終章 I will be the shinning rock-star even if in the blue sky

最終話 「 Rockstar birth to save people 」



 一週間ぶりの学校への登校中。俺は戦後のフィルム映像や特撮のセットの中に這入り込んだような錯覚を覚えた。


 ビルは半ばから崩れていて、道路上には未だに車や航空機の残骸が落ちている。


 あの惨劇の夜から、俺は初めて街を歩いている。


 驚いたことに、人々はもういつも通りの営みを再開している。


 いや、無理矢理にでもいつも通りに振る舞うことで、あの理不尽な出来事を忘れてしまいたいのかもしれない。


――――――――――――――――――――


「久しぶりー」


「おはよー」


「おっす」


 教室に入れば一週間ぶりの級友たちの挨拶。


 次いで、あの日の話題。


 突如現れた謎の巨大生物について、様々な憶測が流れた。


 深海に棲息していた、未知の生物の上陸説。


 政府が極秘に開発していた生物兵器が研究所から脱走した説。


 集団幻覚説(壊れたままのビルなども、未だ俺たちが幻覚にかかっている証らしい)。


 エイリアン説(ほとんど正解)。


 真偽のほどはどうあれ、何千人もの人々が同じ体験をしているのだ。


 当然、政府の方も近隣の自衛隊を派遣し、各分野の研究者や科学者も海外から招聘しょうへいした。


 にも拘らず、依然真相は不明。


 死傷者は百名を超え、この現象は新たな自然災害と認定される日が遠からず来るだろう。


 不幸中の幸いで、この学校の生徒は被害に遭っていないらしいと言うことは、臨時の全校集会で校長から発表された。


――――――――――――――――――――


「えー、このような時期に突然ですが、転校生を紹介します」


 担任教師のこの一言で、教室内は俄かにざわついた。


「しかも、海外からの留学生ですので、みなさんが色々と助けてあげてください。あ、ちなみに女子です。では、入ってきてください」


 女子、しかも外国の女の子と聞いて男子は諸手を挙げて快哉を叫び、女子は興味半分、警戒半分といった様子で固唾を呑んでいる。


 ガラッと扉をあけて入ってきた転校生の少女。


 驚きに包まれる教室。


 さもありなん。


 艶やかに輝く金色の髪をふわふわと揺らしながら入ってきた少女は、ティーン向けファッションモデル並みかそれ以上の美貌をしていたのだから。


「留学生のレイラ=マクファーソンです。皆さん、よろしくお願いします。あ、いたいた。ハイ、ゲンキ。よろしくね、ダーリン!」


 その瞬間、バッという効果音と共に、全クラスの視線が俺に集中した。


 そして俺は、急な頭痛がしてきて机に顔を伏せた。


―――――――――――――――――――――


「どういう事だよ、おい」


 昼休み、俺はレイラを連れ出して屋上に来た。


 ちなみに、聖も屋上に向かっている途中の俺たちを見つけてくっついて来ていた。


「どうもこうも、学生は学校に通う。当たり前のことでしょう?」


 しゃあしゃあと言い切るレイラ。


「そりゃそうだ……じゃなくて、色々とツッコミどころがあるが、まずお前、なんでうちの高校に入学してんだよ!で何で同じ学年だよ!おかしいだろ。あれか?飛び級ってやつか⁉︎」


「失礼ね、私はもともとこの学校に編入するつもりだったわよ。それに、私はキヨネの年子の姉よ。少なくとも彼女や彼女の同級生であるあなた達よりも年少であるはずが無いわ。

  それともゲンキ、あなたまさか、私の身体的特徴のいくつかを観察した上で、年下だと勝手に推測していたわけではないでしょうね?」


 底冷えのする笑顔で問うレイラ。


 俺は「イエ、ベツニ……」と首を振るしかなかった。


「まぁまぁ、いいじゃん別に。むしろ友達が増えてラッキーって思えば?」


「ジリ、お前もたいがい順応性高いよな」


「まーね。正直複雑ではあるけど……」


「は?」


「ううん、別に。それにしても、ビックリしたのは確かだよね。せめてアタシ達にくらい、事前に教えてくれれば良いのに」


 紙パックのヨーグルトを飲みながら、聖はちょっとむくれた。


「ごめんなさい、ヒジリ。あの件の事後処理が多くて、なかなか落ち着く暇がなかったのよ」


 あの件―――魔術師にして世界的なギタリストであり、レイラの実父でもあるゼノが巻き起こした事件の数々。


 そしてゼノの死。


 魔術師としての弟子であり、同じレーベルのプロデューサーとして、そして娘として、彼女には俺たちの及びのつかないほどの苦労と悲嘆に襲われていたことだろう。


「レイラ……」


「大丈夫よ、ゲンキ。もう乗り越えているわ。実務の方も滞りなく進んでいるし……まぁ、街の被害やあの怪物の方は、あそこまでとなると隠蔽いんぺいのしようがないわ」


 肩をすくめるレイラ。


「なんだ。俺はてっきり、魔術でパパッと街を直したりできるのかと思ってたんだけど」


「無茶を言わないで頂戴。魔術はそこまで便利ではないわ」


「そっか。そうだよな」


 そこで会話が途切れてしまった。


 ふわりと吹いた初夏の風に促され、俺は肝心なことを訊いた。


「清音のことだが、方法はあるのか?」


 レイラは瞼を閉じ、ストローで紅茶を啜った後に口を開いた。


「あるわ」


「……どうすれば良い?」


「ゲンキが得たゼノの記憶。そこでムーサが示したポイントは『ムーサか、それに代わり得る力』を使って『停止世界から移動させる』ということよ。一番簡単なのは、ムーサを再び顕現させることだけど……」


 レイラは俺に視線を向けるが、俺はそれに対して頭を振る。


「駄目だな。あれから全く気配がない。そもそもあのとき顕れたのも、かなりのイレギュラーだったんだと思う。それなのに、世界中に俺の『音』を届けるなんてマネをしたんだ、相当の負荷だったんだろうな。つまり、またしばらくは冬眠状態だよ」


 軽く頷いたレイラは、もう一つのプランを口にする。


「であればゲンキ、あなたがそれに代わるだけのエネルギーを用意するしかないわ」


「つってもなぁ……どうしたら良いのかさっぱりだよ。俺は魔術の知識なんてないし、そんな大きなエネルギーの当てなんて無いしぞ」


 まさか原子力発電所などに忍び込むわけにもいくまい。


「方向性としては、ゼノと同じよ」


「?」


「異なるのは、人々のプラスのエネルギーを集めるということ。奪うのではなく、ゲンキが世界中の人々からエネルギーを分け与えられるような存在になればいいのよ」


 こともなげにのたまうレイラ。


 俺と聖はポカンとし、次に顔を見合わせ、そして二人で吹きだした。


「ど、どうしたの?」


 俺たちの突然の行動に訝るレイラ。


「いや、さすが清音と姉妹だなっと思ってさ」


 形の良い眉をたわませてなおも小首を傾げるレイラに俺は説明する。


「清音も昔、同じことを言ってたんだよ。『世界中の人から愛されるロックスターになってね』ってさ」


 レイラは細いおとがいに指を添えて、「ロックスター……」と、その言葉を舌で転がして味わい、そしてニヤリと笑った。


「良いわね、それ。ではそれで行きましょう」


「「は?」」


 どういう事だ?


「メジャーデビューしなさい、ゲンキ。それは今すぐとはいかないけれど、考えてみればそれが一番効率的だわ。実力も経験を積めば自ずと付いてくるわ。そうしましょう」


 どこまで本気なんだか知れないが、俺は苦笑して言った。


「言ったな?見てろよ、すぐにお前も俺のファンにしてやるよ」


「ふふ、お生憎さま。もう私はとっくにゲンキのファンよ」


「は……」


 冗談のつもりが、思いがけない切り返しに言葉に詰まる俺だった。


「はっ⁉︎」


 横からキースの魔術を上回るほどの冷気を感じ、俺は勢いよく振り返った。


 で、そこには白眼視で不機嫌そうな聖がいた。


「なに⁉︎」


「イエ、ベツニ……」


 タイミングよく昼休み終了の予鈴が鳴った。


「やば!アタシ、つぎ移動教室だ。んじゃゲン、レイラ、またね」


 言うが早いか、校内トップ5の身体能力の面目躍如たる疾風の速さで屋上を辞した聖。


「さぁ、私たちもそろそろ戻りましょう」


 そしてレイラも優雅に立ち上がり、扉に向かう。


 レイラの金色の髪が太陽の光を受けて輝く。


 俺は陽光を追って空を見上げた。


 澄み渡る青空。


 この同じ空の下で、異なる国、異なる文化、異なる言葉を持つ人々の心を震わせられるような偉大なロックスターに、俺は果たしてなれるのだろうか。


 いや、始める前から悲観視しては駄目だ。


 俺の音楽では世界を変えることはできないかも知れない。


 だが人一人の人生を変えることは、もしかしたら可能かも知れない。


 そうして一人ずつ心を震わせていけば、いつかは成れるはずだ。


 成ってみせる。


 何よりも清音のために。

 

 この青空でも輝けるようなロックスターに。





〜The End〜

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ロックスター☆かく語りき 平明神 @taira-myoujin

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