第3話 A級決勝戦、ふたたび
僕はメロン。あぁ、名前なんていいよ、1レース6号車のメロンさ。
僕は3ヶ月ほど前に、S級から落ちてきてしまった父さんと同じ斡旋になって、父さんを超えるような優勝で、大穴を出した、ただのメロン。名前なんて、要らない。
明日から松戸の開催に斡旋されている。33バンクは初めてで、とても緊張する。しかも、7レースには父さんが乗っている。7レースのメロンは、父さんだ。相変わらず点数はギリギリらしいが、6連勝中。周りはみんな、今度3連勝してS級に戻るだろうと言っているし、僕もそう思う。
だけど、僕は、もう一度父さんと同じ番組でレースをしたいと思っている。決勝戦まで行くしか、方法はないのだけれど。
僕が3ヶ月前に父さんと同じ斡旋になったのは、400バンクの平塚競輪場だ。僕は今は今度250になる千葉競輪場に所属だから、500バンクがいちばん得意なんだ。33バンクなんて、正直どんなレースをすればいいのか想像も付かない。イメトレのしようもなく、相変わらず練習は街道を朝3時から走るだけ。
メロンという名前の犬を飼っているおじいちゃんが、この前はよくやったな、と何度も何度も褒めてくれて、気恥ずかしい。たった一度の優勝くらいで、ずっと褒められるなんて。月に何度も優勝する選手だって居るのに。
前検日インタビューでは、こう答えておいた。
「初めての33バンクですが、また父さんと一緒に走りたいので、全力で走ります!」
1レース6号車。僕の指定席。
4月だというのに、寒い。凍える手でハンドルを握って、前傾姿勢を取る。僕には特にルーティーンはないから。
単騎でSを取ったところまではよかったのだが、そのあとよくわからない動きをしてしまって、気が付けばガールズの選手のように「取れた位置から」で走って、珍しく決まり手がマークになった。
写真判定が長かったから、同着で1着かと思ってドキドキしたのに。
父さんは「ミッドナイト開催とはいえ特選があるからいいけどよぉ、さみぃんだよここはよぉ」とブツブツ言いながら最終7レース、A級特選の6号車に乗って、綺麗なマークからの差しで、勝った。
どうか、明日の準決勝では同じ番組になりませんように。僕は祈りながら、寝た。
僕は5レース、父さんは7レースの6号車に番組が組まれていた。まぁそんなもんだろうな。同じ番組になっても、盛り上がらないし、僕なんてどうせ、最終レースに出ようと思ったら、モーニングかミッドナイトで決勝に出る以外の方法はないんだ。
5レースは気楽だった。6レース7レースで決勝進出を決める選手よりも先に走るから。父さんからのプレッシャーは少しあったけれど、父さんにいいところを見せたい一心で、単騎での逃げを選択して、久しぶりに大差で逃げ切り勝ちをした。
父さんも負けじと7レースで奮闘していたが、番手を取ることが決まっていたので、さすがに逃げでの勝ちはなかった。もっと前に行けと、ずっとラインの先頭の選手越しに誘導員に言っているのが聞こえていた。
これで父さんは8連勝だ。特別昇班までかかっている決勝戦を、僕と一緒に走るんだ。どうやって走ろう?
本当に同じレースで走ることができるとは――少しは期待はしたけれど、これっぽっちも思っていなかったといえば嘘になるけれど、でも、やっぱり僕はメロンだから、驚いた。
決勝戦で、父さんの連勝をストップさせて、まだA級にいさせてやろう、なんてことも思った。
だから、父さんと話し合った。
「僕の番手は取らせませんよ、そんなくだらない番組、誰も望んでませんから」
「言うようになったな、この前ちょっと優勝したぐらいでよ。33バンクが初めてなのに、そう簡単に優勝できるとでも思ってんのか?」
「簡単にはできませんよ、だから、父さんにも、簡単に優勝はさせませんから!」
その話し合いの結果、2人とも単騎で走ることになった。
自力の逃げ選手だった僕と、一流のマーク屋の父さんが、単騎同士で一騎撃ちだ。
近いのに走り慣れていない松戸競輪場、33バンクでの決勝戦。
父さんは小松島競輪場に所属だ。僕も、もともとは小松島競輪場に所属していたが、母親の実家に帰った都合で、千葉競輪場所属に変更していた。父さんは、どこに住んでいるのかよくわからない。もしかしたらホームレスなのかもしれない。
緊張すると思っていたのは、6レースが終わるまでの間だけだった。緊張もなにも、今日は決勝戦なのだ。6レースまでの結果も、明日のことも、なにも考えなくていいのだ。勝つか負けるか、ただそれだけの話だ。
僕は、今日は絶対に逃げ切り勝ちで決めてみせようと決心していた。そして、父さんに番手は取らせないぞと言い切っていたから、父さんがくっついてくる心配もなかった。
大きな牽制の入ったS取りに失敗して6番手スタートになってしまったが、父さんがS取りをしていて、マーク屋があの位置で行けるわけがないと、少し微笑みながら走った。
打鐘でも誰も動かず、一本棒のまま最終バックストレッチに突入しそうだったので、僕は急いで踏んだ。33バンクとは、こうも短いのか、と思った。打鐘からホームストレッチまでの距離が短すぎて、慌てた。父さんが逃げてしまう、どうしよう、と焦った。
僕は本当に珍しい捲くりでの優勝をするには、距離が足りないことを感じていたが、必死で踏んだ、踏んだ、踏んだ。父さんの背中に追い付いた。
だが、現実は甘くなかった。
追い付いたその場所は、ゴール線の真上。
1車身差で、父さんの逃げ切り勝ち。
父さんは新人時代以来の逃げの決まり手を手土産に、S級へと戻って行った――
新装版メロンと呼ばれた男 天照てんてる @aficion
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