ユメループ(KAC7)

つとむュー

ユメループ

「これは夢を繰り返す新薬なんだけど……」

 そんな前置と一緒に、俺は教授から五つの錠剤が入った袋を受け取った。

「今回のバイトは、この薬についてレポートしてくれ」

 俺は、所属する大学の薬学部に出入りしている。新薬モニターのバイトのために。

 一件につき一万円。

 治験モニターならもっと貰える、と思う方もいるだろう。

 でもこのバイトは治験のためじゃない。というのも、教授が道楽で作った薬ばかりなのだから。

「動物実験や人体実験では問題なかった。と言っても、私や研究室メンバーだけどな。たぶん安全性には問題はないと思うが、念のため……」

 いつものように俺は誓約書にサインをする。同意の上で薬を服用したことを証明するためだ。

「それで、夢を繰り返すって、どんな感じなんですか?」

 すると教授は、子供のような嬉しそうな顔をした。

「薬を飲んで、その直後の十分間の出来事が夢の中で何度も繰り返されるんだ」

 なんだ、それ?

 今までいろんな新薬モニターを引き受けてきたけど、今回のはちょっと変っている。

「なんか、使い方がよく分からないんですけど?」

「だから君たちに頼むんじゃないか。レポートには新薬の効果と、あと面白い使い道とかも書いてくれると金額アップしちゃうよ」

 金額アップと言っても、どうせ一万円が一万五千円になるくらいだろう。

「ちなみに、先生はどんな風に使われたんですか?」

「ああ、私は薬を飲んでからとっておきの超高級プリンを食べた」

 そういえばこの人、無類のプリン好きだった。

「それはそれは、最高の目覚めだったよ!」

 先生、寝る前に甘い物はダメですよ。そのお腹が物語ってます。

 俺は心の中で忠告しながら、研究室を後にした。


 ――ユメループ。

 新薬が入った袋にはそう書かれている。

「夢を繰り返すって、そんな薬、一体何に使えばいいんだよ……」

 レポートの締切は二週間後。

 まあ、いいアイディアが浮かばなければ、美味しいものを食べて寝ればいいだけだしな。

 俺は気楽に考えていた。


 ◇


 その日の夜、俺はゲームに夢中になっていた。

 いろいろな武器を駆使してモンスターを倒すゲームだ。

 しかし、今のステージのラスボスが倒せない。動きが複雑で不意を突かれてしまい、どうしてもあと一歩のところでやられてしまう。

「チキショー、またやられたよ!」

 嫌になった俺は携帯ゲーム機をベッドの上に投げつけた。

「ラスボスの動きにもっと慣れれば倒せそうだけど、それまでやられ続けるのも嫌だし……」

 床に仰向けに寝ころぶ。

 すると、机に置いた新薬の袋がチラリと見えた。

「そうだ! あの薬って、こんな時に使えばいいんじゃないか?」

 俺はユメループの袋を手に取り、一錠取り出す。そして冷蔵庫のミネラルウォーターで服用した。

「行くぞ! オラオラオラ、お前の手の内をすべて見せやがれ!」

 俺は再びゲーム機を握りしめる。

 ラスボスと対峙してから十分、やっぱり俺はやられてしまう。と同時に睡魔が襲ってきた――


 夢の中で、俺は何度も何度もラスボスにやられてしまう。

 しかしそれを繰り返すうちに、だんだんと動きが見えてきた。

 一見複雑に見える動きでも、いくつかのパターンに分けられるのだ。そして、パターンごとの予備動作があることも発見した。

 ――今ならラスボスが倒せるかも!?

 朝になって床の上でがばっと起きた俺は、すぐさまゲームオーバーのまま転がっているゲーム機を再起動する。そしてラスボス戦に出撃した。

「見えるぞ、読めるぞ! あいつの動きのすべてがっ!!」

 それはまるでスローモーションのよう。

 これからどんな攻撃が繰り出されるのか、そしてどんな隙が生まれるのか、俺の頭の中に完全に叩きこまれている。

「やったー! ついに倒した!!」

 教授が言う通り、それは最高に興奮する目覚めだった。


 ◇


「おーい、茜! やったよ、ついにジャオランを倒したよ!」

 大学で茜の姿を見かけた俺は、早速今朝の成果を報告する。

 茜は同じ学部に所属する俺の彼女。このモンスターを倒すゲームを通して仲良くなった。

「ホント? 淳。すごいじゃん。あれだけ手こずっていたのに」

「すごいだろ? ちょっとだけズルしちゃったけどさ」

 俺はあの薬について匂わせる。

「何、もしかしてチート? 淳ってそういうの嫌いだったんじゃなかったっけ?」

「いやいや、ジャオランを倒したのは間違いなく俺の実力だよ。でもその実力をつけるために、夢の力を借りたのさ」

「ええっ? 夢の力……?」

 頭の上に、はてなマークを浮かべる茜。

 まあ、仕方が無い。事情を知らない人にとって、なんだか危ないセリフに聞こえるだろう、さっきのは。

「今夜、一緒にジャオランを倒さないか? その時、詳しく教えてやるから」

「うん、わかった。淳の部屋でいい?」

「ああ」

 確か、茜もジャオランに手こずっていたはず。

 それならぜひ、夢の力を借りる喜びを茜にも味わってもらおう。

 俺は今夜の作戦を考えていた。


 その夜。

 俺の部屋で、茜と一緒に携帯ゲーム機のスイッチを入れる。

「実は、この薬を使ったんだ」

 ユメループを二錠、机の上に置き、俺は説明を始めた。

「これは、飲んでから十分間の体験を夢で何度も繰り返す薬なんだ。俺はこれを使ってジャオランの動きを完全に把握した」

「ふーん……」

「だからさ、ジャオランを倒したのは正真正銘、俺の実力なんだよ。決してチートじゃない」

 そして茜の瞳を見る。

「だから茜も使ってみないか。この喜びを君にも味わってもらいたいんだ」

「わかった。つまり、これを飲んでジャオランを倒しに行けばいいのね」

「俺は茜がやられないようサポートに回るよ。あと、十分後に睡魔に襲われるから、ベッドの上でプレイした方がいい」

「じゃあ、淳のベッド借りるよ」

 そう言って茜はベッドの上に座る。

 俺は冷蔵庫のミネラルウォーターで薬を飲んだ。茜は自分のバッグのペットボトルを使ったようだけど。

「じゃあ、行くよ。サポート頼むね、淳!」

「オーケー。たとえやられても、ジャオランの動きをよく見るんだよ」


 こうして俺たちはラスボス戦に出撃する。

 剣を操る茜は、やはりジャオランの動きに翻弄されているようだ。

 俺は後方から回復魔法を唱えてサポートした。

「オラオラオラ!!!」

 熱くなってきた茜はベッドの上で胡坐をかき始めた。って、ちょっと、ミニスカートでその格好は……。

 ――ピンク色の可愛らしいパンツ。

 床に座る俺からは、本当に丸見えだ。

「堕ちろ、堕ちろ、堕ちろ!」

 肝心の茜はゲームに夢中で、パンツのことは気付いていない様子。

 ――パンツ、パンツ、茜のパンツ……。

 そうこうしているうちに睡魔に襲われ、俺は眠りに落ちた。


 翌朝、俺は最高にすっきりとした目覚めを迎えた。

 が、そう思えたのは一瞬だけ。

 強烈な栗の花の香りと、べっとりと粘るトランクスに驚いた俺は、慌てて浴室に駆けこんだ。

「まいったな、この年で夢精とは……」

 無理もないだろう。

 一晩中、茜のパンチラが夢に出てきたのだから。何も感じない方がおかしいというもの。

 シャワーを浴び、トランクスを洗い流した俺は、新しい服に着替えて部屋に戻る。幸い、茜はまだ眠っていた。

 換気のため俺が窓を開けると、茜が目を覚ます。

「淳! わかったよ、ジャオランの動きが!」

「そうか。じゃあ、すぐに実践だ!」

 俺たちは携帯ゲーム機をリセットする。そしてラスボス戦に出撃した。


 ◇


 その日以降、順調にゲームを進めた俺たちは、ついに最終ステージのラスボスと対峙する。

 が、さすがはラスボスの中のラスボス。今までのように倒せる相手ではなかった。

「じゃあ、行くか? あの薬を使って」

「わかったわ」

 俺は茜と一緒に、夢の力を借りてラスボス戦に挑むことにした。

 ユメループを一錠、茜に渡す。そして俺は、最後の一錠を冷蔵庫のミネラルウォーターで飲んだ。

 前回と同じように茜はベッドの上。今日はキュロットでちょっと残念だったけど。

 しかし今夜の彼女は前回と違っていた。ゲームにのめり込むことはなく、俺の方をチラチラと見ているのだ。

「どうした? 真剣にやらないとラスボスは攻略できないぞ?」

「淳だって、同じじゃないのよ」

 夢で見るならラスボスよりも茜の方がいい。

 前回の体験が、俺にそう教えてくれた。

 ――まさか茜も同じことを?

 その証拠に、茜はほのかに頬を赤らめる。

「だって、ゲームに真剣な淳の瞳が好きだから……」

 それを夢で見続けたいなんて、なんて素敵な女の子なんだろう。

 ジーンと来た俺は立ち上がり、ベッドの茜の隣りに腰かける。

「俺もゲームに夢中の茜が好き。だから……」

 ゲーム機をベッドに置き、茜の肩を抱き寄せる。

 目と目が合う。

 熱い感情が二人を貫いた。

「ねえ、淳。私、初めてなんだけど目を開けてていい? 夢で見続けたいから」

「うん、いいよ」

 俺たちは見つめ合いながら顔を近づける。

 そして静かにキスを交わした。

「大好きだよ」

「私も……」

 その刹那、俺は強烈な睡魔に襲われ、茜を抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。


 ファーストキスの想い出とは?

 その問いに「あっという間だった」とか「よく覚えていない」という街角インタビューをよく聞く。

 でも、俺は違う。

 それどころか世界中に宣言できるだろう。ファーストキスを最も濃厚に体験した人類の一人であると。

「茜……」

「なに? 淳」

 一緒に目が覚めた二人は見つめ合う。

「たぶん百一回目だけどセカンドキス、してみる?」

「うん」

 俺は、最高に素敵な目覚めを迎えた。




 ◇


「昨晩の淳、可愛かったなぁ……」

 淳のアパートを後にした茜は、昨晩の出来事を思い出していた。

「寝言で私の名前を呼びながら、ずっと枕にキスしてたんだもの」

 その姿を思い出すたびに、彼への愛が溢れてくる。

「でもパンチラで夢精ってのはヤバいよね」

 きっと本番の時も淳の方が先にイってしまうに違いない。

「この薬は淳と将来エッチする時に使おうっと。淳の反応を把握して、少しでも長く持続させてあげなきゃね」

 茜は、ポケットの中の二錠のユメループを静かに握りしめた。

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