第28話 「 he sang 」


「簡単だ。逆転の発想だよ」


「「……?」」


 未だ不得要領な俺とレイラ。


 ゼノはニヤリと厭世的シニカルな冷笑を浮かべて告げる。


「押してダメなら引くしかない。つまり、エネルギーを全て奪い、餓死させればいいのさ」


「……可能なの?」


「ふっ。エネルギードレインは、奴だけの専売特許ではない。弦を張り替える必要があるが《ルシファー》と俺の魔術があれば、何とかなるさ。それに、奴が吸収しているエネルギーは全て清音に回っているからな。回復される心配もない」


 ゼノは立ち上がると、俺に向かって言った。


「少年。後は任せた……とは言わん。娘たちはお前にはやらん。だが、俺に立ち向かってきた根性だけは認めてやるよ。だからまぁ―――チッ!」


 台詞の途中でゼノは舌打ちし、背後を振り返った。


 その視線の先には、異界の神。 


 奴はウネウネと触手を回し、こちらに狙いを付けている。


「くそ、間に合わんか。少年、お前のギターをオレに貸せ!」


 オレに向かって足を踏み出したゼノは、しかし方向を急転換させることになる。


「きゃああああっ⁉︎」


 異界の神は肉の鞭をしならせて、音を追い越す勢いで打ち込んできた。


 肉の鞭は屋上よりひときわ高い場所に設置されている給水塔―――その足場を砕いた。


 支えるものを失った貯水タンクは大きくかしぎ、ほぼ真下に落下した。


 少なくとも1トン以上はあろう物体の落下地点には、金髪の少女がいた。


 耳を弄するばかりの、絶望的な音が響いた。


「レ……レイラァァァァァァァァァァァァァァッ‼︎」


 喉が潰れそうな程に、俺は叫んだ。


 埃の煙幕の中に、俺は身体に鞭打って突っ込んだ。


「おいレイラ!レイラァッ‼︎……おい、無事か⁉︎」


 果たしてレイラは無事だった。


 ぺたりと座り込んで茫然自失。涙目で俯いているが、特に目立った外傷はないようだ。


 胸をなでおろした俺はしかし、煙幕が晴れた時にレイラの視線の先にあった光景に言葉を失った。


 落下の衝撃でひしゃげた給水タンクの下敷きになったゼノがいた。


 頭部、胸部、そして右腕以外はタンクの下に消えている。


「ゼ……ゼノ……?」


 辛うじて、俺は彼に呼びかけた。


「……おう、少、年……みっともない姿を見せた、な……」


 声も切れ切れに、静かにゼノは応えた。


 もういい、喋るな!


 その一言が俺は言えなかった。


 つい先ほどまで圧倒的な力と威圧感で輝いていた帝王の、いまやサングラスは砕け、血だまりの海に沈んでいる無残な姿に、俺は現実感を失っていたのだ。


「レイ、ラ……」


 羽虫が泣くような弱々しい枯れた声で呼ばれたレイラは、電気に打たれたようにビクッと反応した。


「オレ、は、取り戻したかったんだ……はぁ、ぅぐっ!」


「いい。もういいの!お願い、もう喋らないで!すぐ病院に―――」


「ちょっと、早い、が……ぐっ!……天国のママのところへ行って……謝まって、はぁ、くるよ。そしたら、こん、どは……みんなで、暮らそう……」


「……っ!」


 レイラの両の眼からは瀑布の如く涙が落ち、父の頬をポタポタと濡らしていたが、ゼノの言葉を拒絶するように激しく頭を降ったせいで、美しく輝く宝石は左右に散って舞った。


「……レイラ、オレの……腕を上げて、くれ……ないか?」


 レイラは急いでゼノの右腕を震える両手で包み込み、持ち上げた。


「……少年。Cメジャーを……押さえて、くれ……」


 抱えたままのフライングVのネックを握り、Cメジャー・コードを押弦する。


 ゼノがやりたい事を察した俺は、ギターのボディをゼノに近づける。


 レイラはゼノの右腕を、ギターの近くに誘導する。


「愛しの、レイラに……祝、福を―――」


 ジャラン。


 Cメジャー・コードのもつ清純な空のような音色を響かせ、ゼノは右手を下ろした。


「ゼノッ⁉︎ ダディ! ダディ⁉︎ いや、いやぁぁぁぁぁ‼︎」


 黄金の髪を振り乱し、レイラは父の亡骸にすがりついた。


 俺はゼノの顔を見て、安らかな寝顔だと思った。


 彼は初めて、この愛する娘のために祝福の唄を奏でた。ミュージシャンとして父として、最後にして最高の演奏だろう。


 彼は満足して逝ったのだ。


 か細い体を震わせて嗚咽おえつする少女に、俺はそう告げた。



〜To be continued〜


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