第23話 「 beginning of distraction 」

 俺はその光景を言葉もなく眺めていた。


 腰の下から力が抜ける。


 隣では、口をあんぐりと開けてアホ面を晒しているレイラがいた。


 この顔を写メに収めて後で何らかの交渉のネタに使いたいところだが、残念ながらいまの俺にそんな余裕はない。


 何しろ眼下では怪獣映画さながらのアンビリーバボな衝撃映像が繰り広げていたのだ。


「む……無茶苦茶だわ」


 これはさしものレイラにもショックが大きいらしい。白磁のようだった肌は青白くかわり、声も震えていた。


「ゲンキ。一度引き返して作戦を練り直しましょう。これは、私たちの手に負える自体ではないわ」


 絞り出すように戦略的撤退を提案するレイラ。


 妥当な判断だろう。だが俺は、


「いや、予定通りいこう」


 我ながら驚くほどきっぱりと宣言した。


「ゲンキ! 正気⁉︎」


「正直言って、逃げてもいたずらに被害が広がるだけだと思う。仮に何とかできる体制が整ったとして、それまでにどれだけ時間がかかると思う?」


「で、でも……」


 逡巡するレイラを、俺は片手を上げて頭を撫でる。


「大丈夫だ。もし本当にヤバそうになったら、その時こそ逃げるさ」


 俺はレイラの瞳をしっかり見つめて言った。


 顔を伏せ、一呼吸の後顔を上げたレイラの瞳は、いつもの自信に満ちた光があった。


「そうね。言い出しっぺの私が怖気付いていては、笑われてしまうわね」


 それでこそレイラだ。


「さて、じゃあまずは予定通りゼノを探すか。……それにしても報道とかのヘリが多いな。俺、カメラとかに映らないよな。こんなことでニュースに取り上げられるの、嫌だぞ」


 愚痴る俺をじっと見つめ、レイラがにこりと笑った。だがそのオノマトペは、俺の脳内で何故か、ニヤリというものに変換された。


「こんなこともあろうかと用意しておいたわ」


 そう言って大きなボストンバッグから、白い布の塊を取り出した。


「これは?」


「もしあなたが自分の身元を隠匿したいときのための、変装用のための衣装よ」


 はぁ、と気の抜けた返事をして、ひとまず袖を通してみる。


 フード付きの白いロングコート。


 パッと見は某RPGに出てくる白魔道士のような出で立ち。


「逆にすげぇ目立ちそうなんだけど……。まぁフードを目深にかぶれるから顔は隠れそうだけど」


「申し訳ないけれど、苦情は受け付けないわ。というか、全身が隠せそうで急ぎでとなると、それしかなかったの」


 真偽のほどは定かではないが、まぁ今日限りのことだと目を瞑ることにした。


「それでゼノはどこだ……?」


 俺は目を凝らして眼下に広がるビル群を眺める。


 なぜなら俺とレイラはいま、彼女が用意したヘリに乗り込んでいるからだ。


 今回の作戦の内容。


 ゼノが撮影する予定のビルも時間も、同じ会社で権限をある程度持っているレイラならば、その情報を入手するのも容易かったという。


 であるならば、ゼノが決行する前に急襲して未然に防ごうというものだった。しかも空から。


 陸路は、ビルの内外にゼノの妨害があることを懸念して却下された。


 現時点で唯一にして最大の誤算は、ゼノが予定よりかなり早く決行した事だ。その結果がいま地上で繰り広げられている惨劇だ。


 こうなったら一刻も早くゼノに中断させるか、それが叶わなければ実力行使で、あの化け物を退けなければならない。


「いたわ。あそこよ」


 たおやかな指が指し示す先には、黒ずくめの長身の男がビルの屋上に立っていた。


 すみやかにヘリを着地させてもらおうと思ったら,、


「ゲンキ、飛ぶわよ」


「おう! ……って、へ?」


 聞き間違いだろうか?


 目が点になっている俺なぞお構いなしに、レイラは荷物の中から長方形の物体を引きずり出した。


 ギターのハードケースだ。


 彼女は留め具を外し、蓋を開いた。


 そこから取り出したのは、ギブソン社の有名変形ギター『フライングV』だった。


「貴方のストラトはちょっと個性的だから、すぐバレてしまうわ。ストラトとフライングVではプレイアビリティが違うかもしれないけど、こういうとき何と言ったかしら……そう、コーボーも筆の謝りよ!」


「弘法は筆を選ばず、だろ……」


 嘆息しながら、ギターを受け取る。


 それにしてもこのチョイス、初めから狙っていたのか……。


「さ、跳ぶわよ」


「おい、ちょ……正気か?」


 先刻とは立場が逆転した。


「当然よ、拙速を尊ぶべき緊急事態よ。大丈夫、貴方なら出来るわ。それに私も一緒よ」


 無責任にも程があるし、何のフォローなんだかもう訳が分からない。


 レイラは有無を言わさず、ハッチを聞いた。


「ジョー、あとは手筈通り頼んだわよ‼︎」


「リョーカイ、マム。まかせてよヨ!」


 彼女が声をかけたのは、魔術関係の仲間だという、三十代前半くらいの禿頭にサングラスという出で立ちの陽気な白人だった。


「くそ、こうなりゃやってやるよ‼︎」


 ヤケクソでギターを鳴らす。


『飛ぶ』というイメージ。


 瞬く間に、青白い粒子が俺たちを包み込んだ。


 行ける!


 直感でそう感じた俺は叫んだ。


「行くぞ、レイラ!」


 そして俺たちは空に躍り出た。



◆◇◆◇◆◇



 ゼノはほくそ笑んでいた。


 感じる。


 今までとは比較にならない程のエネルギーが、自ら召喚した異形の神―――その頂点にある物体―――へ流れ込んで行くのを。


「ワオ。カメレオンみたいだな」


『変容の暴食』が触手を伸ばし、街を蹂躙する様を睥睨し、呑気な感想を漏らすゼノ。


この男の前では、道徳などもはや鶏の翼以上に意味が無い。


『変容の暴食』は、警察のヘリを二台、蝿を駆除するように叩き落とした。


「ん?」


 何か、魔力の塊が近づいてくる。


 その方向に目を遣ると、


「ガルーダ、か?」


 プロレスラーのような巨人の人影。しかしその東部は猛禽類のそれで、しかも背中には巨大な翼を羽ばたかせ、こちらに向かっていた。


 そしてその両脇には、二人の少年少女を抱えていた。


 鳥頭の怪物は、ひらりと身軽な動きでビルの屋上に降り立つと少年たちをおろし、光の粒子となって消えた。


「悪いけど、あんたを止めさせてもらうよ」


 その声は間違いなく四日前に会った少年のものだった。


〜To be continued〜

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