第五章 The hero had make a fresh resolution

第18話 「 a hidden secret in their memory 」


 少しずつ、陽光の勢いが強くなってきた気がする。


 俺はそんなことを考えながら駅前に向かって歩いていた。


 時刻は正午。街は平日ということもあって、やはり休日に比べれば活気に欠ける。


 財布とスマホ以外は手ぶらの俺の足は、一軒のファミレスの前で止まった。


 入り口の自動ドアをくぐると、まだ若い俺の胃をあおかぐわしき種々の食べ物の匂いと、ランチタイムに相応ふさわしい喧騒が俺を出迎える。


 座る席の心配はしていない。待ち合わせ相手から、すでに確保していると連絡があったからだ。


 店内を見回し、その相手の姿を見つける。


「よう」


「よ。……あれ、一人?」


「ああ。レイラももうすぐ着くんじゃないか?」


「ふ〜ん」


 ジーンズにパーカーという出で立ちでソファに浅く腰掛けていた聖に声をかけ、俺も席に着いた。


「今日、軽音部は?」


「あるわけねーだろ」


「だよね……」


 なんをかいわんや、だ。


 軽音部だけでなく、文化系および運動系の部活は本日すべて休止のはずだ。


 それどころか、学校自体が本日突然の休校なのだ。


 当然だろう。原因不明の集団昏倒事件に校門前に突如発生した謎のクレーター、同日同時刻に発生した二つの不可解な事件を放置してそのまま授業を行うような学校には、少なくとも俺は通いたくない。


 無論、集団昏倒事件とは、キースに氷漬けにされた生徒と教師たちがすばらく目を覚まさなかったことで、謎のクレーターとは白蛇の尻尾の打撃の後である。


「いまネット見てたけど、情報掲示板とか結構話題になってるよ」


「ああ。朝もテレビでニュースになってたな」


 当事者たる俺たちに正直に世間に報告するという選択肢は無論無く、かといって平然でいられようはずがない。


 二人に気まずい沈黙が訪れた。


「そ、そういえばリンゴ、どうだった?」


 俺は空気を変えるために話題を替えた。


「あー、うん。昨日家に帰ったらお兄さん―――部長さんがいなくて、しかも学校で倒れてるって連絡あったから凄く驚いたみたい。部長さんは入院して今朝意識が戻ったけど、何も覚えてないっていってるらしいよ」


「そうか……鈴木の方は連絡とれたのか?」


 聖は静かに頭を振った。


「一応メールの返事は来たけど、ちょっと……正気じゃないかも」


 少し言葉を選ぶ素振りを見せたが、結局、妥当な表現にしたようだ。


「そのメール、読ませてもらえるか?」


 ダメ元で俺は要請して見た。


「う〜ん。まぁいいわ」


 わずかに逡巡したのち、スマホを操作してディスプレイを俺の方に向ける聖。


 女の子同士のプライバシーよりも、ことのプライオリティを優先したらしい。


 俺はディスプレイを視る。そこには―――。


『こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて―――』


 聖の言うように、正気を疑うようなメッセージが記されていた。


「なぁジリ、確認だけど、普段鈴木はこう言う文章を送ってくるのか?」


「なワケないじゃん。いつもは短めだしもっとマトモだよ」


 さもありなん、だ。明朗な鈴木の性格からは、聖の証言の方がしっくりくる。


 それだけ一昨年のC.E.Pのライブが彼女の精神に深い傷跡を残しているのだ。


「とりあえず、後で様子見に行ってくるよ」


「ああ、そうだな。その方がいいかもな」


 聖の提案に賛同した俺は、入口からこちらのテーブルへ近付いてくる人影に気付いた。


「レイラ、こっちだ」


 モスグリーンのジャケットにドレッシーな白のブラウス、ミントグリーンのフレアスカートという服装で金髪をアップにした少女―――レイラが片手を挙げて応える。


「ハイ。ごめんなさい、少し遅れてしまったわ。待った?」


 挨拶と謝罪を口にしながら、自然な動作で俺の横に腰を下ろす。


 聖の眉がピクリと動いた。


「いや、俺たちもついさっき来たところだ。聖、改めて紹介するよ。レイラだ。レイラ、こっちは聖だ」


なぜか聖のご機嫌が傾きかけたのを訝りながら、俺は二人の紹介フェイズに入った。


「レイラ。レイラ=マクファーソンよ。改めてよろしく、聖」


「三日月聖よ。よろしく」


 レイラは朗らかに、聖は何かを飲み込んだ表情で言葉を交わした。


 全員集まったところで、ひとまずオーダーを注文する。


 俺と聖はランチセットを、レイラはサラダとケーキセットを注文した。


オーダーが届くまでレイラは自分の身分を語った。


裏の顔―――は、今は伏せておくようだ。聖も俺の幼馴染だということを話し、そこでオーダーが全員分揃った。


「じゃあ聖、改めて昨日のことを説明しようと思う」


 俺はこの会合の趣旨について触れた。いま集まっている目的の一つは、聖への状況説明だからだ。


「ちょっと待って、ゲンキ」


 そう言って俺を制すと、レイラは小声で何かを呟いた。


 店内の喧騒が遠くへ消えていく。


「え、何コレ⁉︎」


 今の聖の気持ちが手に取るようにわかる俺。


 紅茶に一度口をつけ、レイラは口火を切った。


「ヒジリ、私は魔法使いよ」


 食事をしながら―――といっても積極的に手を動かしているのは俺だけだったが―――説明が行われた。


 俺とレイラの出会い。


 レイラの目的―――悪い魔法使いを止めること。


 それに関連する事件―――C.P.Eのライブとキースの学校襲撃。


 一通り聴き終えると、聖は腕を組んでしばし沈思黙考し、やがて口を開いた。


「いくつか質問させて」


「私に答えられることなら」


 レイラは鷹揚に頷いた。


「ゲンはその、魔術とかが使えるようになったワケじゃないんだよね?」


「ええ、そうね。あくまで魔術といて形をなさしめているのは私。喩えるなら、私が用意したボートに私は乗っているけれど、行き先をゲンキに決めてもらって、ついでにオールを漕いでもらっているようなものかしら」


「なんかイメージ悪いな、おい」


 お姫様の乗る船を必死で漕ぐ召使いをイメージしてしまいついツッコミを入れてしまった俺を、しかし二人の女子はスルーして話を続ける。


「じゃあ次は、ゲンのギターがアンプも無しで音がなった件。精霊?ていうのが『音』を増幅させて鳴らしているっていう前提を百歩譲って認めるとして、どうやって『音色』を変えているのか、その理屈が理解できないんだけど」


「……なるほど。物理的にストリングスは振動しているから、周波数として周囲は音高を認識できる。でもゲンキの頭の中にしかない音色のイメージを、どのようにして精霊が捉えているかわからない、ということね?」


 コクリと頷く聖。


 レイラは輝かんばかりに白い指をおとがいに当て、少し考えた末に口を開いた。


「少し遠回りするけれど、ヒジリ、貴女が飲んでいる飲み物は何?」


「え? 烏龍茶だけど」


「ではこのお茶は、現実に在ると思う?」


「え? え? 実際にあるじゃん」


「では、瞼を閉じてみて」


「は? あ、うん」


「次にグラスを手に取ってちょうだい」


 恐る恐る聖は、記憶を頼りにテーブルの上にあるグラスを手探りで手に取った。


「では、飲んでみて」


 飲むように促すレイラ。


「うん―――って、え、なにコレ⁉︎」


 一口啜った聖は、驚きのあまり閉じていた瞼を開く。


 聖の手には、俺が飲んでいたコーラのグラスが握られていた。


「ふふ、ごめんなさい。ヒジリが目を閉じていた際に、こっそり取り替えさせてもらったの」


「は、はぁ……」


「いまヒジリは、飲むまでコークをお茶だと思っていた。飲んで初めて現実を認識したということね。ここまでは良い?」


「うん」


「簡単に言えば、『現実を認識』するのではなく、『認識したものが現実』になるの。詳しく言えば、認識して初めて現実は現実たりえるの」


「え〜と、それは脳が感じて的なもの?」


「その通りよ。現実とは一人一人の脳の中にある。このジュース味や香り、舌触りも、貴女と私とではもしかしたら感じ方が違うかもしれない。そしてここからが重要なのだけれど、逆に言えば、認識を変えれば現実も変わるということよ」


「……えっと?」


 聖の戸惑いはよく理解できる。俺も絶賛同じ心境だからな。


「もちろん、今の段階で貴女がこのジュースの色を……例えば青だと思ったところで青色に感じるのは難しいでしょうね」


「……不可能とは言わないんだ」


「ええ、そうね。ところで世の中には数字に色が着いて視えたり、形に味を感じる人がいるのは知っている?」


「あっ‼︎」


 聖は何か思い当たる事があったらしい。


「共感覚ってやつじゃない?」


「その通りよ。黒いインクで印字された数字の羅列でも、カラフルに視える人もいる。その人にとってはそれが現実。この共感覚は、後天的な訓練でも身に付けられる言う作家もいるわ」


「なるほど……?」


「それが、音色を変えられるカラクリとどう繋がるんだ?」


 聖も俺も、ここまでは何とか理解が追いついている。しかし話の行方が判らない。


「慌てないで。つまり、人は脳の中で情報を整理しているという事、ここまでは良いわね。ではその脳内の情報―――記憶や考えている事、見聞きしている事などを読み取ったりする事が可能、というこのは聞いたことある?」


「テレパシーとかサイコメトリーとか、そういう事?」


 聖は自信なさげに言うが、レイラは満面の笑みで肯定した。


「まさにその通りよ! 精霊たちにも想念で情報を伝達する事ができるの」


「おいちょっと待て。と言うことはアレか? 俺の考えている事がだだ漏れだったってことか?」


 レイラの説明の過程でトンデモな事態に置かれていた可能性を発見してしまい、俺はツッコミを入れた。


「ご心配なく。あくまでもゲンキの音に対する想念だけをピックアップしているだけだから」


「本当かよ……」


「まぁまぁ。要するに、精霊っていう力があれば、アンプなしでアンプと同じ効果が得られるって訳ね。それって誰でも出来るの?」


「誰でもではないわね。そもそも精霊と交信できるようになるまでに何年も草花を育てなければならないわ。自分で言うのも何だけれど、私以外に精霊術でここまで出来る人は居ないと断言できるわ」


 人差し指を立ててくるっと回し、少し得意げにいうレイラ。


「そっか〜」


 対して聖は残念そうに溜息を吐く。たぶん楽器屋の娘として、精霊術を商売に利用できないか目論んでいたのだろう。


「ま、いいや。その精霊術ってやつを使って、あの巨人みたいなやつを呼び出したんだよね」


「ちょっと違うわ。あの炎の巨人はどこからか召喚したのではなく、新しく作り出したという事よ」


「あの白蛇も?」


「あれは正真正銘、召喚魔術で呼び出された魔獣ね」


「えっと……どう違うわけ?」


「基本的には全くの別物よ。まず召喚魔術の目的は、異世界や異次元から物質を呼び出すというものなのだけれど、実践には向かないわ。その理由として、召喚対象が意思あるものだった場合は契約までに時間がかかる事、そして発動までに莫大な魔力―――エネルギーが必要という事よ。その代わり、成功すれば、一騎当千の戦力が得られるのだけれど」


「あの黒い石版みたいなのは?」


「ああ……そうね。先刻の私の説明を少し訂正させてもらうわ。あの黒い石版は『ゲート』と呼ばれるもので、召喚とは正確にはあのゲートを呼び出す魔術よ。あの時はキースが気絶したせいで魔術が中断されたのね」


「なるほど。で、さっきレイラは『実戦に向かない』って言ったよね。でも実際、白蛇は出てきてたけど」


「それについては、私にも説明できないわ。目下調査中、ね。おそらく、デジタル技術を用いて従来の問題点をクリアしたのではないのかしら」


「魔術でデジタルって……」


 レイラの説明に呻く俺。


 彼女はさも心外とばかりに抗議する。


「まぁ! 何を言っているのゲンキ。魔術も言ってしまえばアナログの技術よ。アナログをデジタルで補ったり再現したりするのは珍しい事ではないでしょう?」


 確かにその通りだ。


「まぁ大体その辺りの事情は理解したわ。それで話は変わるけど、昨日、あの後どうしたの?」


 コーラをそのまま啜りながら、聖は俺も聴きたかったことをレイラに尋ねた。


「あれからね……。ちょっと大変だったわ」


 昨夜キースの襲撃を凌いだ後、まだ片付けなければならない問題があることに気づいた俺たち。


 意識を失って倒れている生徒と教師たちをどうするか。そしてキースの処遇をどうするかである。


 校舎内の人たちは救急車を呼ぶことになったが、キースはレイラに任せることになった。


 俺は聖を家まで送ったが、そのあとはどうなったか知らない。


 レイラ曰く、今回ばかりはレイラの所属する魔術団体の応援を頼ることにしたそうだ。


 幸いにも同じ団体の仲間が、この街にいたようで、その仲間の手を借りてキースの身柄を拘束したそうだが、気絶から醒めたキースは抵抗したりと一悶着あったという。


「お前も大変だな」


 俺はついしみじみと同情してしまう。


「そんなことより、貴方達の学校の友達の容体はどうなの?」


「高梨部長と守屋―――昨日操られていた二人は病院で面会謝絶らしい。御堂先輩―――氷漬けになった先輩は自宅で療養中だけど、体がだるいだけであとは何ともないらしい」


 俺は何とか御堂先輩の連絡先を同じ軽音部の草尾先輩から聞き出し、御堂先輩から部長達の状況も教えられた。御堂先輩は独自に部員達の安否を調べたようだ。


 ちなみに昨夜氷漬けの被害者にあった教師と生徒達の記憶は、レイラと仲間の手によって操作され、突然を気を失ったということになっているらしい。


「それで、これからどうするんだ?」


 聖も今までの話をなんとなく飲み込めたようなので、俺は聖に訊いた。


「どう……って?」


「いや、だから、つまり昨日のことを忘れるのか、そのまま黙って大人しくしててくれるのかってことだよ」


「大人しくって……なにその言い方。カンジわる。しかもその選択肢、結局同じことじゃない」


 ぷくっと頬を膨らませて拗ねる聖。


「でもお前のことだから、どうせアタシも混ぜろ、とか言うんだろ? でも昨日体験した通り、危険なんだよ」


「だからって、アタシも関わっちゃったんだし、なんか協力させてよ」


「つってもなぁ……」


 こうなったら聖は梃子でも動かない。しかしみすみす危険が待ち受けているところへ近付かせる訳にはいかない。いくら聖の身体能力が高くても、聖は普通の高校生なのだから。


 どう説得するべきか考えあぐねていると、レイラが口を開いた。


「そういえば今思い出したけれど、キースはヒジリを連れ去ろうとしたわね。何故なのかしら」


 聖に尋ねたというより、口に出すことで自分の思考を纏めようとしたのだろう。


 しかし聖は律儀にも答えた。


「そういえば、あの魔法? が勝手に消えたんだよね。それ見てあのオッさん、すごく驚いてたけど」


「へぇ、それは興味深いわね。弦輝もそうだけれど、貴方達二人とも、魔力に対する適性が高いわ。ねぇ、本当に魔術は初めての体験なの」


「当たり前だろ。知ってたら驚かねーよ」


 聖にコーラを取られたので代わりに聖の烏龍茶を引ったくって飲み干し、俺は答えた。


 しかし聖は、


「あ、でも……むかし不思議な体験はしたかも」


 なんてことを言い出した。


「へぇ、どんなの?」


「なに他人事みたいに言ってんのよ。ゲンも一緒だったじゃん。あのキャンプの日、アタシたち三人で。ほら、森の中でさ」


「あ……」


 聖の言葉が、俺の脳の錆びた扉をノックした。


「思い出した。え、アレ? でも俺、夢だと思ってた」


「どんな思い出? よかったら私にも、二人の大切な思い出を分けてもらえないかしら」


 純粋に好奇心を刺激されたのだろう。珍しく身を乗り出してレイラが食いついてきた。


 幼いころ、俺と聖、そしてもう一人の幼馴染と森の中で遭遇した摩訶不思議な光景。


 光の球の中にいた、妖精とも形容すべき小人。


 そして小人は光の爆発と共に消え去った。


 俺はレイラに話していくうちに、彼女の表情が曇っていくのをありありと見て取った。


「どうしたんだ?」


 しかつめらしい顔をしたレイラに鼻白み、俺はご機嫌伺いをしてしまった。


 レイラはといえば、たっぷりと間を置き、重々しくため息をついた。


「これも主のお導きというのかしら。私、以前まったく同じ話を聞いたことがあるわ」


「「え?」」


「そのもう一人のお友達、ひょっとしてキヨネという名前ではない?」


 異国の少女の可憐な唇から放たれた思いがけない名前に、俺と聖の時間が止まった。



〜To be continued〜

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