バディ学校の有害式お荷物ちゃん

ちびまるフォイ

バディの責任はつねにお互いに降りかかる

バディ学校。


近年問題視される現代人のコミュニケーション不足。

その問題を解決すべく実験的に建設された新設校。


そこでは常に「バディ」と呼ばれる相棒をあてがわれ

学内の成績をふくめたあらゆる素行評価が二人分をあわせて平均化される!


「というわけで、みんな入学したててわからないことは多いと思うが

 授業をはじめるために誰かバディを決めるように」


担任はまだお互いの顔も趣味も名前もわからないクラスメートに無慈悲な宣告を行った。

女子はある程度のグループができていたのでそこからバディを選び、

男子は近くの席にいる人間をバディにチョイスしはじめた。


しかし、バディを安易に決めて良いものだろうか。

この後3年間は成績を二等分されてしまう相方だ。


あとになって性格が合わなかったとしてももう変えられない。

卒業するか退学するかしか選択肢がなくなるんだ。


より選ぶべきは「少なくとも害のなさそうな人間」


「よし、これで全員決まったな。じゃあバディごとに席を隣り合わせるから

 みんな自分の荷物を――あれ? お前、まだ決まってないのか?」


「え!? もうみんな決めちゃったんですか!?」


「お前だけだぞ、まだバディを決めていないのは。

 えっと、このクラスは偶数人だから、まだバディ決まってないやつは?」


そっと、クラスの隅から手が上がった。


「根儚(ねくら)か。それじゃバディを組んでくれ」

「はい」


隣り合わされた根儚の席の横に座る。蒸れたシャンプーの匂いがした。


「フヒッ……よ、よろしくね……佐藤、くん……」

「うわぁ……」


まだお互いを知らない状態で男女ペアを組めるやつなんて誰も居ない。

にもかかわらず。

男女でペアになったのはこの教室で俺が初めてだった。


「えと、根儚……さん? よろしく……」

「ヒッ、ヒヒッ。よろしく……」


握手をするとその手のひらが汗でじっとり濡れていた。


「……お前さ、そのヒキ笑いなんとかならない?」


「フヒッ……クセだから……」

「もうバディ解消したい……」


泣きそうになった。

害のないどころか、超絶有害物質でしかない。


それを察してクラスメートは女子はおろか誰もバディにならなかったのか。


その日からバディ根儚との学校生活が始まった。


「佐藤くん……おはっ、おはよ……」


「お前、なんでいっつもギリギリなんだよ!

 お前が遅刻したら俺まで遅刻扱いになるんだよっ」


「遅刻ギリギリだと、他のクラスメートに見られないから……ふひっ」


「腕をからませるな気持ち悪いっ!! 走るぞ!」


男女ペアという特異さも相まってクラスでは悪目立ちしまくった。

遅刻ギリギリと言うだけであらぬ噂がたてられる。


「佐藤、お前今朝もめっちゃイチャイチャしてたんだろ?」

「は!?」


「みんな言ってるぜ。ある意味うらやましいよ。

 俺も女子とペアになっていればよかった」


「……お前、根儚の顔見たことあるのか?」


「そりゃあるよ。意外と美人なんだよな。メガネだけど。

 スタイルもいいし、いいにおいするし、羨ましいぜ」


「……お前はあいつの何もわかってない」


女子トイレから戻ってきた根儚はニヤついていた。


「フヒヒッ……私の噂、してた……?」

「してない」


あれだけ褒め言葉の肩書があるにもかかわらず、

口を開くとねっとりした気持ち悪さが周囲を包んで暗くする。


期末テストが終わると、俺は自分のほまれ高い成績を確かめるため

学内の掲示板に自分の順位を確認しにいった。


「佐藤くん……頭、いいんだよね……ヒヒヒ」

「当然だ。これでも中学は主席卒業の推薦入学で――んなっ!?」



100位。



そこには自分が考えたこともない成績が掲示されていた。

すぐに職員室に直談判へと突撃した。


「先生どういうことですか! なにかの間違いです!

 俺は自己採点で確実に100点はとっていた!!

 どうして俺があんな補習圏内のクソ成績なんですか!!」


「んーー……まぁ、なんていうか、お前は100点だったんだがなぁ」


担任は俺と一緒に部屋に来ていた根儚を指さした。


「根儚は0点だったから、バディ学校としては総合した点数を結果にするんだよ」


「はっ!? れ、れいてん!?」


驚きのあまり根儚の肩をゆすった。長い前髪が前後に揺れる。


「お前、そんなに頭悪かったのか!? 嘘だろ!?」


「フヒヒッ……補習になったら、佐藤くんと休みでも……一緒にいられるでしょう……」


「全然ときめかねぇ!!!」


人生で初めての補習が決定し、夏休みでも根儚の顔を見ることになった。


「……お前さ、ホント、なんでこういう嫌がらせするわけ? 恨みでもあるの?」


「ヒッ……ないよ。私、佐藤くんのこと、好きだから……ヒヒヒ」


「俺は根儚のこと、ガマガエルくらいには好きだよ」


「普通に接しても印象に残らないと思うから……フヒヒッ……。

 佐藤くんの足を引っ張って、いつでも私のことを考えてもらいたいから……」


「有害すぎる……」


見事に根儚の術中だったというわけだ。

ひとつだけ根儚の思い通りにならなかったのは好意には結びつかないという点。


「最初は気持ち悪いって思っていても……、

 意識するうちに……ヒヒヒ、私に惹かれていくはずだから……」


「そんなことより、お前めっちゃ汗かくのな」

「シャツ透けるの……ヒヒッ、好きでしょう?」


「お前ら真面目に補習受ける気ないだろ!」


1学期こそ男女ペアに憧れ、あらぬ乱れた噂を立てられたものだが

根儚の性質への理解が深まるにつれ、徐々に哀れみへと変化していった。


「佐藤くん……フヒッ……もうすぐ卒業だね……ンフフ」


「お前まじでその喋り方3年間治らなかったな」


ボソボソと小声で早口で引き笑い。いつも荒く息をする。

好感度を下げる要素を闇鍋にしたような話し方は治らなかった。


「私達、恋人みたい……ヒヒッ、だよね?」

「その結論、強引すぎるだろ」


「3年間、ずっと私のこと、フフッ、考えていたでしょ?」


「お前がわざと足を引っ張るからな! いかにお前に邪魔されないかと

 毎日心を砕きまくって考えていたよ!」


「卒業したら、フヒッ、寂しくなるかも……?」


「いやもうたぶん、懲役60年が終わった後くらいの解放感になるよ」


「ずっと一緒ならいいのにね……ヒヒヒ」


「待て! お前何考えてる!?」


「さぁ……? フフフ」


これまで根儚にはさんざん足を引っ張られた。


期末テストの成績は落とされて補修されるし、

球技大会でも根儚のおかげでいい成績にならずに居残りになるし、

欠席されれば俺まで欠席扱いになるから常にお互いに注意しなくちゃいけない。


そのうえ卒業まで邪魔されたらたまったものじゃない。


「今日から卒業まで、お前をずっと見張るからな!!」


「ヒヒヒッ……やっと私のこと好きになって、くれた?」


後から根儚から明かされたが、

最初のバディ決めの際に男子と女子が1名足りなかったのは根儚によるものだった。

そうして欠番を出すことで、クラス内に1組の男女ペアを作るようにしていたらしい。


「おおかた、俺を卒業させないようにするつもりだろ!」


「ンフ、わかる……? だって、卒業したら一緒にいられないから……」


「いいや卒業する! お前がどんな悪巧みしようとも、俺はけして見逃さん!!」


「いいよ……なんだか恋人みたい……ンヒヒヒッ」


俺はおはようからおやすみまで根儚を監視し続けた。

これ以上なにかされたらたまらない。


そして迎えた卒業式当日。


「やった……ついに……何事もなくこの日を迎えた……」


「ンヒッ……私は楽しかったよ……ヒヒヒ」

「おかげで寝不足だよ!」


それでも最後まで気を抜くことはできない。

卒業式の間もニヤニヤする根儚をじっと監視し続けた。


「なぁ、佐藤。お前、さっきから根儚のことばかり見てるけど

 まさか本当に好きになったとかじゃないよな……?」


「今話しかけるな!」


根暗は卒業式中も変な動きはしていなかった。

普段から変な動きしかしていないが、今回は不穏な行動はない。


これで、やっと――。



「えーー、みなさん。お話があります」


卒業式の壇上に立つ校長はマイクの前でそう切り出した。



「実は、この学校のバディとなる、別の学校が廃校になり……。

 その……つまり……バディが廃校になるということは……」


校長はひたすらボカしていたがその先の意味はわかった。

バディが欠席すれば、欠席扱いであるのと同じように……。



「みなさんの卒業は見送りとなりました



阿鼻叫喚がこだまする体育館で、根儚だけがこっちを見て手を振っていた。


「ヒヒッ、まだこの関係を続けられるね……ンフフ」



のちに根儚財閥という会社が廃校に圧力をかけたことが明らかにされ

それを聞いても「やっぱりな」という感想しか出てこなかった。

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