第9話 「 an important topic that she tell 」


 翌日の学校は異様な空気に包まれていた。


 何しろ生徒の二割弱が欠席したのである。理由はわからずとも、皆何か悪いことが起きているんじゃないかと、心の奥底、頭の片隅、意識の奥で思っていたのだろう。


 未知の病原菌、テロの前兆、心なき狂人。物騒な世の中、ネタになる前例はいくらでも見つかる。


 ところで、俺たちくらいの年頃を『青春時代』と呼ぶ大人たちがいる。それに俺は、何処となく揶揄されているような響きを感じる。


 人は大人になった過去を振り返った時に、懐かしさと同時にある感情を思い出す。羞恥だ。なんでもできると思っていた自分。他人とは何か違う特別な存在だと思っていた自分。


 何か不思議な出来事が自分の周りで起こるのではないかという、夢想や空想。また、大人と言い争いになった時、自分が絶対に間違っていない、自らの絶対的な正義を信じて自分勝手な理屈を振りかざし、辟易へきえきした大人が閉口すると遣り込めた、論破したなどと勘違いをする。相手が呆れているのも分からずに勝ち誇る―――世間知らず。


 そんな未熟だった過去の自分を青春という言葉で慰めているのだ―――と、俺は過去に誰かに聞いた気がする。 


 ともあれ、そんな暴走しがちな思考を持つ『青春時代』の高校生。だから憶測や推論というウイルスに罹りやすいのである。結果、空論や妄想などが噂という怪物を生み、やがて一人歩きしだす。


―――――――――――――――――――


 昼休み。弁当を自分の机で広げようとしたら、メッセージが飛んできた。


 スマホを取り出すと、聖からだった。


『今から時間ある?屋上来て』


 という内容で、呼び出された。


 数秒考え、弁当を持って俺は教室を出た。


「よう」


 屋上で待っていた聖に声をかけた。珍しく一人だ。


「どうした」


「うん。ゲン、ご飯食べた?」


「いや、これからだ」


 そう行ってパンの包みを見せる。


「じゃあ一緒に食べない?」


「ああ、いいけど」


 二人で並んで弁当を広げる。


「それで、どうした」


 パンを一口齧り、再び水を向けた。


 メールやLINEではなく、わざわざ呼び出すくらいだ。よほど大事な用なのだろう。


「……ゲンさ、昨日C.E.Pのライブあったの知ってる?」


「知ってるよ」


 まただ。C.E.P。最近―――特にこの二、三日はその名を耳にする。メジャーデビュー直前だからか?


 それで? という俺の無言の促しに、聖は別の―――思いがけない方向からの質問をした。


「ゲンさ、一昨日の金髪の女の子いたよね。改めて聞くけど、あの子とどんな関係?」


 お互い弁当をつつきながら喋っていたが、ここで聖が俺を見つめて来た。


 真剣だ。ガチな時な聖の瞳だ。


 瞳の奥には―――疑惑、不安、焦り? 少なくとも俺には楽しそうに輝く星は見つけられなかった。


「……仕事っていうか、バイト関係―――かな? あの子にバイトを紹介してもらったんだ」


 虚実織り交ぜた―――というよりも、嘘と真実のグレーゾーンの説明をした。


「……」


 聖はしばらく俺の瞳を見つめながら、沈思黙考を重ねたあと、渋々と行った感じで元の体勢に戻った。


「まぁ、嘘じゃないみたいだけど、隠してることはあるね」


 鋭い。


「……説明するつもりはない、か。じゃあさ、あの子とはどうやって知り合ったの? いや、もし言えないんだったら、関係の深さっていうか、どれだけ親しいのかだけでも教えて」


 どうしたんだろうか。なんというか、いつもの聖らしくない。


 今まで俺がどこの誰と知り合って遊ぼうが、ほとんど詮索してこなかったのに。


 年下の外国人、しかも目が飛び出るほどの美少女だからか。


 まさか―――聖がそんなことを気にする筈がない。


 聖が気にしているのはもっと別の何かだ。


「親しくは……全然ないな」


「でも、ダーリンとか言って仲良さそうだったじゃん」


「あの子なりのジョークだろ。俺をからかって面白がってんだよ」


「ふぅん」


 そうしてまた、無言で小さな弁当箱に箸を伸ばす聖。


 そろそろ俺の方が焦れて来た。


 いったい聖は何を懸念しているのか……。


「なぁ……」と俺が口を開けかけた時、被せるように聖が話を変えた。いや、話を戻した。


「昨日のC.E.Pのライブ行った子たちがさ、今日みんな欠席してるって知ってる?」


 俺は実はこの時に初めて知ったのだ。


 後に『C.E.Pショック』と呼ばれる音楽史に残る悪夢の夜。その一端を。


「ほら、うちのクラスの鈴木ちゃんいるでしょ。軽音部の」


「鈴木ましろか」


「そ。鈴木ちゃんとはグループ違うけど、結構仲良くてさ。うちのお得意さんでもあるし。でさ、鈴木ちゃんも昨日行ったらしいんだ。C.E.Pのライブ」


「知ってる。鈴木に聞いた」


「なんでゲンが知ってるわけ?」


 なぜか少し気色ばむ聖。


「いや、昨日の帰りに鈴木にあったんだよ。その時にライブに行くって行ってたんだ」


「そうなんだ。……じゃあライブのことは聞いた?」


「鈴木からか? いや……」


 そもそも鈴木個人の連絡先を知らないし。


「そう……」


 そうして聖は語り出した。鈴木の体験したという、悪夢の一幕を。



〜To be continued〜



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