第六章 catastrophe
第21話 「 Layla came my home , yeah yeah yeah 」
予期せぬゼノとの遭遇から二日後。
テロの可能性は低いとの判断から、学校が再開された。
放課後、登校している軽音部の部員は音楽室に集まるようにとの御達しがあり、俺は素直に足を向ける。
音楽室には御堂先輩、高梨りんご、香山せいら、灰田凛、草尾雪乃先輩、そして何と鈴木ましろの姿があった。
先日よりも幾分健康そうで、なんとか登校できるまでには回復したらしい。
痛くない腹を探られるのも嫌なので、先日の見舞いについては公言せず「お、良くなったみたいだな」と一方的に言うに留めておいた。
ミーティング中に鈴木と目があった時、彼女が微笑みを浮かべたのはたぶん感謝のつもりだろう。
ミーティングではまず、高梨部長と守屋の容体に触れられた。
二人とも現在は入院中だが、順調に回復しているらしい。
先日のテロについて御堂先輩は、当事者であるが良く憶えていないと言った。気づいたらベッドに寝ていたというのが彼女の主観で、どうやらレイラ達の記憶操作などの隠蔽工作は成功しているようだ。
最後に、今後一週間は部活動を一時停止する旨が告げられた。
大会などを控えた部活以外は、念のためにということらしい。
ちなみに花屋敷遊蛇はC.E.Pのライブには結局行っておらず無事らしいが、部活には顔を出していない。それについて全部員、まぁ遊蛇だから……という悟りに至っているのはご愛嬌だろう。
――――――――――――――――――――
その翌日。
レイラから連絡があり落ち合うことになった。
放課後、指定された時間に俺が向かったのはL.D.Gのオフィスでも喫茶店やファミレスでもなく、クレセント・ミュージックだった。因みにここを指定したのは俺ではない。レイラだ。
俺はなぜここなのかと首を捻りながらも、店先に佇んでいる金髪少女を見つけた。
「ちょっとヒジリに用事と、聞きたいことがあったの。でももう終わったわ。さ、行きましょう」
「どこにだ?」
「ゲンキのお家よ」
俺が逃げ出すアクションを起こすよりも早く、レイラは一枚の写真を取り出した。
男子高校生の膝の上に乗る服をはだけた金髪の少女の写真だ。
俺の逃走の意思は
――――――――――――――――――――
「まさかとは思ったけれど、やっぱりゲンキのお宅は音楽関係だったのね」
レイラは俺の家を一目見るなりそう宣った。
特に隠しているわけではない。むしろ『不夜城音楽教室』と看板を出して宣伝している。
もともと駐車場用のフリースペースだった一階を改築して教室として使っているので、玄関がある二階へは外に設けられた階段を使わねばならない。
「ただいま」
玄関ドアを開けると、今から教室に降りるのだろう父親がいた。
「おう。おかえ……り」
視線が俺から後ろにいるレイラに移った途端、親父の顔は幽霊でも見たように両眼を剥いた。
「おい親父、アホ面になってるぞ。ていうかジロジロ見過ぎだ。お客さんに失礼だろ」
「お、おう……すまん。ていうか、アホにアホって言われた」
「おい!」
「お父様ですか? 初めまして。私はレイラと申します。突然不躾に押し掛けたりして申し訳ありません」
相変わらず
「あ、ああいや、これはご丁寧にどうも。いや
「光栄です」
花も恥じらう笑顔を見せたレイラ。
やはりというか、こういった社交的な面では如才ない少女だった。
「おい弦輝、自首してこい」
息子に対する突然の暴言。まずい。もう通常モードに戻ってやがる。だが俺も伊達にこの親父の息子ではない。
「言っておくが、誘拐とかしてねぇからな」
「俺はそんな子に育てた覚えはないぞ」
「そんな子に育ってねぇし。話聞けよ」
「そうか。ではお嬢さん、うちの子になりにきたのかい?」
「え……?」
初対面の中年の突飛な言動に、流石のレイラも若干引き気味である。
むべなるかな、この親父の
「親父、いい加減にしてくれ。親父のボケに初心者はついていけねぇんだよ。レイラ、気にせず上がってくれ」
「ああ、レイラちゃんすまなかったね。気にせずゆっくりしていってくれ」
「は、はい……」
唖然と俺の親父を見送ったレイラ。やがてポツリと言葉が漏れた。
「何というか、とてもユニークなお父様ね」
「珍しい動物を見たとでも思ってくれ。さ、こっちだ」
―――――――――――――――――――
レイラの用件。それは清音が写っている写真を見たい、そして清音の話を聞きたい、ということだった。
「もしかして聖の所に行ったのも、その件か?」
「その通りよ」
言いながらレイラはアルバムをめくる手を休めない。
「本当に……あなた達三人、いつも一緒だったのね」
呆れ半分感心半分といった声をあげるレイラ。
「まぁ、な。親同士が仲よかったからな」
思えば物心ついた頃からの付き合いだ。お互いのことは概ね解るつもりでいる。
そういえば、聖と清音以外でこの俺の部屋に女の子が来たのは初めてではなかろうか。
やばい。いわく言いがたい羞恥心が込み上げてきた。
何か話題を振って気を紛らわせなければならない。
「そ、そういえば、ゼノと清音はどういう関係なんだ?」
ピタリ、とレイラの動きが止まった。
ゼンマイが切れた人形のように微動だにせず、わずかの後「はぁ」と息を吐いた。
「そうね。そろそろ話す頃合いね」
そっとアルバムを閉じ、体ごと俺の方に向き直るレイラ。
神妙な面持ちで言葉を紡ぎ出す。
「ゲンキ。自分のルーツって考えたことはある?」
「ルーツ……それはあれか、自然科学とか進化生物学的なやつか? 人類の祖先はアフリカとかどっかからきたとかいう」
ふふ、とレイラは柔らかい笑みを浮かべ、一部否定一部肯定で続けた。
「そこまでは遠くないわ。そうね、貴方にはどの民族の血が入っているとかは?」
「えっと? 日本人、だな」
「そう。では清音はどんなルーツを持っていると思う?」
「どうって……」
そこでハタと気付く。清音の日本人離れした容姿。清音は確か外国人の血が入っていると言っていた。
俺は幼い頃うっかり清音に訊いてしまい、俺の母親に酷く怒られたことがある。
「まさか……」
俺は直感的に辿り着いてしまった答えに、戦慄いてしまった。
「そう……ゼノはキヨネの実の父親よ」
静寂。
遠くから聞こえてくる子供達のはしゃぐ声が、何とか俺の意識に届くまでに立ち直った。
「本当なのか……って訊くだけ無駄だよな。……でも、まじかぁ」
レイラの情報をいまさら疑わない。
だが、事実を事実として収めるには衝撃が多すぎた。
深呼吸をして、一旦意識を切り替える。感情ではなく、努めて思考で情報を扱う。
「レイラ、君は前に行ったよな。『敵の目的は清音』だと。あれはどういう意味だ」
「正確には、敵の目的は『女神の復活―――つまり清音の復活』よ」
「どう違うんだ?」
「敵とは何も、ゼノだけでは無いわ。ゼノとその協力者達よ。協力者、つまりキースのような魔術師達の目的は『女神の復活』、そしてゼノの目的は『清音の復活』よ。今回がゼノとそのほかの利害が偶さか合致した為に、適役であるゼノが主導で動いていると言うわけ」
「清音には本当にその、女神なんてものがついているのか? それに百歩譲って女神なんてものがいるとして、何で復活させようとするんだ?」
「キヨネのあの力が果たして本当に女神なのかどうかは判らないわ。ただ、その力を目の当たりにした人間に女神と錯覚させるに足ることを、いままであの子は成し遂げて来たわ。だからあれに関わった、あるいは情報を得た不届き者がその力を欲するのも理解できないでもないわ。
「留学してまであいつは何をやってたのか非常に気になるところではあるが、いまはまだいいや。それにしても女神か……あいつにねぇ」
幼い頃に森で遭った存在。まさかそんな大それた代物だったとは。
「もしかしたら、ゲンキやヒジリにも『女神』の影響は出ているのかもしれないわね」
「え、どういうことだ?」
「だってキヨネが女神と融合したとき、貴方とヒジリもその場に居合わせたんでしょう?だったら貴方達にも何らかの影響があっても不思議ではないわ。そう考えるとゲンキの魔術の才能やヒジリのキースの魔術に対して見せたという魔力抵抗も、何らかの形で女神の作用が働いた、と考えると辻褄が合うわね」
「……まさか」
流石にそこまでいくと出来すぎだろう。
「ゲンキ……」
「ん?」
「これは最後の確認よ。手を引くなら、これが本当に最後のチャンスよ」
「愚問だな、レイラ。もう既に手を引けないとこまで来てるんだ。俺の部活の仲間が傷ついた、聖が巻き込まれた、清音がよくわからないけど利用されそう。それに、新しい友達が何だか困ってそうだからな」
「新しい友達?」
キョトンとするレイラ。やがて何かに気付き、顔が少し赤くなる。
「もう……わかったわ。では作戦を立てましょう」
「よしきた。じゃあゼノが明日、どこで何をやろうとしているのか、そしてそれをどう妨害しようとし
てるのか、もちろんプランはあるんだろ?」
「ええ、ではそれを今から話すわ」
その内容を聞いたとき、やっぱり少し手を引きたくなって来た。
―――――――――――――――――――
そしてさらに翌日。
人類の歴史にとって様々なターニング・ポイントとなり、のちに『ゴッド・インパクト』『ジャパニーズ・ナイトメア』などと称される日が始まった。
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