第11話 「 C•E•P shock (2) 」

 惹きつけられるような、それでいて底の知れない地球の裂け目を覗いている様な寒気を伴った『畏れ』。


 これがカリスマ性か、とましろは思った。


 徐に手をあげるゼノ。調教され尽くしたかの様に、一斉に口を挟む徒僕たち。


「ごきげんよう、日本の敬虔なる我が信徒たちよ。楽しんでいただけているだろうか。


 C.E.Pは今宵より俺の使徒となる」


『ウォォォォォォォォォ!』


 聴衆が鎮まるのを待ち、またゼノは語り出す。


「その記念すべき夜の饗宴に、俺からC.E.Pに洗礼を授けたいと思う」


『ウォォォォォォォォォ‼︎』


 ゼノがセンテンスを紡ぐごとに、怒号が沸く。


 それに鷹揚おうように頷いて応じ、ゼノは続ける。


「来るべき女神の復活の日。その新たなる礎として、諸君らの祈りと供物が必要だ。


 聴け、我が福音を。そして捧げよ、敬虔けいけんなる祈りと贄を!」


 ゼノの宣誓に続き、一拍分のドラムのフィル。ゼノがピックを持った右手を左肩、右肩を経由して点高く持ち上げ―――そして振り下ろす。


 再びの轟音。


 ゼノのギターが咆哮を上げる。


 ビリビリと震える肌。粟立つ肌。


 重く、低く、そして深淵。


 ゼノが加わったことにより、バンドのアンサンブルは確かに厚くなるだろう。


 しかし、この違いは単純に数の問題ではなかった。


 ゼノの音は明らかに何かが違う。


 ゼノが加わってから、バンドはまだ音を一回鳴らしただけ。


 サステインを効かせ、長く鳴らし続けている。


 唯一ドラムスだけその中で許されているかの様に、叩き続けていた。あたかも王の隣に控える宰相の様に、ゼノを引き立てるプレイだった。


 そっとスタンドマイクに口を近づけ歌い出すゼノ。



『常世の者が決して触れてはならぬ扉。その番犬よ。三つの首輪に繋がれし者よ。聴け、我が嘆きを、遣わされし者たちの哀しみを。そなたに一時の微睡まどろみを与えん‼︎」



 歌と呼ぶには旋律などなく、節も抑揚もない。ただ淡々と、しかし揺るぎない力強さを以ってその言の葉は人々の鼓膜を揺らした。


 ゼノの言葉はマイクを通し、いかなるエフェクトを用いてか、次第に空間そのものを揺らし、耳よりも脳―――いや心に直接響いてきた。


 ようやく、ましろは自分の体がふるえていることに気付いた。


 ここに居てはいけない。そう思った。先ほどの修羅場とは別の意味でここは危険だった。あの時より更に危険、否々、もはや次元が違う。


 先ほどは日常から非日常の変化。 


 今は現実から非現実に移りつつある。


 なぜなら会場ではあり得ないことが起きているからだ。


 オーディエンスの体が燐光を放ちだし、それが光の筋となってステージの上、プレイヤー達の頭上二メートルほどの空間へ吸い込まれていく。それが幾筋も。あたかも天の河が宇宙の中心へ旅する様に。


 幻想的なその光景に、しかしましろはをガチガチを鳴らし、足を震えさせることしかできない。 


 光の帯が行き着く先では、光の粒子がやがて一つの形を成していく。


 人―――それも女性のシルエットである。


 長い髪をした女性。それもましろと同じ年頃だろう。いや、それよりも年下かも知れない。


 輪郭はぼやけているものの、少しずつ顔が見えてきた。外国人の様な目鼻立ちのくっきりした容貌であることは辛うじて判った。その面影がましろの記憶の一部を掠った。


 そして『儀式』が本格的に始まった。


 キュゥゥゥゥゥゥン‼︎


 ゼノがギターの弦にピックを擦らせ、ノイジーな効果音―――ピックスクラッチ―――を放つ。そしてゼノがギターのリフを刻む。印象的なフレーズの間にルート音を16ビートで刻み、曲の世界観を構築していく。


 これは魔王の号令だ。


 貴様らの命の輝き、その一部を分け与えよ、と。


 C.E.Pのメンバーが九小節目から、同時に音を放つ。皇帝を影から支える臣下のように。


 初めは忘我の境地で『女神』を眺めていた観客が、やがて惨劇の歯車として回りだした。


 再び訪れる修羅場。しかし今度は少し様相が違う。


 先ほどは血走った眼で殴り合っていた人々。今は白目を剥き、泡を吹き、殴り合いながら膝から崩れ落ちていく。


 ましろは会場の隅で震えながら、身を丸めていた。


 自分の体からも比較的うっすらとではあるが―――燐光が漏れ出ている。


 生存本能が警鐘を激しく打ち鳴らしていた。


 逃げるべきだ。


 しかし、腰から下に力が入らない。


 ふと気配を感じ、顔を仰向ける。


「―――ひっ!」


 ましろは短く悲鳴を上げた。彼女を見下ろす様に立っていたのは大柄な髭面の男で、白目を剥いて首は座らずカクカク動いていたが、明らかにましろを獲物として定めていた。


 大石の様な拳が振り上げられる―――と同時に、視界の端に扉が見えた。


 男が繰り出した振り下ろしの右チョッピングライトを身体を転がす様に避け、扉から這って出た。


 カウンターの横を駆け抜け、階段を二段飛ばしで駆け登る。


 そこから先はどうやって家に帰り着いたのか、ライブ会場がどうなったのか、残してきてしまった彼氏がどうなったのか、何もわからない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……」


 話を聞き終えた俺は、言葉を失っていた。


 この話は、聖が直接電話で鈴木に聞いたらしい。


 楽器のメンテなどの相談を鈴木から受けていたという聖。昨夜、予告なく電話が鳴った時も、それ関係だろうと思っていたという。


 そして恐慌のためか、錯乱しながら自分が今どんな目に遭ってきたか、何を見てきたのかを話しだした。


 支離滅裂な話を根気よく聞き出し、順序を整理し、なんとか鈴木を落ち着かせて電話を切ったのが00:18 。


 着信履歴には21:10 とあったらしいので、三時間弱通話していた様だ。


 そして今日の朝、LINEでメッセージを送ったが、未だに既読がつかないという。


 俄かには信じられないだろう。


 しかし俺は違う。俺はそれが真実―――少なくとも鈴木は見たままを語っているだろうということを知っている。


 ただ、釈然としないことがある。俺はそれを尋ねた。


「それで、今の話の信憑性は置いといて、それがレイラ―――あの金髪とどう繋がるんだ?」


「うん。最後に鈴木ちゃんが言ったんだよ。ステージに顕れた光の中の女の子が、不夜城くんの知り合いかもって。アタシの知る限り、あんたの知り合いの外国人ってそのレイラって子だけなのよ」


「そういうことか……」


 あの少女と不可思議な現象……残念ながら関連性は否定できない。


 レイラは以前、校門の前で大多数の生徒に目撃されている。鈴木がレイラの顔を見ている可能性は高いだろう。


 キーン、コーン、カーン、コーン……。


 昼休み終了の予鈴だ。


「とにかくよくわからない話だけど、あの子には気をつけた方がいいよ」


 といって屋上を後にする聖。


 俺の方は、午後の授業に出る気をとっくに無くしていた。




〜To be continued〜

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る