第七章 The rock star won't desert his fans

第27話 「 the way of reversal 」




 ビルの屋上に二人の男が倒れている。


 一人は俺―――不夜城弦輝。


 もう一人は哀しき宿命の男―――ゼノ。


 全身を苛む苦痛と擬似召喚術の後遺症なのか、頭がふわふわと揺れている。


 駄目だ。俺にはもう立ち上がる気力は無い。


 ゼノも屋上に大の字で寝そべっている。


 何を考えているのかわからない。ただ無言で空を眺めている。


《炎の巨人》の黄金の焔剣。


 あれは恐らく、人の苦悩を斬り、心を解放する炎なのだろう。


 その証拠に、ゼノからはもう追い詰められた狂気は窺えない。


「ゼノ……」


「なんだ、レイラ?」


「私はたぶん、ずっと貴方を赦すことは出来ないと思うわ。だって貴方は、ずっと持っていたママを捨てたから……」


「……そうか。まぁ、仕方ないな」


「でも……」


「ん?」


 レイラは星空を見上げて語る。


「貴方が私と……キヨネの父親であるという事実に違いはないわ」


「……」


「キヨネが留学してくるまで、私はずっと独りぼっちだった。貴方は週に一回気まぐれで帰ってくるだけ。ママが亡くなってからもそれは変わらなかった。知らないでしょう?貴方に魔術を教えてもらえる時間を、私がどれだけ心待ちにしていたか」


「そうだったのか?ツンケンしているから、もう嫌々やってるのかと思ったよ……」


 ゼノの言葉に、レイラは腕を組んでそっぽを向く。俺の位置からでは彼女の顔は見えないが、その気配から、たぶん顔を赤くしているのだろうと思う。


「……ママを捨てたことはゆるさないけど、複雑なのよ。そこは汲んで欲しかったわね」


「……そうか、済まなかった」


 そこでレイラは、軽い溜息を吐いた。


「ねぇゼノ。キヨネを復活させたいのは私も同じよ。だって、三人で過ごしたあの一年間は、私にとっても輝いている、宝箱には収めきれない大きな宝物よ。……でも、他人を不幸にしてまで生きたいとは、あの子も思わないはずよ。もしそうなったとしても、あの子は間違いなく自分で再び命をつわ」


 それは、俺も同意見だ。


 他人を犠牲にするくらいなら自分が犠牲になる。そういうやつだ。


「だから……私と、ゲンキがやるわ。彼はキヨネの友達だもの。それに、彼の才能は私が……貴方の娘が認めているのよ。間違いないわ」


「そうか……」


 ゼノは、ふっと優しく微笑んだ。


「ゼノ。私と一緒に帰りま―――」


 レイラの言葉は、突如として爆ぜた大きな破壊音によって中断された。


「あ、あれは⁉︎」


 忘れていた訳ではない。だが、このタイミングで関わるのは、ちょっとマズイ。


 

◆◇◆◇◆◇



 宇宙空間と惑星の地表を隔てる分厚い大気の層と、おびただしいまでの有機物と無機物、そして多種多様なエネルギーに満ち溢れた、広い宇宙でも稀有な惑星に喚ばれた異空間の精神生命体変容の暴食


 彼は到着するなり、彼にとって楽園に等しいその環境に欣喜雀躍きんきじゃくやくし、駆けつけ一杯とばかりに一番旨そうな恐怖を貪った。


 自分の周りにある恐怖を一通り味わってから、《変容の暴食》はふと気付いた。


 少しばかり離れた場所に、質も量も桁違いのエネルギーが生まれたことに。それも二つも。


 今まで感じたことのない、異質なエネルギーである。だが、彼の本能は即座に見抜いた。


 あのエネルギーは、至高の快楽をもたらす美味であると。


 都合の良いことに、触手を伸ばせば届く距離にある。


 彼はひとまず様子を見るために、軽く触手を伸ばしてみた。



◆◇◆◇◆◇



「あ、危なかった……」


 俺は呆然と呟くしかなかった。


 ゼノが召喚した異形の怪物。それが出し抜けに標的をこちらに変えて攻撃してきたのだ。


 牽制のつもりか、それとも狙いが外れただけなのかは判然としないが、とかく初撃は屋上のへりに設置されている広告の看板を弾き飛ばすのみですんだ。


 とはいえ、テニスコート二面分ほどの、しかも金属製の看板を画用紙を潰すようにいとも容易くひしゃげた破壊力は、血の気が一瞬で引いてしまう。


「ゼノ、あれは一体なんなの?召喚術で喚び出したならば、詳細は判っているはずでしょう⁉︎」


 レイラの逼迫ひっぱくした声に、上体を起こしてゼノは応える。


「あれは外宇宙から呼び出した、あらゆるエネルギーを食らう神だ。知能はないに等しい。

オレは奴の『あらゆるエネルギーを吸収し体内に蓄える』という性質を利用し、清音を復活させようと思った。魔術式を書き換えて、《停止世界》にある清音とリンクさせることで、奴の吸収するエネルギーが全て清音に届くようにバイパスを造った」


「なるほど。それで、遮断術式は当然ほどこしてあるんでしょう?」


「残念だが、それはない」


「え⁉︎」


 勢いよくゼノを振り返るレイラ。その目は見事に丸くなっている。


「……オレがどうなっても召喚が終了しないように、オレの意識と魔術式は隔離され、独立したものになっている。だからオレが死んだとしても強制終了はしないし、《遮断ブレイク》の魔術も受け付けない」


 憮然とゼノは説明した。


 レイラは頭を抱えてうずくまり、俺も大の字に寝たまま頭痛がしてきた。


「つまりアレか、ヤバい状態だな?」


「そうよゲンキ。打つ手なしって状況よ」


 途方に暮れる俺とレイラ。


 しかし続くゼノの言葉に俺たちは色めきだった。


「いや、打つ手はある」


「え、どういうこと?ちゃんと説明して‼︎」


「ま、待てレイラ。く、苦しい……」


 レイラはゼノに詰め寄り、襟を掴んで揺する。首を絞めて殺しかねない勢いだ。


「事態は一刻を争うのよ!」


「わ、わかった……!ゲホッ、ゲホッ」


 長女(反抗期)の家庭内暴力で咳き込んだ父親は、息を整えると重々しく口を開いた。


「方法は二つ。まず一つ目は、奴を満腹にすることだ。正確には清音をこちらの世界に移動させられるだけのエネルギーを奴が吸収すれば、清音はこちらに現れ、奴はゲートで元いた異空間に戻される。俺がやろうとしていたのは、この方法だ。だがこの方法は……」


「却下よ」


 レイラははっきりと断言した。


「そうだったな。清音のためにならないんだったな。だとすると残されたのは一つ。あの異界の神を殺すしかない」


「でもそれは……」


「ああ、難しいだろうな。なんせ奴はあらゆるエネルギー、つまり力学的な圧力や熱量、波動、重力、その他魔力なども吸収する。クラスター爆弾を打ったところで、奴にとってはステーキが降ってきたとしか思わんだろうな」


「じゃあどうするって言うのよ!」


 人ごとのように告げるゼノに、苛立った声を浴びせるレイラ。


「簡単だ。逆転の発想だよ」



〜To be continued〜



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