第2話 「She handed the guitar down to me 」
『クレセント・ミュージック』
それが聖の実家が営む楽器屋の屋号だ。
チェーン展開する大手楽器店に引けを取らぬ品揃えと四部屋もある練習用スタジオを完備し、そのうえドラム教室も催している。個人商店の楽器屋としては、なかなかの規模ではないだろうか。
そのクレセント・ミュージックの店内では、リバーブを効かせたクリーントーンのギターの音が響いている。
試奏用のテレキャスターと
アンプのリバーブ機能はかなり抑えてある。試奏するエフェクターがリバーブだったからだ。エフェクターの性能を感じるために、アンプの同種の機能を極力抑えなければならない。
「どうだった?」
弾き終えてギターをギタースタンドに立てかけたところで、聖にそう尋ねられた。
「これデジタルなんだよな?それでいてアナロ・グヴィンテージ・アンプのリバーブに限りなく近い気がするよ。しかもこのコンパクトサイズだからな。正直欲しくなるね」
「なるほどねー」なんて言いながらバインダーに挟んであるメモに批評を書き込んでいるのは、クールにデザインされた店のロゴ入りエプロンを着けた聖である。
ちなみに運動神経バツグンで、ほとんどの運動部からの勧誘が止まない聖がどこの部に所属していないのも、家業の手伝いがあるためである。
「他には?」
聖が追加の評価を要求してきた。
「良い意味でクセがないよ」
「そっかー。じゃあちょっと多めに仕入れとくように、父さんに言っとこうかな」
バインダーを持ってカウンターの奥に消える聖を見で追っていると、一本のギターが目に入った。
胸の奥に軽い痛みが疾る。そして懐かしさも。
深い碧。ラピスラズリのような美しい色彩のボディを持つ
新品ではなく、カウンターの奥の作業台に寝かされている。あの場所は聖の作業スペースだ。
「ああ、アレね。定期メンテ中よ」
戻ってくる途中俺の視線の先にあるP.R.Sを認めた聖は、肩をすくめて言った。
瑠璃色のP.R.S。それは生前の清音が愛用していたものだ。
「そういえばアンタ、アレはどうすんのよ。ずっとウチに置きっぱなんだけど」
清音のP.R.Sと俺を見て思い出したのだろう。俺としてはなるべく思い出したくなかったのだが……。
一年前、清音の葬儀が終わった後、清音の母親である美智香さんは俺と聖に一本ずつギターを差し出した。
―――清音の形見よ。是非あなたたちに受け取って欲しいの。
聖には瑠璃色のP.R.Sを、そして俺には……
「いや、悪いがもう少しだけ預かっていてくれ」
「まぁいいけど……」
不承不承という感じで頷く聖。
「でも、あのギターって何なのかな?」
「何って、何だ?」
「ん……。預かってるあのギターだけど、不思議なんだけだよね」
どういう意味だろう。
「不思議っていうか、奇妙っていうか……珍しいっていうか」
いまいち要領を得ない。もしかしたら聖は、どこから話したらいいのか分からないかもしれない。
「ゲンさ、あのギター、弾いたこと……ある?」
「……ない」
「だよね」
忖度したのか、少し声のトーンが下がる聖だが、続けて、
「アタシ、ちょっと弾いてみたんだけどさ…」
と言った。
「音が変わるんだよね」
「どういう意味だ?」
ますます意味が分からなくなってきた。
音とは『
そもそもギターの音色とは変化するものである。電気回路を内蔵したギターならば、トーンをノブによって調整できるようになっているので、むしろ変わって当然だ。
俺が形見分けとして頂いた清音のギターはソリッドタイプのエレクトリックギター。トーンノブは付いていた記憶はあるので、音色は変えられるはずである。
「うん。つまりね、アタシが弾いた時と、他の人が弾いた時で全然違うんだよ、音色が」
「そりゃ、手癖やピッキングのニュアンスによって変わるだろうよ」
「いやいや、そんな次元じゃなくてさ。まるで、そうだな―――」
―――弾き手によって、違うギターに変化するみたい。
聖は静かに呟いた。
いや待て。そもそも俺は、清音があのギターを弾いたところすら見たことはないのでは?
俺がそこまで考えた時、「すみませーん」と店内のベース売り場から声が掛けられた。お客さんのようだ。
「はーい。少々お待ちくださーい」
返事をした聖は、素早くお客さんの対応へと向かう。
俺は一つため息をついて自分の荷物を持った。
帰るわ、というアイコンタクトを聖に投げかけると、聖も頷きで返事した。
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