第8話 「 an ominous premonition 」


 春とはいえ、まだまだ肌寒い。陽が落ちたとなれば、尚更だ。とはいえマフラーはやりすぎではないかと思う人もいるが、草尾先輩にとってはそうではない。俺にはその理由がわかる。


 草尾先輩は部員の中にあってもプロ志向が強く、また意識も高かった。ヴォーカリストとして咽喉を冷やさないためだ。プロの中には真夏でもマスクやストールのようなものを巻く人がいるくらいだ。


 その草尾先輩がマフラーを巻き終わっって、部員全員が帰り支度完了である。


 音楽室の鍵を職員室に返すために御堂先輩が向かい、俺たちはその帰りを校門で待っていた。 


 ちなみにテンプレお嬢様キャラならば取り巻き―――実際にいるのだから凄い―――に行かせるのではと思ったが「いまは私が責任者ですので」といって、自ら買って出た。


「そういえば弦輝先輩。うちのお兄のことですけど」


「うん?」


「ここだけの話ですけど、実は今日お兄、ライブに行ってるんですよ」


「へぇ、誰の?」


 俺はお愛想気味に答えたのだが、りんごは気にせず続ける。


「C.E.Pです」


「え、部長も⁉︎」


「『も』?」


 驚く俺に、こてんと首を傾げて聞き返すりんご。


「いや、なんでもない」


 流石に『鈴木も』とは言えなかった。


 りんごの密告(哀れな部長)を聞きつけて、残りの二人―――香山と草尾先輩も驚愕の告発をする。


「あ、そう言えば以前、遊蛇先輩がC.E.Pのライブに行くって行ってましたよ。そっか、今日だったんだ」


「……昨日、守屋もC.E.Pのライブに行くと行っていたな」


「そうだったのか、みんな会場でバッタリ会ったりしてな」


「ですよねー。『あれ、みんな何してんの?』みたいな」


 茶化す俺に後輩たちも声をあげて笑う。


 明日部長に聞いてみよう。


「お待たせしました……あら、どうしましたの?」


「い、いえ、なんでも」


 訝る御堂先輩。しかし、真面目なこのお嬢様が聞いたら眉を釣り上げてプンスカ怒るか、鼻息荒くフンフン憤るかのどちらかなので、誤魔化す事にした。


 先輩を迎えに来た御堂家の車が到着したのを合図に、俺たちはそれぞれの帰路についた。


――――――――――――――――――――


 そして時刻は二十一時。俺は未だ帰途にあった。なぜこんな時間まで自宅に戻らず外にいるのかというと、直帰しようとした俺は、親父のお使いを思い出してクレセント・ミュージックに寄り道したのだ。


 三日月の小父おじさんが作業している間、俺と聖がカウンターでお喋りしていたら、


「ちょうどいいから弦輝、飯食って行きなよ」と小父さんからの誘いを断りきれず、こんな時間になってしまった。


 夜の街からは救急車のサイレンが夜風にのって聞こえてくる。それも一台やではなく何台も。


 やがてサイレンの音は、不吉さを感じさせる倍音で残響アンビエントを残しつつ消えて行った。


「ねぇ聞いた?」


 前からバンドギャルバンギャ風のファッションをした二人組みの女の子が歩いてくる。片割れがもう片方に訊いていた。


「さっきもサトシからLINEがきててさ。C.E.Pのライブやばかったらしいよ」


「え〜まじで?」


 すれ違い座もでの会話なので詳しくは聞こえなかったが、かなり盛り上がったようだ。


 やはり明日、どんな様子だったか、どれだけ盛り上がったのか、部長に訊いてみようと思った。


―――しかし翌日、それが叶うことはなかった。


 部長、守屋、遊蛇、鈴木。 


 C.E.Pのライブに行ったはずの部長は全て欠席していたからだ。


 いや、部員だけではない。


 C.E.Pのライブに行ったと思しき生徒会が全員病欠していた。



〜To be continued〜

 


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