幻想戦鬼 夜魔天朝

亜未田久志

第1話 落陽

 城内に響き渡る下卑た笑い声。

 炎に照らされ明るくなった廊下を走る。

「姫様、こちらへ! さあ、お早く!」

 豪奢な着物など、とうに脱ぎ捨てて、身軽な服装に着替えている。

 それでも上手く走れない。

 父は、母は、城の皆は、後ろ髪を引かれる。

 しかし、お付きの者が、先導に従って、少女は走った。


 日ノ本の国を統べる「天朝てんちょう」その方々のおかげで、朝も昼も明るく、夜も月明かりによって、道を進むのに困らずに済むと言う。

 代々、伝わる技を持ち、その力はまさしく国を統べるにふさわしいものだった。

 しかし、日ノ本には今、「夜魔やま」と呼ばれる怪物が巣食っていた。

 夜魔はいるだけで辺りを暗くし、月の光も、日の光でさえも遮ってしまうという。

 人を襲い、人を喰らい、人を犯し、財を盗み、火を放つ。

 悪逆の限りを尽くす夜魔に天朝も手を焼いていた。

 何か対策を立てねば、そう天朝の長が決めた。その日だった。

 図ったかのように、夜魔の軍勢が天朝の城を襲ったのだ。

 突然の奇襲に、驚き、天朝の者達は逃げる事しかできなかった。

 勿論、戦う勇敢な者もいた。

 しかし、寝ている時だったのだ。

 戦える者は寝ている間に殺され、夜の番をしていた者は数に押されて殺された。

 天朝の長は娘だけでも逃がそうと、お付きに命じて、その場に残った。

 長の娘である昼愛ひるめは、最初はひどく嫌がった。

 しかし、父の真剣で切羽詰まった声と表情に気圧され、逃げることになった。

 

 城の裏口を抜ける。

 目の前に広がる林の中を駆ける。

 ふと気づく、先ほどまでいたお付きがいない。

 振り返ると、裏口の戸を押さえるお付きの姿があった。

「おみや! どうして逃げないの!?」

「よいのです、これでよいのです昼愛様。私の事は気にせず……さあ! お逃げなさい!」

 父の言葉のように強い圧に、またしても押され、涙を瞳に目一杯、溜め込んで走り出す。

 泣きながら行く先も分からず走る。遠くに聞こえる城が燃える音、阿鼻叫喚の声。

 それでも、ただひたすらに走った。

 自分を逃がしてくれた人達の願いを無駄にしないためにも、と。


 どこまで、いつまで、走ったのだろう。

 すっかり日は明けていた。

 だが、どこか仄暗い。

 天朝が夜魔に襲われたせいで、暗闇が広がっているのかもしれない。

 それでもまだ、かろうじて明るいのは自分がいるからだと昼愛は強く自覚する。

 林を抜け、さらに行った先は森だった。

 薄暗い森を抜け、村に出なければと歩き回る。

 迷ってしまわないかと心配になってきた頃。

 ひと際、大きな木を見つける。

 そこには人が背を預け、座り込んでいた。

(良かった人がいた……道を訊こう)

 近づいてみる、すると。

「ひっ」

 そこにいたのは確かに人だった。

 しかし、その体は血に塗れ、傷だらけだった。

 死んでいるのかと思ったが、息はしている。

 急いで助けねばと、昼愛は駆け寄り、手を当てる。

「日ノ本の神よ、癒しの光で彼の者を照らしたまえ」


 仄暗い空から、光の柱が降りてくる。


 それは怪我人に当たり、その傷を塞いでいく。

「ぐっ、なんだァ……俺は、アイツに負けて……まさか、嬢ちゃんが助けてくれたのか?」

「良かった、目を覚ました……えと、助けたというか日ノ本の神々の力を借りただけというか……」

「日ノ本の神々……? 嬢ちゃん、天朝のお方かい?」

「あ、はい昼愛と申します」

「そうか……天朝は、どうなった」

 どうやらこの者は、昨日の騒動を知っているらしい。

「……落ちました」

「……この空が、その証拠か」

 二人とも、苦々しい表情になる。

 昼愛は、何とか気を取り直して、会話を続ける。

「あなたはどうしてこんな処で倒れていたのですか?」

「ん? ああいやな、俺は普段「鬼狩り」をやっているんだが、それにしくじっちまってよ」

 鬼狩り、夜魔狩りとも呼ばれる。

 いわゆる賞金稼ぎである。

 単に夜魔狩りではなく、鬼狩りと名がついているのは、強い夜魔ほど、かけられる賞金の額は上がり、狙う者も増える。

 強い夜魔に、強い賞金稼ぎ。

 そんな色んな意味で「鬼」が集まり、行う仕事だから、自然と自他共に鬼狩りと呼ばれるようになった。

「夜魔と戦っているですか! じゃあもしかして昨日の軍勢と!?」

「ま、そんなとこさね。流石に多勢に無勢だったわ」

 そう言って苦笑する。

「その、ありがとうございます」

 突然、昼愛が頭を下げる。

「なんでぇ、唐突に」

「天朝のため、戦っていただいて、感謝しなければ! と」

「馬鹿言え、自分の賞金のためだっての」

「それでもです! 何かお礼を……そういえば名前を聞いていませんでしたね」

 そう聞かれた、その者は、何故、お礼をするのに名前がいるのかと首を傾げながら頭を掻く。

「あー、俺には、名前がねえんだ」

「……! すいません私、聞いてはいけない事を」

「別に大した事じゃないさ、俺が半人半魔だってだけの話だ」

 そう言って名無しは空を見上げる。

「半人半魔、人と夜魔の子……」

「忌み子って奴さ、軽蔑したかい?」

 ニヤリと意地悪そうに笑って見せる名無し。

 しかし、昼愛は首を横に振る。

「いいえ! たとえ半分、夜魔の血が流れていようと、天朝を襲った軍勢と戦ってくれたのも事実です!」

 名無しは呆れたようにため息を吐く。

「だからそれは――」

 そこで昼愛は、パッと何か思いついた風な顔をする。

「決めました! 貴方へのお礼! 名前を差し上げます! 今、私には渡せるような物は、それくらいしかありませんし!」

 まるで名案かのように語る昼愛。

 名無しは、その言葉に、なんとまんざらでもない表情を浮かべていた。

「いいのかい? 俺なんかに名前を? 嬢ちゃんはもう十分俺に礼をくれたぜ? なんせ傷を治してくれたんだからよ」

「いいえ、困ってる人がいたら助けるのは当然の行為、お礼の内には入りません! それで、思いついたのです! 『昼己ひるこ』というのはどうでしょう? 私の名前の一字を入れさせていただきました。お礼なので!」

 その理屈はよくわからなかったが、名無し改め昼己は、とても嬉しそうだった。

「ひるこ、ヒルコ、昼己、うん、気に入った! 今日から俺は昼己だ!」

 笑いあう二人、つかの間の安息。


「嬢ちゃん、これからどうすんだい?」

「……何とかして、天朝の城を取り戻します」

「一人じゃ無理だ」

「それでも! 私がやらなきゃ! 送ってくれた皆のためにも、このまま空を暗くしてはおけません!」

「そのために、嬢ちゃんを逃がしたんじゃないと思うがね、それでもやるってんなら……この昼己、お供するぜ」

「え……? いいのですか?」

「嫌かい?」 

「そんな! もう昼己さんは戦ったじゃないですか、それなのに……」

「細かい事気にするな! 今度は俺からの恩返しだ。傷を癒し、名無しの俺に名をくれたその恩のな」

「ですからそれは」

「言いっこなしだぜ、決めたんだからな、この力、嬢ちゃんいや昼愛様に預けようってな」

 頬を赤らめ、昼愛は、微笑んだ。

「ありがとうございます。本当は一人で心細かったんです。でもいいんですか? もしかしたらまた、大怪我するかもしれませんよ」

「言ったろ、この力、昼愛様に預けるってよ。二言はないぜ」

 昼愛から涙が一滴こぼれる。

 そこからわんわんと泣き出した。

 昨日からたまっていたモノが出て来たのだ。

 昼己はおろおろしながら、その様子を見守る。

 

 十分に泣き腫らした後、昼愛は覚悟を決める。

「行きましょう、昼己さん。天朝の城を奪った夜魔を倒しに!」

 昼己は頷く、しかし、手のひらを前に出し、昼愛を制す。

「その前に準備は必要だ。なんせ敵は夜魔の大首領『穢土』だからな、武器を揃え、仲間を集め、万全の準備を揃えて行こう」

「そんな! 城の皆どうなるのです!?」

 首を横に振る昼己。

「俺達だけで行っても無駄死にだ。いいか昼愛様。本当に天朝を取り戻したいのなら準備は必要なんだ。分かってくれ」

 昼愛は、また泣き出しそうになりながらも頷く。

「私の使命は、明るい天を取り戻す事、そうですね昼己さん」

「ああ、そうだ」

「……では、改めて行きましょう。穢土を倒すための旅へ」

「承知した! 行こう! なあに必ず穢土の奴を倒してみせるさ!」


 二人、歩を進め、森を抜ける。

 遠くに村が見えてくる。

 夜魔に襲われてはいないようだった。

 あの村を足掛かりに、二人の旅は始まる。

 打倒、穢土。

 その道は長く険しい。

 しかし、二人ならもしや、そう思わせるなにかがあった。


 かつて、その動乱を見たという者そうは語る。

 まるで絵巻を見ているようだった。

 癒しの昼愛姫様と、剛力の昼己殿。

 そして仲間達が、乗っ取られた天朝の城で切った張ったの大立ち回りさ。

 明るく辺りを照らす日の光。

 天高く上る太陽が、その話が嘘ではないと語っている気がした。

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