第24話 「 starting the battle against super star 」



 正直に言おう。


 マジで怖かった。


 だが不可能だと思えば、それだけ疑似召喚なるものの発動ができなくなる恐れがあるので、気合いで乗り越えた。


 だがヘリから飛び出した瞬間、得も言われぬ高揚感が全身を駆け抜けた。高揚感は根拠のない自信に変わり、ギターの音も心なしかノリが良くなった。


 一瞬の浮遊感。そして地上へのGがかかる感覚。


「きゃあああああああああ‼︎」


 レイラの絹を引き裂くような悲鳴。


 だが、


「おおおおおお‼︎」


Eリディアンスケール、そしてギターの音色はリバーブをふんだんに、ディレイを薄く掛けて速弾をする。求めるものは上昇感。


 果たして青白い光の粒子が一層強く発光し、そして  


「飛べぇぇぇぇぇぇっ‼︎」


 たくましい肉体と鳥頭、そして大きな翼を持った怪物。


 間違いなく『炎の巨人』と同じような存在だ。


 ガルーダに似ているその怪物は俺とレイラを両脇に抱え、ぐんぐんと速度をあげた。


「行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 そして俺たちは、空を駆け抜けた。


「悪いけど、あんたを止めさせてもらうよ」


 俺は目の前にいる黒ずくめの男―――ゼノに宣言した。


「よう、少年。やはり来たか」


 ゼノは口をニヤリと歪めると、遊び仲間に声をかけるような気安さで応じると、俺の横にいるレイラを一瞥する。


「レイラ、君も来たのか。だが君が居たところで何も出来ないだろう。それは魔術を教授したオレが言うんだ、素直に引き下がるのが利口だぞ」


「お生憎様。私と彼は二人で一人の魔術師なの。それに、紳士はパーティにレディを伴うものよ」


 レイラの口調には、いつもの軽快さがあった。


 それにしても、これでゼノとレイラの関係が判った。同僚というだけでなく、魔術の師弟だったという訳だ。


 だが、さらに驚くべき事実がゼノの口から語られた。


「もうレイラもそんなお年頃か。父は寂しいな。だが、オレが認めた相手としか交際は許さんぞ」


 ん?


「いまさら父親気取りはやめてちょうだい。貴方のことは尊敬していたけれど、それは魔術師として、プロデューサーとしてよ。家にろくすっぽ帰りもしない上に余所に女を作って、ママがどんな思いをしたか考えたことある?」


 んん?


「お、おいレイラ、ちょっと待ってくれ」


「なに? いま真剣な話を」


「いまアイツ、父って言った?」


 年上の人間に失礼極まりないとは承知しているが、オレはゼノを指差してレイラに問うた。


 当のゼノはというと、お?と両の眉を上げて言った。


「なんだレイラ、少年に話してなかったのか?」


「必要ないからよ」


 きっぱりと彼女は言い放った。


 いや、確かにゼノがレイラの父ということが判明したとしてもオレの為すことに変わりはないが、そういう重要なことは教えて欲しいぞ。


 あれ? ということはレイラと清音って―――。


 しかし、俺の思考はレイラの言葉によって中断させられた。


「とにかく、私は魔術を知る者の端くれとして、貴方の暴挙を看過することはできない!」


「仕方ないか……あまり君には手荒な真似はしたくないんだが……」


 首をほぐしながら、ゼノはギターを構えた。


「おイタをする子を躾けるのは、親の役目だよな」


 ゼノが軽くピッキングすると、甲高い音がアンプから発せられた。


 ピッキング・ハーモニクスだ。


 ピックで弦を弾いた直後、ほぼ同時のタイミングでピックを握った親指でも弾く。すると通常よりも遥かに高い音程が出せるという奏法だ。


 アンプが鳴った直後、目の前の空間が微かに揺らめいたと思った瞬間。


「うぉぉ⁉︎」


「きゃあっ⁉︎」


 突風が俺とレイラの間を吹き抜けた。だけでなく。


 俺の衣装とレイラのスカートの端に切れ込みが出来ていた。


「日本じゃこういう、カマイタチっていうんだよな?まだまだ行くぜ?」


 Gハーモニクスマイナースケール―――バロック調の音階を、ピッキング・ハーモニクスで紡ぐ。


「レイラ、離れろ!」


「わかったわ」


 俺たちは左右同時に展開した。


 やはりというか、ゼノは一切の躊躇なく俺に狙いを定めて来た。


 最初の一撃は牽制だったのだ。親の情としてレイラは極力傷つけたくないという事と、レイラを単独にしておいても脅威はないと思ったのだろう。


 対抗すべく俺もギターを構えるが、それどころでは無くなってしまった。


「わ、わ、わ、わ」


 大気が揺らいだ瞬間、悪寒がするに任せて飛び退いた。


 一秒前に立っていた場所の背後。鉄骨の柱が鋭く砕けた。


 続けて三度、同じことが起こり、俺は回避に専念せざるを得なかったのだ。


 ていうかあのおっさん、俺なら足くらい切断しても構わないとか思ってるんじゃねぇだろうな。


「どうした少年。そのギターは飾りか? 何かするんじゃなかったのか?」


 飄々ひょうひょうと野次ってくるゼノ。完全に舐められている。


 こうなったら。


「お望み通りやってやるよ!」


 レイラに目配せすると、コクリと頷いてくる。


 準備は完了しているようだ。


「おおおお!」


 負けじと俺も、Gハーモニクスマイナースケールでギターを鳴らした。


 ハムバッカー・ピックアップにマホガニーのボディ材。やはり材質がギブソンのレスポールと同じだけあって、音も似ている部分がある。


 大気が揺れる。鋭い不可視の風刃が俺目掛けて迫り来る。


 直撃コース。だが心配ない。


 俺の目の前に炎の渦が巻き起こり、風刃を引き返した。


「ほーう」


 ゼノは初めて感嘆の声を上げた。


『炎の魔人』を目の前にして。


 どうやら擬似召喚は、一つのパターンにつき一回ずつ、つまり『炎の魔人』ならそれ用に、それぞれレイラが魔術を構築しなければならないようだ。


 そこから大きく乖離かいりしたイメージを俺が流し込んでも発動しないらしい。


 間断なく切りつけてくる烈風の刃。それを炎の魔人は時にジャブで、時にパリィで、目にも留まらぬ速さで次々といなしていく。


 ゼノの即興演奏。素晴らしい演奏だ。


 彼は卓越した音楽センスの持ち主であり、それゆえに聞き込んでいる者にはクセのようなものが判る。俺も御多分に漏れず聞き込んでいる。


 だからこそ―――。


「いまだ‼︎」


 ギターを弾くゼノの手が、ビブラートを出すために少し止まった。


 目論見通り、一瞬だけ風刃の猛攻が途切れたスキをついて俺は炎の巨人に間隙のイメージを伝える。


 炎の巨人な簡素なマスク。そのくり抜かれた目抜きの部分から火炎放射器のような、火線を三条、勢いよく放った。


 ゼノのギタープレイが変わった。六弦を、五弦をに抑えるパワーコードを8ビートで刻む。


 今度はゼノの長駆よりも二周りほど大きな面積の空間が歪んだ。


 火炎線はその歪みの壁に阻まれ、虚空に雲散霧消した。


「う〜ん。やるな、少年。キースからの情報である程度は知っていたけど、実際に見ると、面白いことをしてるな。遠回りなことをしているのは、やはりその少年が魔術を使えないからか」


 戦闘の最中だというのに、余裕めかして腕組みするゼノ。


 ていうか、キースの情報? あいつは現在、レイラたち魔術協会の元に収監されているされているはずだ。どういうことだ?


 しかし今はそれよりも、ゼノを止める方が先だ。


「なぁ、頼むからこんな馬鹿げたことはやめて、早くあの怪物を引き上げさせてくれよ!」


 俺は必死に語りかけた。


 黒ずくめの海外のロックスターと、白ずくめの日本のギター小僧が対峙している。


 黒衣の男はしばらく黙っていたが、やがてゆっくりと語り出した。


「馬鹿なこと……か。まぁ他人にしてみれば馬鹿なことだよな。だがな、俺にとっては重要なことなんだよ」


 その声は先程までとは打って変わって、怒りのマグマを内包した火山の胎動だった。


「だからって、たくさんの人の命を犠牲にしてもいいのかよ!」


「簡単な話だ。俺の天秤は、ただ生きてるだけの有象無象よりも清音の方に傾いているというだけだ」


 ゼノのシルエットが、陽炎のように揺らいだ気がした。


 得も言われぬ迫力に、俺は飲まれかける。


「ふざけんなっ! そんなことして清音が喜ぶと思ってんのか⁉︎」


「それでもだっ‼︎ 」


 男はついに噴火した。


「それでも、あの子が再び生きてこの世に現れてくれるならば、俺は喜んであの子に憎まれよう。やっと会えたと思ったら、この手をすり抜けてしまった! だから、俺は神を殺してでも、清音を取り戻す‼︎」


 大気が爆ぜた。


 狂気に彩られたロックスターの想い。娘への愛が、魔力となって噴き出したのだろう。


「だから、オレの邪魔をする貴様はここで排除する」


 俺はここで初めてあることに気付いた。


「なんだ、あのギター?」


 ゼノが肩から下げているギター。一言で表せば、真っ黒だ。


 ボディはマットブラック・フィニッシュ。ネックもフィンガーボードもエボニー材なのだろうか、真っ黒だ。しかもネックヘッドまでだ。


 メタルパーツやスイッチ類、ピックアップもブラックという凝りようだ。


 ボディシェイプは、ネックの両端に大と小、それぞれ角の形をしたダブルカッタウェイで、よく目を凝らしてみると、ボディにうっすらと幾何学的な彫刻がなされている。


 なんとなくその特徴が、俺の記憶を掠る。


 しかし俺はその記憶を引き出すよりも、そのギターのおかしさに注意を奪われていた。


 ゼノから放たれている黒い魔力の粒子を、そのギターが吸い込んでいたのだ。


 そして幾何学の紋様が明滅し、やがて紫色に浮かび上がった。


 やがてそれは、禍々しき力を宿したギターの形をとった何かになったことを、俺は悟らざるを得なかった。


「神器……ルシファー」


 俺の傍らで呟かれたか細い声。


 いつの間にか、レイラが立っていた。


「神器? ルシファー?」


 俺は鸚鵡おうむ返しで訊いてしまった。


「数十年前、召喚魔術で神々の世界から『神樹ユグドラシル』を喚び出した魔術師がいたわ。彼は優れた魔術師であったと同時に、優れた工芸家でもあった。彼はあろうことか神樹を伐り、そこから十二の楽器を造った。ルシファーはその内の一本」


「神器とか……」


 淡々と説明を続けるレイラ。


「神器について判明していることは少ないわ。ルシファーについて分かっていることは、奏者の魔力を吸いとって増幅し、魔術の効果を何倍にも高めるの」


 伝説の武器的な登場で、いよいよRPGじみてきたところで、俺の危機感がいや増した。


「つまりアレか、敵ボスは第二形態に移行したわけだな」


「ちなみに、神器は魔術で強度が上げられているから、たぶん鋼鉄よりも壊れにくいわよ」


「……貴重な情報ありがとう」


 さっきからネガティブな情報しか聞こえてこないことに沈鬱になりそうになる。


 だがこれで、ルシファーなるトンデモギターは壊れにくい事だけは判明した。


 それだけでも前進だ。


「少年! お前に『皇帝』と称された俺の音を聴かせてやる!」


 皇帝ゼノの本気の進撃は、150wワットという特大出力のハイゲインアンプの能力を惜しみなく鳴らしながら、16ビートのEマイナーで攻撃的なリフを奏でる。


 シンプルな音使いながらも、世界中のギターキッズを虜にした印象的なフレーズ。


 これは―――。


《SHOUT IN THE STORM !》


 ゼノの代表曲であり、知らぬ者はいない程の名曲。


 まさかこの曲を、こんな場面で聴くことになるとは。


 しかし俺の感傷は、次の瞬間起こったことに吹き飛ばされてしまった。


 虚空に紫光の粒子が集まる。


 光は次第に一つのシルエットを形作り、やがてそれは顕現した。


「これは……!」


 呆然とした呟きは俺だったか、果たしてレイラだったか。


 ゼノの正面に現われ出でたそれはまさしく召喚されし者だった。


 筋骨隆々とした黒光りする巨躯の上には禍々しき狼頭。両手の五指には鋭い爪。何よりも息を呑んだのは、下半身を覆う烈しき暴風だ。


「擬似召喚魔術をお前に教えたのは誰だったか忘れた訳じゃないよな、レイラ?」


 つまり、ゼノも俺たちと同じように擬似召喚魔術を使えるということか。


「では少年。第二ラウンドといこうか!」


〜To be continued〜

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