第30話 「 people listened someone's song 」

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 弦輝が屋上を飛んでいった後、聖がポツリと呟いた。


「ゲンのやつ、ライブの時の瞳をしてたな」


「どういうこと?」


 ついレイラは訊いてしまった。


「あいつ、普段は人と一線引いたような……ていうか、どこか醒めたような態度でいるんだよね。だから事なかれ主義みたいに思われるんだよね。でもギター持ってライブとかするときは、ちょっと人が変わったように、アグレッシブになるんだよね。目つきもなんか変わるし」


 なぜかどこか困ったような、それでいて懐かしそうな顔で語る聖を、レイラは半眼で睨んだ。


「……随分詳しいのね」


「そりゃ、幼馴染ですから。なんだかんだで付き合い長いしね」


 言いながらヒジリは、内心で『おや?』と首を捻っていた。


 レイラの口調。その奥にある感情になんらかの変化を感じ取った。


 それは何だろうか?


 聖にとって歓迎できない変化のような、予感めいたものを感じた。


「まぁ私も、知る時間はこれから沢山あるのだし?」


 明後日の方向を向いて澄まし顔で不穏な内容の発言をするレイラを見て、聖は自分でも気づかぬうちに、レイラを要警戒人物に設定したのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 人間を定義する時の条件として『自分で飛行することは不可能』という項目があるのではないだろうか。


 では今の俺は、果たして人間たり得るのだろうか。


 いやそもそも、これは自力と言えるのだろうか。


 などと益体のないことを考えていると、


『何を考えているのですか。集中しなさい』


 頭の中に女性の声とも男性の声ともつかない、不思議な声が響いた。


 その声の主こそ、今現在俺が自身の人間としての正常性について考える原因である《女神ムーサ》だ。


 この女神サマときたら、緑色の光となったと思ったら俺に突撃してきて、挙げ句の果てには俺の背中から光り輝く翼を生やしてくれたのだ。


 白いローブに翼を生やした男子を見た時の聖の『アタシの幼馴染はどこか遠い所に行っちゃったんだなぁ』的な、生暖かい瞳は忘れられない。


 光の翼はどうやら俺の意思通りに動くようで、擬似召喚術で空を翔ぶよりもスムーズに動ける。


「わかってるよ。それよりも、酷いな……」


 俯瞰ふかんした町の様子は、俺が慣れ親しんだ街とは似ても似つかないほど蹂躙されていた。


 その原因を俺は睨みつける。


 ドス黒い肉の塊。ウネウネと蠢く触手。


 生物としては地球上ではあり得ない規格のそれは、魔術によって喚び出された外宇宙からの闖入者。


 なんとかしてこいつを排除しないと、この街だけに被害は止まらない。


 とはいえ、どうすればいいのか。


 勢いで文字通り飛び出した訳だが、唯一現実的と思われた策もゼノの死によって実行が不可能になってしまった。


『恐れることはありません。そなたは私が生み出した力を発展させた力を持っています。そなたは今まで為してきたように為せば良いのです。ただ己の心の思うがままに』


 もしかしたら一体化することで俺の思念も読まれているのだろうか。俺の懸念に対して、よく解らないことを言った。


「つまり、やっぱりギターを弾けってことだよな」


 この数日間のうち幾度も窮地に陥ったが、その度ギターを弾いて乗り越えてきたのだ。


 それに女神様のお墨付きも出たことだし。


 俺は清音が使っていたというギター《ミカエル》を構えた。


「んじゃ、よろしくな」


 ムーサとミカエルに向かって言うと、Gメジャー・コードを押さえてアルペジオで奏でた。


 不思議な音だ。


 俺はいま精霊の力を借りているわけではないのに、アンプを通さずに音が遠くまで響いて行く。


 オーロラのような光が、俺を中心に球状に広がっていた。


 極光は街を撫でるようにどこまでも、地平線の彼方までその幕を伸ばしていった。


 G、 D/F# 、Em 、Dのコード進行で爪弾く。


 開放弦を使って、響きを豊かにする。


 何か考えがあった訳じゃない。


 ただ、いま眼下では街の住人達が、無辜の人々が突然の災いに恐怖し、恐慌をきたしている筈だ。


 そう思ったら、明るいコード進行を弾きたくなっただけだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 人々は突如として顕れた怪物の凶行によって、あるものは恐怖し、ある者は畏れを抱いて怪物をあがめ、またある者は家族や恋人を喪って悲嘆に暮れていた。


 自衛隊の戦車による砲撃も効かず、戦闘機もことごとくはたき落とされた。


 人々が絶望に支配されかけた時、夜空にオーロラが走り、次いで明るい調性メジャーキー分散和音アルペジオが人々の耳―――ではなく、『心』に染み込んできた。


 慈悲とか優しさなどと言う印象はない。


 だが心強く、頼もしい音色だ。


 人々は遁走とんそうの足を止め、涙を止め、その響きに心を委ねた。



〜To be continued〜

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