻る。

そして教師はおもむろに教室正面のモニターとタブレット型の機械を繋ぐ。画面にはその教師の名前と思われる文字が表示された。


「この1年Fクラスの担任を務めることになった羽島力斗だ。よろしく。」


やはりこのクラスの担任だったようだ。陽介は自分の方へと振り返り無言で悲しみを表現する。軽くあしらっていると余計虚しくなったのかまた前を向き出した。

その後はこの学園の設備についてや、一年の学習プログラムの概要の説明などをした。どれも入学前パンフレットやインターネットなどで確認した通りなので必要にもう一度説明を聞く理由はないと思い適当に聞き流していた。


そして、多くの生徒が期待しているであろう待望のイベントが始まる。


「では最後に今から召喚技能判定を行う。聖堂へ行くぞ。」


召喚技能判定。簡単に言うと天才か凡才かを判断するという事である。判定には特殊な設備が必要になるため多くの一般人は判定未経験の状態で学園に入学する。つまりここで初めて自分が天才なのか凡才なのかを知ることとなるのだ。天才になる条件は努力や技能関係なしにとにかく〈運〉であるため、どの生徒も自分はもしかしたら天才なのではないかと期待するものである。


聖堂に到着し判定の順番を待っている途中、陽介と喋っていると千夜が話に混ざりに来た。


「私はもうとっくの前に判定を済ませてあるわ。もちろん天才よ。」

「四名家ともなると家にこの学園の聖堂みたいな施設があるのか・・・。スケールが違いすぎるぜ・・・。ちなみに判定って具体的に何をするんだ?」

「あんた、そんなんも知らないで召喚士になろうとしてるの?まあ、凡才には判定の具体的な方法なんて知らなくても意味無いものね。」

「さっきから含みのある言い方するよあお前。」

「もちろん圭も昔判定して、天才判定だったんでしょ?」

「・・・俺は、」

「次、出雲圭。」


どうやら自分の判定の番のようだ。

聖堂へ入るとそこには聖なる空間には似つかわしいいかにも近代風な機械が設置されている。パネルには手の形が表示されておりここに手をかざすことによって天才か凡才かを判定することが出来る。具体的には体内の霊気の容量や真相意識の強弱などを図ることによって判断するらしいのだがあまり詳しいことは知らない。千夜の言う通り、知る意味が無いのだ。

俺はパネルに手をかざした。

高まる鼓動。額には汗が滴る。


「判定終了。」


機械からアナウンスが流れると同時に下部から紙がでてきた。この封筒の中に判定の紙がはいっているという仕組みである。

俺は黙ってその封筒を受け取り、内容を確認する前に聖堂をあとにした。


「お、圭。どうだった。っても二回目だから結果は昔と変わんねーか。」

「・・・ああ。そうだな。」


俺は黙ってまだ未開封の封筒を陽介に手渡した。そして一人足早に教室へ戻ろうとする。


「おい圭、これまだ封切ってないぞ?」

「判定は分かってる。見たいなら見ていいぞ。」


そう言って俺は教室へ一人もどることにした。


そう。判定は変わらないのである。


昔の判定も、今の判定も。


どんなに努力や訓練をしても決して天才にはなれない。


心のどこかでは分かっていたはずなのに。


「どうしてこうにも、忘れられないんだろうな・・・。」


俺は、凡才である。


昔も、今も。





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