第25話 「 a wish that he don't want to hand over 」

 力強く唸りを上げるゼノの音と共に、『暴風の人狼』は右手を薙ぐように振るう。


「マジかよ‼︎」


 俺はおもわず叫んだ。


 人狼の爪一つ一つから、先ほどよりひと回りも大きな風の刃が迫ってきたのだ。


「きゃあ‼︎ ちょっとゲンキ、しっかり防いでちょうだい!」


 咄嗟のことで炎の巨人の炎壁も防ぎ漏れがあり、珍しくレイラからクレームが飛んできた。


「わ、悪い。てか、やっぱり離れてた方が良いぞ!」


「了解。及ばずながら遠くから援護するわ」


 言うが早いか、そそくさと離れるレイラ。


「こっちも、いつまでもやられっぱなしだと思うなよ!」


 俺も負けじとギターを鳴らす。


《SHOUT IN THE STORM !》はドラムス、ベース、ヴォーカル、そしてツインギターで構成された楽曲だ。


 俺は敢えてもう一人のギタリストのパートを弾く。


 ゼノがルートを弾くときは俺も合わせ、リフの中に単音でのリックがあれば、俺はゼノの三度上の音を鳴らし、和音になるように弾く。


 初めは風刃のあまりの弾幕の厚さに防戦一方だった炎の巨人。


 だが、両手で防いでいたものが徐々に片腕で凌ぎだした。


 そして、


「いけぇ!」


 右腕を振りかぶって、炎の弾丸を投擲する。


「うぉっ!」


 炎の弾丸はゼノのすぐ横に直弾。その威力に屋上に浅いクレーターがで、その破片がゼノのギターに命中した。


 というよりも、ゼノはギターで破片をブロックしたようだ。


「惜しいな少年。このギターはちょっとやそっとじゃ壊れないんだ。その炎の弾があたってりゃ、また違ったかもしれないがな」


 余裕綽々しゃくしゃくの笑みを浮かべるゼノ。


 反撃は外れたが、これで幾つか確認が取れた。


 中でも特に重要なのは、ギターの演奏は召喚術に影響が出るということだ。


 今回はゼノの曲に合奏することを敢行したが、やはり下手に違う曲を弾くよりもノリやすいからだろう。


 そのノリが召喚術にフィードバックされ、強さや能力に変化を与えるのでは無いかと考えたのだ。


 とはいえ、すぐに戦況が好転するわけではない。


 魔術戦にしてもギターバトルにしても、ゼノに一日の長があるため依然として防戦一方だ。


 風刃は縦横無尽に迫る。


 あるときは炎の壁で、ある時は籠手でいなし、炎の弾丸を投げつける。が、未だ一度として直撃することなく足元のコンクリを抉る。飛来してきた礫をゼノはギターで弾く。


 おかげで今や屋上は大小無数の痘痕あばたがこさえられ、無残な様相を呈していた。


 埒が明かないと思ったのか、《暴風の人狼》は《炎の巨人》とその距離をひとっ飛びで縮め、その爪で炎の巨人を切りつけた。


 すんでのところで回避―――は完全にしきれず、マスクが僅かに欠ける。これくらいなら大したダメージはないだろう。


 よし、次はこっちの攻撃だ……って、


「痛たたたたたぁっ⁉︎」


 人狼の下半身に纏われている竜巻が巨人の腹部に衝突したことで、俺の腹部にも激痛がフィードバックされたのだ。


「この野郎!」


 巨人のマスクのアイレンズから、炎の光線が放たれる。人狼は紙一重ではあったがそれでも避け、巨人から距離をとった。


「危ない危ない。どうやら近接戦は分が悪いようだな。まぁ少年もそんなになるまでよく頑張ったな。すぐに終わらせてやるよ」


 ゼノの長くしなやかな指は、流麗かつ聴衆を興奮に誘うアウフタクトからギターソロを紡ぎ出した。


《暴風の人狼》を取り巻く風は勢いをいや増し、禍々しい竜巻きを生み出した。


 いよいよ決着をつけるつもりだ。


 俺はといえば、フィードバックによる幻痛だけでなく、度重なる風刃の余波で身体中に刻まれた創傷により生じた、鋭い実痛にも苦しめられていた。


 おまけに擬似召喚の反動だろうか、全身を気だるさが襲い、頭痛も疼きだした。


 だがそれらの苦痛を一旦脇へ押しやり、俺は前を見据えた。


 ここが正念場だ。


 確かに実力差、戦力差は圧倒的なものだが、それくらいで心が折れるようではロックなんてやっていられない。


 ふつふつと湧出する反骨心やら怒りやらの感情を燃料にして、俺もギターの弦へ指を滑らせる。


 ゼノのギターソロに対して伴奏する―――のではなく、さりとて和声音を弾く訳でもない。


 ゼノと全く同じ旋律を弾く。


「はっ! 小癪な真似を!」


 嗤うゼノ。


 それはそうだ。なんせ一介のギター小僧とレジェンダリーギタリストが同じ旋律を弾こうというのだ。実力の差が嫌でも浮き彫りになる。


 それでも―――。


「男には演らなきゃいけない時があるんだよ‼︎」


《炎の巨人》が俺の激情に呼応するかのように、赫赫かっかくと光り輝きだした。


《暴風の人狼》と《炎の巨人》が同時に、両の腕を互いに向ける。


「おおおおおおおお‼︎」


「負けるかぁぁぁぁ‼︎」


 荒ぶる魔の竜巻と灼熱の炎の奔流が、譲れぬ目的と意地を賭けて衝突する。


 風は火勢を強めもすれば、逆に消失させたりもする。


 俺よりも実力が桁違いに上であるゼノの魔風は、後者のようだ。


 拮抗したのはわずかな間。抵抗虚しく、ジリジリと押し返される火炎流。


 ゼノのギタープレイは当然のごとく完璧。


 難しいフレーズでも淀みなく、しかも一音一音の粒立ちもはっきりとしていて、ビブラートも音の揺れ方を、要所に使い分けている。戦っている状況下でさえ、聞き惚れそうなほどだ。


 更にフレーズによってギターのトーンセレクターやトーンノブを細く操作して表情が豊かになっている。これは二十年前制作された同曲の音源にはなかった。


そういう意味ではゼノのプレイは完璧以上で、音源通りに稚拙になぞる俺とは雲泥の差だ。


 プレイの出来が間接的に擬似召喚術の強さに繋がる俺にとって、この差は大きい。ゆえに、竜巻が火炎を押し切って炎の巨人の上半身を吹き飛ばしたのも、当然といえば当然なのだ。


 しかし、敵わないからと物分かり良く諦める訳にはいかないし、相手が上手いからといって弾くのを止める道理も無い。


 同じ音譜フレーズを弾いたとしても、違う曲にできるのが音楽の醍醐味だ。


 だから俺はそんな状況でも運指を止めなかった。



〜To be continued〜

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