第1話(5)

「―…」

「―…」

 今、目を覚ました蒔は、近くで聞こえる小さな声の会話に耳を傾けながら、上体を起こした。今蒔が居るのは、ふかふかと柔らかいダブルクッションのベッドだった。


「おー、あの子起きたぞ、皐月。」

「そうみたいだね。やあ、君大丈夫かい?」


蒔は見覚えのある顔だなと思いながら、お礼を言った。


「あ、ありがとうございました。えーと…」


蒔は気を失ってしまったため、二人の名前が思い出せなかった。


「ああ、オレの名前は梅原うめはら皐月さつきさ。この梅原探偵事務所の所長だよ。」

「俺は名干なぼし冬也とうやだ。この皐月の助手だ。」


それを察したのか、二人は自分の名前を名乗ってくれた。


 梅原皐月と名乗った者は、薄茶色の長い髪をサラサラと靡なびかせ、

そんな様子を見ているだけでも夢心地にさせてくれるような、モテコーデの

青年だった。身長はかなり高く、おそらく蒔よりも25センチは高いので、

推定180センチ以上だろう。


 名干冬也と名乗った者は、皐月よりは長くはないが、顎下まで伸びた

漆黒の黒髪と、同じく黒縁メガネのキリッとした青年だった。

制服もマッチしていて、こちらも身長180センチ位だろう。


「ありがとうございました。梅原さん、名干さん。」

「いーよ、いーよ。実はさ、中島瑠依の件は、前々から警察に頼まれてたんだよねー。」

「え…?中島瑠依…!」


 蒔は『瑠依』という名前を聞くと、身の凍るような寒気が全身を走った。


「ご、ごめんね。悪いこと思い出させちゃったみたいだね。」

「いえ…大丈夫です。でも、思い出したのは悪いことだけじゃなかったです。」


 蒔は胸を張ってこう言った。


「そんなピンチを、梅原さんたちが助けてくれたじゃないですか。」


そう言うと、皐月は少しの間唖然としていたが、突然フッと吹き出した。


「え?何で笑うんですか?」


 そう蒔が問うと、


「だって、初対面でそんなこと言う?…ぷはっ」


と、ますます笑っていた。




バシッ




突然皐月が前に倒れこむような姿勢を取った。蒔はいきなりの事に驚き、

大丈夫ですか、と声をかけようとした。


「いいってぇぇぇ!!」


その時、皐月が悲痛の雄叫びを上げた。そんな様子にますます蒔が驚いていると、


「うっさい!そんな会話はよそでやれ!君も君だ!こんな奴の相手はしなくともいい。用がないなら帰ってくれないか?うちも暇じゃあないんでな。」


グサッと刺さる言葉の矢。しかし、蒔は負けない。それどころか、


「かっちーん」


と、怒りが込み上げていた。


「用ならあるっつーの!人の話は聞けよ、この真面目野郎!!」


今までの蒔とは全然違う言葉に、皐月と冬也はあんぐりと口を開けていた。

これは、蒔の怒りのボルテージがMAXになると発動してしまう、

ゲームで言うとスキルのようなものだ。


しかし、何と言えど蒔の悪い癖である。

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