第6話 消沈
わたしの腹はアルコールばかり入ってぐるぐる回っていた。我々は再び夜の街を歩き出した。
酒が入ったせいかさっきよりも風がさらに生ぬるくなったように感じられたが、それは風がもう走り回るのをやめて、我々に歩調を合わせて一緒に歩いているからかもしれなかった。どこからか早咲きの桜のひとひらが飛んできて我々の肩の間をすり抜け、2人の視界の前方へ飛んでいった。それは地面に落ちそうになったところでまた弱い風に乗り、浮き上がって、そのまま滑るように夜の街を流れて少し先の角を曲がって、消えた。そのおかげでまたわたしの頭の中には、探し物のことが戻ってきた。
どこかに入り直して飯を食おうとわたしは言ったが、彼女はもう要らないと言った。わたしが要るのだと言うと、1人で行けばいいのではないかと彼女は提案した。
「父さんと母さんに、言わないでいてくれる?」
冬よりも幾分賑やかに感じられる夜の春の街を2人黙ったまま歩き続け、最寄駅に着くと彼女がわたしを振り向いた。
「何のことを?」
「クスリのこと」
「本当なのか」
「嘘だと思うの?」
わたしの頭の中はほとんどまだ探し物だった。同時に、春の夜というものはどうしてこうも虚ろなものに感じられるのだろう、と考えていた。世界のもう1つの位相の中で、目に見えない嵐が吹き荒れているような気がした。
「お前は嘘のことを考えるとき、髪をいじる癖があるんだ」
わたしがそう言うと彼女はわたしをじっと見つめ、「さすが、わたしのおじさん」と言って面白くなさそうに冗談をやめた。
「ぼくのことをおじさんと呼ぶのは、お前だけだ」
「ええ、わたしはあなたの唯一の姪で、あなたはわたしの唯一の叔父さんだもの。でも周りには絶対にそういう2人に見えているわよ」
「どういう2人だ」
「流行りの2人よ。お金の関係」
「チケット代も食事代も、ぼくが払った」
「返した方がいい?」
「要らない」
「じゃあね」
彼女は改札の奥に消えて行った。
その夜更け、というより夜明け近くにいきなり目が覚めたのは、そのまま何も食べずに眠って腹が空きすぎたせいかと思ったが、それはわたしの寝ぼけた勘違いだった。そうだ目が覚めてからわたしは腹が減っていることに気がついたのだ、と思い直した。午前4時になろうとしていた。
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