第1話(3)

その顔はもう、さっきのような紳士的な顔とは程遠く、悪魔のような笑み、というのが一番相応しかった。蒔は怖くなり、精一杯叫んだ―が、それも無駄に終わった。何故なら

「おっと、この扉は防音だよ?ククク…」

そう。この扉が防音性だからだ。

「あ、そうそう。お嬢ちゃんの為に、一つ忠告しておくよ。今から外に出るけど、大声出したらさあ、これで撃っちゃうから、ね」

 青年はそう言い、自分の背負っていたグリーンのリュックから、それはそれは似つかわしくない、黒色の銃を取り出して見せた。その途端、「死」という恐怖に蒔の顔は、みるみるうちに青ざめていった。しかも、その青年は「はい」と言わないといけない空気感を作りだしていた。その為、蒔は「はい」と言わざるを得なくなった。青年は満足したように頷き、脅すように銃を見せつけながらハンカチに包み、ズボンのポケットに入れ長めだったトップスで銃を隠した。

「じゃあ、行こっか。」

 出会った時のような笑みでニコニコと蒔に微笑みながら、蒔の手を握り、仲のいい恋人を装った。そして、そのままエレベーターから降り、店を出ようとした。

「こちらは、ELECTRICオーナー、梅原でございます。青い上着を着用しています、男性様。呼び出しがかかっておりますので、7階探偵事務所まで来られますよう、お願い申し上げます。繰り返します―…」

その時、このような内容のアナウンスが流れた。

(青い上着…?この人だ!)

蒔はそう思いながらも、恐怖で心に余裕がなく、言いだすことができなかった。

「まさか…感づかれたか?急いで行くぞ!」

あのアナウンスが流れた後、あの青年は血相を変えて焦りだした。自分でも自分が呼ばれてるということが分かっていたんだ、と蒔は思った。と、その時。

「待ってってアナウンス流しましたよね?中島瑠依さん。」

 明らかに蒔達の方に向かって、うしろから発されたその言葉。振り向くと、そこには青い上着の青年よりも、もっとかっこいい青年が二人、立っていた。蒔の手を握っている青年は、どうやら「瑠依」という名前らしい。その瑠依という青年は、「はい?」と言い、さっきの青年たちに近寄った。

「何故貴男なぜあなた方が僕の名前を知っているんです?」

と、あの美しい青年達を睨みつけながら、この言葉を吐いた。

「貴方のお名前を知っているのは、貴方が連続猥褻れんぞくわいせつ犯の容疑者リストに載っていたからです。なので、犯人があのリストの中にいるのは把握済み。しかし、残念ながら犯人を断定することはできませんでした。しかし、これで明らかですね。」

その青年は瑠依に対し淡々と話した。それは話し慣れている様子だった。

「何がですか?」

しかし、瑠依も青年に対し怯んではいなかった。しかも、笑みまでおまけで付いている。

「貴方が犯人だってことですよ。どっからどう見てもその子、貴方に脅えてるじゃないですか。しかも、貴方が銃刀法違反をしていたことや、その子を脅していたことだって、ばっちり防犯カメラがとらえているんですからね。」

青年も負けじとニコニコを混ぜた。

「ほら、早くその子を開放して、こちらに渡してください。そうじゃないと、私の人脈が動き出しますよ。」

 この言葉には、流石に瑠依も動揺しているようだ。しかし、その動揺を見せたのも一瞬だけ。すぐさま表情を元に戻すと、青年に対抗するようにズボンのポケットから銃を取り出した。

「ばれているのなら仕方ありませんね。僕を逃がすと言えば、この子は大人しく解放してあげましょう。どうしますか?タイムリミットは30秒。おっと、勘違いはしないでくださいね。僕は人を平気で殺す残忍な奴です。これまでも人を殺したことはありますよ。」

これに、蒔は今までにないとてつもない恐怖を感じた。身体を縮こまらせて、青年にどうにかしてほしいという願いを微かな希望に、青年を見つめていた。すると、青年はその眼差しに気づいたのか、蒔に『安心しろ』というような眼差しを返してくれた。これのおかげで、蒔はほんの少しだけ気が楽になった気がした。

「はあ、驚くほどおめでたい人ですね、貴方は。自分から犯罪したって白状してくれたんですから。ですが、この勝負は僕たちの勝ちですよ。何故なら―いえ、やめておきましょう。なに、勝負が終わればわかることです。」

この騒ぎに人が集まり始めた。

「ははっ、言っている意味が分からないですね。ほら、あと十秒切りましたよ。8、7、6、5…」

蒔は、最後の希望を絶たれたんだと思い、恐怖におののき絶望した。ああ、あと数秒でこの命が終わるんだ。短い人生だったな…。やり残したことがたくさんあったな…蒔はそう小さく呟いていた。



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