第一章 The boy meets the strange world

第1話 「My sad memory 」



 クエッションはいつも一つだった。


「ゲンちゃんはコーヒーよりもココアだよね?」


 とか、質問というよりも確認の意味合いが強かった。


 清音が二者択一の質問を俺に提示してくる時は、たいてい何か悪いことが起きる。


 だからあの日、


「ゲンちゃんは、私が突然いなくなったら寂しい?それとも怒る?」


 なんて事を訊かれた時、不吉な内容も相まって俺は嫌な予感しかしなかった。


 そしてその日、天野清音は死んだ。




「あ〜、やめやめ‼︎」


 演奏の途中、急にドラムスの音が止まった。それに釣られて他のパートも手を止め、ドラムスの高梨学部長を見る。


「どうした不夜城?モタるだけならまだしも、コードも間違ってるじゃないか」


 高梨部長は三年生なので俺の一学年先輩になり、この昴星高校軽音部の部長でもある。


 決して詰っている口調ではない。むしろ俺を気遣うような気配だ。


「勘弁してくださいよ、フーヤン先輩。俺のスーパー超絶ギターソロが台無しになったじゃないスか〜」


 人を虚仮にしたような口調で俺に話しかけてきたのは、今さっき演った曲でリードギターのパートだった一年の守屋翔馬だ。同じギターパートだからなのか、普段から舐めきった口調で俺につっかかってくる。ちなみにフーヤン先輩とは俺のことだ。


「不夜城くん、本当に今日はどうしたの?調子悪そうだけど……」


 同じ二年でベース担当の鈴木ましろが、優しい声を掛けてくれた。


「そうなのか、不夜城?」


 ドラムスティックで肩を叩きながら、高梨部長が俺に訪ねた。


「……そうですね。申し訳ないですけど、調子が悪いので今日は早めに上がらせてもらいます」


 言うが早いか部員のほとんどが唖然とする中、練習用に使っているEVH製のギターを肩から下ろし、片付けを始める。


 アンプのボリューム、イコライザーなどのノブを全て0に合わせて電源をオフ。続けてシールドを全て外し、手早く纏める。エフェクターはエフェクターボードに全て収納。ギターをソフトケースに入れてケースとボードを持って、帰る準備は完了。この間約二分。手馴れたものだ。


「それじゃ、お疲れ様でした」


 呆気に取られる部員一同を残し、俺は音楽室を後にした。


「ゲン‼︎」


 校門のところで名前を呼ばれて振り返ると、見知った同級生が急ぎ足で駆け寄って来た。


 三日月聖。親同士の仲が良いせいか、何となく幼馴染み的なポジションにいる少女だ。


 肩まで伸ばした髪は艶があり、太陽の光を反射してキラキラしている。しかし癖っ毛なのか、多少外ハネになっている。


猫のようなアーモンド型の眼と同学年でもトップクラスのプロポーションが特徴だ。


 男女分け隔てなく接する闊達な性格と、運動部から引く手数多な運動神経で校内でもかなりの人気者……らしい。


「珍しいね、この時間にゲンが帰ってるなんて。何かあったの?」


「別に…なんでもないよ」


 はぐらかそうとする俺の横顔をじっと見つめ、


「嘘つき。あんた何か疾しいことがあるとき、絶対にアタシと目を合わさないんだよ」


「……」


 やはり見抜かれていたか。


「しかも、目を合わせないだけじゃなくて鼻がピクピク動くし」


 なんだと⁉︎


 右手で咄嗟に鼻を押さえる。


 迂闊うかつだった、と後悔した時にはもう遅かった。


「あはははは‼︎引っかかってるし」


 腹を押さえ、体をくの字に曲げて爆笑する聖。花も恥じらう乙女とは決して言えない行為だが、人に言わせれば、それも聖の場合は魅力の一つになるらしい。


「あ〜、笑った笑った。相変わらず面白いね、ゲンは。……で、何があったの?」


 ひとしきり笑い終えて満足したと思いきや、やや表情を引き締めてそう訊いてきた。


 どうやら俺の気を緩めるために、ワンクッション置いたようだ。


 俺は諦念して、話すことにした。


「小学校の時によくみんなでキャンプに言っただろ。その当時の夢を見たんだ」


「キャンプ……」と小さく呟いてから、聖はハッとした表情を浮かべた。


「清音ちゃんのこと……思い出したんだね」


 よく考えれば、聖も清音と幼馴染みなのだ。その答えに行き着くのにそんなに時間はかからない。


「まだ一年しか経っていないもんね。仕方ないか。アタシもまだ現実感ないし……」


 聖にも辛いことを思い出させてしまった。聖もあの時、大声で泣きじゃくっていたのだから。


「そうだな」


「本当にもういないんだよね。清音ちゃん」


 そう。天野清音という少女が交通事故に遭い夭逝ようせいしてから、早くも一年が経過した。



 俺と三日月聖、天野清音の親たちはそれぞれ音楽関係の仕事に就いており、また古くからの付き合いらしく親交も厚かった。


 清音は学区が違ったので違う小学校に通っていたが、中学校では清音の家も学区に含まれるため中学校では三人一緒だった。


 とはいえ清音は小学校の頃から俺の父親が営むギター教室に通っていたので、話す機会はむしろ聖より多かったかもしれない。


 清音は母子家庭で、母親は大手レコード会社の役員だった。仕事が忙しいのか教室へのお迎えは遅くなりがちだったので、清音はよくうちで夕食を食べて行ったものだ。


 中学一年生の時に一年間、母親の仕事の都合とかで海外に留学したことがあったが、それから少し変化があった。


 海外留学から帰ってきた清音は、病に伏せることが多くなったのだ。


 中学二年生から卒業まで、何度倒れたか分からない。幾日にも渡って続く高熱。医者にも原因は不明だという。


 だからというわけでもないだろうが、演奏の「深み」は増した。


 もともと俺の父親がベタ褒めする才能の持ち主なのだったのだ。小学生の頃からヴァン・ヘイレンやイングヴェイ・マルムスティーンなどの超絶技巧派から、ゲイリー・ムーアなどの哀愁感漂う叙情派まで幅広くこなすまごうことなき天才だったのだ。


 俺も焦燥感や嫉妬心などから躍起になって負けじと練習した時期もあったが、ついぞ勝ったという思ったことはなかった。


 むしろ病弱になってから深みを増した彼女の演奏は、テクニックがどうのとかいう次元を超えていた。


「もう清音ちゃんのギター、聴けないんだね」


 聖も同じことを考えていたのか、感慨深げに言った。


「ねぇゲン。まだ一年だけど、もう一年だよ。いつまでもゲンがそんな暗い顔してちゃ、清音ちゃんはきっと悲しいと思うよ」


 たぶん今の述懐じゅっかいは、聖自身が感じたことなのだろう。


 聖の葬儀以降、聖も沈んだ時期があった。しかしいつの頃からか、以前のように元気で周りの友達と笑う姿ばかりになった。


 それに引き換え俺ときたらいつまでも引きずり、あまつさえ周囲に迷惑をかけたり気を

遣わせている。


 「ああ、ジリの言う通りだな。サンキュ」


 俺はいま、うまく笑顔を作れているだろうか?


 果たして聖はニカっと笑い、


「どういたしまして。全くゲンは、アタシがいないとダメダメだなぁ」


 などと不敵に言った。


「うるせーよ」


 何とかいつも通りの会話の調子が戻ってきたようだ。


「あ、そうだ。ゲン、今からアタシん家に来ない?時間あるんでしょ?」


「俺の予定を勝手に決めつけるなよ……」


「どうせアンタの事だから、気乗りしなくて部活サボっただけでしょ?」


 失礼極まりない予想だったが、全くもってその通りなので反論の余地はない。


「ていうか、急にどうしたんだジリ。何にか用でもあるのか?」


「うん。そういえば今日、新製品のエフェクターの納品日だったなって、アンタの顔見て思い出したのよ。試奏して感想聞かせてくれない?」


「マジか。行く行く」


 そういう事なら是非もない。


 帰路では、久々に思い出話に花を咲かせた。

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