【KAC7】気まぐれ彼女と、付き添い彼氏

《伝説の幽霊作家倶楽部会員》とみふぅ

気まぐれ彼女の『最高の目覚め』

俺の彼女、橋本 弥生は大変気まぐれな女性である。




「大地、外でデートしよ。今すぐ家にきて」

「随分急だな……。分かったよ」


何もない日曜日に突如デートに誘われ行ってみれば。


「大地、やっぱりウチで過ごそう?」

「予定変更早すぎません?」

「なんとなく外に出る気が無くなった」


よく分からない理由で指針が変わったり。




またある時は前触れもなく。


「大地、ピクニックに行こう」

「これから!?俺、何も用意してないぞ!」

「必要な物は揃えた。弁当もある。行こう」

「マジかよ」


何かの記念日でもないのに、ドッキリのごとく仕掛けてきたり。




またまたある時は、とりあえず弥生が面白そうだからと借りてきたレンタルビデオを彼女の家で見ていれば。


「……あのー、弥生さんや。何故俺の膝に座って視界を塞ぐんですかね?」

「なんとなく」

「いや、なんとなくって。テレビ見えないんですが」


しかも向かい合うような体勢なので彼女の顔がぶつかりそうなくらい、近い。


「私とテレビ、どっちが大事なの」

「何故そんな台詞を今ここで言う!?」


表情が乏しく、口調が平坦な彼女の言葉は、本気なのか冗談なのか未だに判断に困る。


「どうしたら下りてくれる?」

「膝枕してくれるなら考える」

「分かった。頭も撫でてやる」

「じゃあ退く」


膝に置かれた彼女の頭から緩やかに流れる綺麗な黒髪を梳いてやると、彼女は身動ぎをしながら徐々に静かになっていき、やがて寝息をたて始める。


そうやって落ち着いてる隙にビデオを眺めるという、恋人らしさを感じないデートをたびたび過ごしたり。




とまあ、そんな感じの自由すぎる性格をしている。


そもそもの話、俺と彼女が付き合うことになった経緯そのものからも、その有り様が見てとれる。


大学一年生のとき、とある講義を受けていた俺は、窓辺でいつも外を眺めていた女性に眼を止めた。


「なぁ、なんでいつも講義まともに受けずに外を見てんだ?」


気になった俺はお節介にも彼女に声をかけたのだ。彼女はしばしこちらを見つめ、「なんとなく」と呟くのみだった。


それから時折、彼女と交遊を持ち始め、少しずつではあるものの彼女との距離が縮まり、親交を深めていった大学二年生の秋。


「ねえ、大地」

「ん、なんだ?」


互いに理解を深めるための勉強会で、一心不乱にノートにペンを走らせているとき、弥生がその言葉を口にした。


「私と付き合って」


バキッ、とペンの芯が折れる。


「……そうか、いいぞ。どこまで?」


俺の問いに、彼女は首を横に振る。


「そっちじゃない。恋愛のほう」


思いがけない言葉に暫し硬直する。


「……え。弥生、俺のこと好きなの?」

「うん」

「な、なんで?特にそういった雰囲気感じたことないんだが」

「なんとなく」

「いや、なんとなくって……」


彼女と友人になってから今まで、散々聞いてきた彼女の口癖だが、いくらなんでもこんな時にその言葉はまずいだろう。


「ごめん。実はよく分からないの。今の自分が大地のことどう思ってるのか。でも、大地となら付き合ってもいいと思ってるのは本当」


そう言って彼女は何を考えてるか理解しがたい無表情をこちらに寄越してくる。


「……いいぞ」


俺の端的な応えに、彼女は眼を丸くする。


「……いいの?」

「ああ、ただし条件がある」

「条件?」

「一年だ。一年、お前と恋人になる。その中で俺のことを良く知って、ちゃんとした答えを出せ。『なんとなく』なんて許さん。俺が納得できるだけの答えを示してくれ」

「……もし、駄目だったら?」

「もちろんその時は別れよう。いい加減に考えていいほど、恋愛は甘くないぞ」

「……分かった」

「よし。……まあ、偉そうに言ったものの、俺も弥生のことをどう思っているのかは今はまだ良く分からない。だからこれから一年、互いに互いを知りながら過ごしていこう」

「うん」


こうして俺達は恋人(仮)として付き合い始めることになった。

正直、ハッキリと告白を断ったほうが彼女のためには良かったのかもしれない。何故俺はわざわざあのようなことを言ってしまったのか 。


しかも、恋人らしいことをするようになったとは言え、俺と弥生の関係は付き合う前のあの頃とさして変わらないまま。互いに相手をどう思っているのかについては、語り合うことのない現状だ。


そうやって過ごしながらも月日は着々と経過していき、俺達は大学三年の秋を迎えた。




カチ、カチ、カチ、カチ。


「……」

「……」


何度も訪れ、既に見慣れてしまった彼女の部屋。


ソファに腰掛ける二人の間には沈黙が満ち、時計の音だけが大きく部屋に響き渡る。


「……それじゃあ約束通り、弥生の答えを聞こうか」

「……うん。その前に。ねえ、大地?」

「なんだ?」

「大地にとって、『最高の目覚め』ってどんなもの?」

「……は?」


彼女の突拍子もない質問に、ポカンと口を開けてしまった。


「『最高の目覚め』ってどんなもの?」

「いや、聞こえなかったわけじゃないから。どういうことだ?」

「目覚めたときに、『嬉しい』『最高だ』って感じる瞬間、大地にはない?」

「いい夢を見て、今日は幸せだなって思うようなやつか?」

「うん」

「とは言われてもな……普通に考えると、肉体的・精神的な苦痛から解放されて気が休まるのが『最高の目覚め』じゃないのか?」


そもそも何故こんなときにそのようなことを聞くのか。


「……大地、こっちに来て」

「?一体どうし……うわ!」


横に並ぶように近付くと、彼女に両手で頭を抑えられ、そのまま膝に無理矢理頭を乗せられる。


「……あのー、弥生さんや。何故俺はいきなり『膝枕』してもらっているんですかね?」


一年共に過ごしてきた中で、俺が『膝枕』することはあっても、その逆は一度もなかったというのに。


「なんとなく。……と普段の私なら言うだろうね。あるよ、理由」

「あるのか。どんな?」

「それを知ってもらうために、私は今こうしてる。大地、私がいつも大地にしてもらってる時みたいに楽にして欲しい」


彼女はそう言うと、俺の頭をポンポンしながら、髪をとくように指で梳く。


「いや、俺は別に」

「大地、いいから。お願いだから言う通りにして」

「……ああ」


訳が分からず困惑するも、そのままじっとしておく。

女性らしい柔らかな肌の反発と、すらりとした指で頭を撫でられ、慣れないことにドキドキしてしまう。

落ち着かないながらも体を襲う心地好い眠気に誘われ、俺は徐々に意識を手放していった。






「……んあ」


目蓋を持ち上げ、パチパチと瞬きする。気持ちいい浮遊感を味わいながら、動きの鈍い脳を使って状況を認識する。


「大地、おはよう」


上に視線を向けると、弥生が口許に優しげな微笑を浮かべていた。


「……俺、どれくらい寝てた?」

「三十分くらい。『最高の目覚め』になった?」

「……ああ、そうだな。確かに気分は良いよ。でも『最高』かどうかは分からないな。……教えてくれ、弥生。どうしてこんなことを?」


起き上がろうとする俺をそのままの体勢に止め、弥生はポツポツと本音を語り出した。



私はずっと、理由を求められるのが嫌いだった。本の些細な何かをするためにすら、いちいち理由を求められる人の世界が、私には耐えられなかった。だから私は『なんとなく』と理由をつけて、気儘に生きようと思った。そうすれば、深く考える必要もない。気付きたくない想いに蓋をすることもできる。


でもね、それが駄目なことも知ってた。

だから、あなたに告白して、あなたに理由を探すよう言われて、私はあなたと過ごす中で、ずっと考えてきた。


「ねえ、大地」


両手を俺の頬に添え、彼女は俺の顔を覗き込む。


「私は、大地が好き。私の身勝手さを呆れつつも受け入れてくれる大地が好き。その手で髪を梳いてくれる大地が好き。頭を優しく撫でてくれる大地が好き。いつも膝枕してくれる大地が好き。……いっぱいいっぱいある。あなたを好きな理由」


気付こうとしなかっただけで、気付きたくないと眼を背けただけで。とっくの昔に、自分の中にはあったのだ、彼に告白した理由が。


だって理解してしまえば、もう止まれない。止まれなくなってしまうのだ。


「目が覚めたら、あなたが頭を撫でてくれて、優しく笑ってくれる。あなたが傍にいてくれる。それが私の『最高の目覚め』」

「弥生……」

「ねえ、大地。私では駄目?こんな私では嫌?お願い、私は大地がいないと駄目なの。変われというなら変わる。もう勝手なことしない。『なんとなく』なんてもう言わない。あなたの望むようにする。だから……っ」


俺は上体を起こすと、すぐさま弥生を強く抱き締めた。


「だ、大地……?」

「……馬鹿だなぁ、お前は。簡単に自分を捨てるなよ。否定するなよ。俺はさ、お前のその猫みたいな気まぐれさを好きになったんだから」


何故俺はあの告白を断らなかったのか。


なんということはない。俺自身、きっと当時から惹かれていたのだ。彼女の何物にも縛られない自由さを。そんな彼女に付き添うのが好きだった。


「お前はずっとそのままでいろ。お前の面倒くらい、一生俺が見てやるよ」


俺の大胆な告白に、彼女は瞳を潤ませ、

「……はい」と呟いた。






その日は結局、弥生に「今日は一緒にいたい」と言われ彼女の家にお泊まりすることになった。


こうして本当の恋人同士となった、次の日の朝。


「大地、起きて、起きて」

「……なにやってんだ、弥生?」


目を開けると、何故か弥生が腹の上に跨がってピッタリと体に引っ付いていた。


「大地は昨日、私の膝枕からの目覚めを最高かどうか分からないと言った」

「まあ、言ったな。……それで?」


なんか嫌な予感がするんだが。


「だから、私が『最高』にしてあげる」

「それは一体どうい……っ!?」





俺の言葉は、唇によって防がれ消えてしまった。数瞬の後、彼女はそっと離れる。


「……朝の目覚めに、彼女の初キス。ご機嫌はいかが?」


悪戯っぽく笑みを浮かべながら頬を染めた弥生の姿に俺は身悶えることしかできず、これからもこの気まぐれに俺は苦労するんだなとふと思った。


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