第四章 The invader is in the night
第12話 「 the picture like a nightmare 」
駅から徒歩で十分。繁華街とは駅を挟んで反対側のオフィス街に、目的のビルはあった。
時刻は十四時三十分。学生服を着た学生は昼下がりのこの街で異物以外の何物でもない。しかし俺以上にこの街にそぐわない少女が目の前にいた。
オフィス街のコンビニ。その前に立つ外国人の年端もいかない少女。金髪碧眼で驚くほど整った顔立ち。
服装はといえば今日は白ずくめ。フリルが豪奢にあしらわれたワンピースに白のタイツ。厚底のブーツと小さなバッグだけピンクである。
レイラは遠くから俺を見つけると、笑顔で手を振ってきた。
聖との会話の後、俺はレイラにメッセージを送った。
『今日会って話をしたい。俺は今からでも大丈夫だ』
という内容で、返信は早かった。
『14:30、渡した
そして現在、俺はレイラの後についてエレベーターを昇った。オフィスは三、四階らしい。
四回にエレベーターは停まり、俺は一つの部屋に通された。応接室のようだ。
「何か飲む?」
レイラは部屋の隅に設けられている給湯器とインスタントコーヒーセットを見ながら尋ねてきた。
「いや、ノーサンキューだ」
「
俺はソファに腰を下ろし、レイラが向かいに座った。
「驚いたわ、急に会いたいだなんて。男の子に誘われるのは悪い気がしないけれど……」
「悪いが雑談の暇はない。用件は、先日のスカウトの件だ」
「せっかちね。まぁいいわ。その様子だとあまり良い返事は聞けそうにないわね」
「そうだな。その前に一つ訊きたいことがある」
「何かしら」
「クリムゾン・アース・パークというバンドは知ってるな?」
「
そりゃそうだ。知らないわけがない。
何故ならC.E.Pは、ここL.D.Gレコードからデビューするのだから。
L.D.Gはただの音楽出版社というだけでなく、芸能事務所も兼ね備えている。そのL.D.Gのプロディーサーを自称するこの少女が、自社のアーティストを把握していないはずがない。
「なるほど。質問は、昨日のライブのことね」
C.E.Pの名前で、俺が何を懸念しているのか理解したようだ。
「あの件はニュースにはなっていないはずだけれど?」
「昨日のライブにはうちの学校の生徒も言ってたんだよ。それも結構な人数がな」
確かにレイラの言う通り、不思議と昨日の件は公にはなっていなかった。
「人の口に戸は建てられない、だったかしら。ゲンキ、貴方は誰かから昨日のことを聞いたのね?」
「そうだ」と俺は頷いた。間接的に知った事ではあるが、訂正するまでもない。
「だったら、ごめんなさいと言うべきかしら」
伏し目がちに謝罪の姿勢を見せるレイラ。
「何に対して?」
「判っていて止められなかった事を、かしら」
「俺は正直、君が加担しているとは思えない……。だけど関係はあると思っている」
「そうよ」
俺はレイラの決然とした瞳を見る。。
「分かった。じゃあ事情ってやつを説明してくれよ。どうやらかなりキナ臭そうだ」
「ええ。実を言うと、彼らがあそこまでやるとは私も思っていなかったの。手段を選ばないつもりね」
「手段か……そもそもアイツらの目的は何だ?まさか、世界征服とか世界滅亡とかじゃないよな?」
「逆にそうであったらどんなによかったか。世界中の魔術師のフォローを得られるのだから。残念ながら、彼らの目的は一人の少女を蘇らせることよ」
「それは……死者を蘇らせる、と言う認識で間違いないか?」
「ええ」
「そんなことが可能なのか?いや、もし可能だとしたら、それを君は止めたがっているように見える」
そう。一昨日、レイラは『悪い魔法使いを止めにきた』と言った。そして先ほどは、昨日のライブは手段を選んでいないとも。
ならば彼女としては『悪い魔法使い』の目的―――死者の復活―――の方を阻止したがっていると言うことではないだろうか。
「手段の如何を問わず、死者の蘇生は禁忌とされているわ。だけど長い魔術の歴史を繙いても、成功例なんて存在しない。せいぜい御伽噺の中にしかないわ。普段の魔術師がいくら挑んでもやるだけ無駄というものよ」
「成功しないと思うなら、どうして放っておかないんだ?他人に迷惑かけるような方法だからか?」
「昨日のライブの件ね。でもあれは『魔法』としてはグレーゾーン。どうかしたらセーフになるわ。何故ならあれは一種の儀式であり、彼らのほとんどは自ら協力したのだから」
「何だって⁉︎」
「実情はそんなものよ。話を戻すわ。私は確かに止めようとしたわ。あくまでも話し合いでね。でも『彼』にも私の言葉は届いていなかった。とても悲しいことだわ。
死者の復活―――これを『反魂』と言うのだけれど、これは禁忌というより、現代ではもはや笑い種よ。しかも企みが露見すれば、何らかのペナルティーがあるし。
でも『彼』は普通の魔術師ではなかった。実力は一流よ。これは最近判ったのだけれど、彼には秘策があった。それを為すことによって、もしかしたら成功するかもしれない」
「でも成功したらしたで問題になる……ということか」
「そういうこと。ヴァチカンどころじゃなくて、業界全体を危険に晒しかねないわ」
なんとなくではあるが、昨日の事件の裏事情はわかった。
だが、今のところ協力する気があるか正直微妙だ。
「ん?」
なんか、先ほどからレイラの視線がチラチラ動いている気がする。
視線の先には―――壁掛けの時計?
「ところでゲンキ。どうかしら、協力してはもらえない?」
「う〜ん」
ここで『困っている少女を救ける』ためにズバッと『YES』と言えれば格好いいのだが……。しかし、話を聞けば聞くほどオカルティックになっていく。
俺が返事を渋っていると、
「仕方ないわね」
とやおら立ち上がり、俺の元へ歩いてくるレイラ。
「えいっ」
「はっ?」
何を血迷ったのか、俺の膝に乗る。エレガントな横乗りではなく、体全体を俺に向け、馬乗りで。
「な……な、な、な」
「ふふ……悪い人ねゲンキ。私にこんなことをさせるなんて」
婉然と呟いて、俺の首に両腕を回すレイラ。くねる腰。
年下とは思えない妖艶な仕草と甘い香り。
「ちょっ……何をしてるんだ? と、とにかく一旦離れろ‼︎」
俺はレイラの肩付近を押して
「あ、ちょっと待ってちょうだい」
だが、逆に俺を制止したレイラは自身の肩紐に手を伸ばす。
そしてワンピースの襟刳が広がり、白く華奢な肩が露わになる。
「はぁ?」
身の前に起こっている光景に頭が追いつかない。ある意味で二日前の夜より奇天烈なシチュエーションだ。
「ねぇゲンキ。あなたクラシックというものについて、どう思う?古臭い音楽だって言う人もいるけれど、私はとても大切だと思うわ。
何故ならば、長く愛され伝えられているからには、それなりの長所や理由があるんだもの」
「はぁ……」
話が急に飛んだな。今度は何を言い出したのか。
「だからダーリン。先に謝っておくわ」
「謝る?何を―――」
俺の疑問を遮るように、パシャッと言う音がした。そして一瞬の閃光。
レイラはそれを確認すると、ひらりと俺の膝から降り、テーブルの上のバッグを手に取った。
そういえば今の閃光は、バッグから放たれた気がする。
「
そういってバッグから取り出したのは、一台のスマホである。
その両面には『金髪少女を膝に乗せ、服を脱がせている男子高校生』が写っていた。
角度的に、男子高校生が少女の胸を
「……っ⁉︎」
『理解不能』のエラーを返し続けていた俺の頭脳は、長い演算の果てにようやく退路を塞がれたことを知った。
「ふふ。と言うわけで、よろしくね、ダーリン」
そこには脅迫のネタをフリフリしながら天使の笑みを浮かべる悪魔がいた。
つまり俺はまんまと罠に嵌ったのだ。
〜To be continued〜
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