最高の目覚め

道透

第1話

 久々のブレザーに腕を通し、履きなれたローファーで今日の一歩を踏み出す。ひんやりとする秋の風がどこからかキンモクセイの甘い香りを運んでくる。曇った天気は学校に行く気をそぎ落とす。鞄に入れている荷物は重いし、制服は堅苦しいし、行っても待ってるのは勉強だし。単位という存在が私たちを学校に行かせる。

 小学生の時は気楽でよかったものだ。高校に入ってからというもの、一定の自由は手に入ったとはいえ背負うものが多くなたった。胸の中に押し込む気持ちも多くなる。

「人を好きになるって何なんだろうねー」

 後ろを歩く同じ学校の二人組が話す些細なことを聞きながら私も考える。

 人を好きになるか。私にも身に覚えがある。何年前の話だったか。人を好きになると学校生活も少しは輝いて見えるというものだ。私の通う学校に果たしてそんな人はいるのだろうか。少なくともクラスにはいない。

 私は教室にある自分の席につき、荷物を横に置いた。授業まではまだ時間がある。欠伸を押し込めて私は伏せた。


 私にも中学二年生の時、純粋に一人の男性が好きな頃はあった。その頃は早起きも嫌ではなく、むしろ早く学校へ行って一番にその人の顔を見たかった。

 私の隣の人は中村蓮という人だった。正直、嫌いだった。授業中も私の寝ているし、愛想も良くないし、ろくに話したこともない。

「おはよう」

 話すきっかけを作ったのは中村くんの方だった。

「おはよう」

 なぜか話しかけてきた中村くんも一人だった。いつもは一人でもないことなので私からしたらかなり不自然な行動に思えた。でも、大した意味もないだろう。

 私も別に挨拶を無視するほど嫌な人ではないので返す。

 その日の授業中に横から飛んできた四つ折りにされた紙が私のノートに着地する。私宛に届いたものなのかは分からないが開けてみた。

『そういえば、この間タイムカプセル掘り返したんだ』

 本当に誰に言ってるんだ。人違いだろう。となると飛ばした相手は焦っているに違いない。返してあげなければ

 私は紙が飛んできた方をちらっと見ると隣の席の中村くんと目が合った。この人か。私は紙を四つ折りされた状態に戻して、返した。

 しかし、またもや紙が隣から飛んできた。

『何か書いてから返してほしかったんだけど』

 私は授業に集中していないけど、遊んでいいのとはまた違うなと思い手紙には、

『授業中』

 と書いて渡した。

 だってこれが先生にばれたら私まで怒られる。今後の信用にも関わるからそれは避けたい。特にこの授業は佐々木先生の授業だ。嫌われたくない。邪魔されたくないし、授業妨害もしたくない。よって、中村くんの遊びには付き合えない。

 私は黒板にかじりついている感じを出しているがそれは通用しなかったらしい。またもやノートに落とされた四つ折りの紙を開ける。

『どういうこと? それより宮本ってタイムカプセル掘り出したことある?」

 やんわりとお断りしたはずなのに中村くんには通用しなかった。

『私は授業に集中したいから悪いけど、別の人として』

 これでかなり嫌われたかもしれない。けど構わない。これで佐々木先生の授業に集中できるなら。

 返事を読んだ中村くんがどう思ったのかは分からないが、心が折れていないことは確かだった。ノートにはまたゴミ同然の紙切れが落ちてきた。そろそろ、嫌がらせではという可能性さえ考えられてきた。

『もしかして、宮本って佐々木先生のこと好きなん?』

 嫌がらせだ。おまけに視線さえ感じる。反応を楽しんでいるのか。人の恋愛事情を詮索するとは卑劣な奴だ。余計に相手をする気もなくなった。

 書いていることは確かに事実である。私は佐々木先生に気があるし、それを好きであることに自分でも気づいている。

『中村くんにそんなこと聞かれる義理はない』

 迷惑なのは事実だ。

『好きなんだー。どこが?』

 何で好きとも言ってないのにバレているのだ。あれだけきつく書いたのにさらに聞いてくるか。この人にメンタルというものは備わっているのだろうか。私は豆腐のようなメンタルだから一発で潰れてしまうな。

 返事が送れると自動的に次の紙が渡される仕組みなのか返事に困っている私に四つ折りの紙が飛んできた。

『俺は宮本が好きなんだ』

 開けた紙に謎が溢れている。

 本当に何のつもりだ。渡す紙を間違えたんじゃ……でもなければ嫌がらせとしか考えられない。もちろん本気に出来ない。私を好きなんてありえない。

『やめて』

 いろんな意味を込めて返事を書いた。この時間の五十分は貴重なのだから。

 冗談じゃないからと書かれた紙以降は四つ折り地獄から解放されて、授業に頭が切り替えられるはずなのにどうも中村くんが隣にいることが気にかかって落ち着かなかった。

 佐々木先生の授業は丁寧で優しかった。また胸を打つ音が私の中で聞こえてくる。別に飾った人ではない。顔もかっこいいというわけでもない。なのに不思議と惹かれる。

 一年生の夏に好きになった佐々木先生への気持ちはつのるばかりでさめること様子はなかった。

 授業が終わると話しかけようかと迷うが私は臆病ゆえに分からない問題の質問すら聞きに行くことが出来ない。佐々木先生の授業が終わった後の休み時間は私にとって最も暇に感じる時間だ。

 本当はすごく話しかけたい。でも、誰だって好きな人に話すのは身構えてしまうものではないか?

「美咲!」

 私は友人に声をかけられて振り向くと私は、授業の様子を見られていたようで中村くんとのことを聞かれた。

 私が否定的なことを言うと、残念そうにされた。

「でも、いい感じだったよー」

「そんなことない」

 冷やかされているようで嫌だった。

「まあ、でも美咲は佐々木先生のこと好きなのは知ってるし……もっと質問とか話に行けばいいのにー」

「出来たらしてるって」

「美咲の場合は勇気の問題なんだし、今日の放課後とか話しちゃえ」

「無理だよ」

 無茶苦茶と言い出す。友人は興味本位で言っているのだろう。実際、先生と話すこともだが同級生と話すことすらあまりしないのに。

「仕方ないな。私がどうにか手伝ってあげるから、逃げちゃだめだからね」

 友人は放課後、どうにかと言っていたが何をするつもりなのだろう。

 まるで告白をするみたいな流れに乗せられてドキドキしてきた。休み時間の十分間も気が休まらなくて、肩に力が入りっぱなしだ。

 六限のチャイムが鳴るり帰りの用意をする私を友人はいち早く捕らえて職員室前まで行く。

「どうするの?」

「やっぱり相手は先生なんだし近づくには質問がいいでしょ」

 確かに不自然ではない。むしろ生徒なのだから分からない問題を聞くのは熱心に捉えられるだろう。

「佐々木先生、中にいるの?」

「え、知らないけど。いるならここじゃない?」

 そうやって職員室前でこそこそとしていると、職員室の方に向かって佐々木先生が歩いて来た。

「佐々木先生」

 友人は何の違和感もなく佐々木先生に声をかけた。私は少し胸が痛かった。

 佐々木先生は話しかけた友人の方をしっかりと見ながら、どうした? と聞いた。一緒にいるのに何だか私は空気みたいだ。

「私たち、授業で分からないところあって」

 友人がそう言ってようやく佐々木先生と目が合った。目を逸らしてしまう。でも、その一瞬は思った以上に嬉しすぎる。

「じゃあ、教室に行く? 今からなら教えられるけど」

「行きます。ね、美咲?」

「宮本さんも大丈夫?」

「はい」

 自分でもちゃんと声が出ているのかと心配してしまうくらい周りが見えなくなっていた。放課後ゆえにほとんどの人が部活に言っていた校内を歩く人は少なくなっていた。

 私たちは空いている教室の机を寄せて勉強を始めた。

 私は友人の開けた教科書のページと同じページをめくった。友人が指す問題は私もなんとなくしか理解できていないところだった。

「そこかー」

 前のめりになる佐々木先生との距離が急激に近くなる。私は緊張し、友人はそれを見てニヤニヤとする。二人とも集中出来ない。

「ここまで分かるか? 授業中だと宮本は出来てただろ」

「え!」

 佐々木先生は当たり前のように言ったが私はそんなところまで見てくれていたことに感動した。

「あ、ごめんなさい。私、今日塾だったの忘れてました。この続きはそっちで教えてもらいます。美咲頑張ってね」

 友人が帰ってしまうと教室は二人っきりになってしまった。

「じゃあ、宮本は俺と引き続きしようか」

 何とかってこういうことか。きっと、本当は塾なんて大嘘だろう。本当に感謝している。

 しかし、友人が折角くれた機会はあっけなくつぶされた。

 教室の扉がガラッと開いた。入ってきたのは中村くんだった。

「俺も教えてほしいんだけど」

「え、どうした。やる気でも出たのか? 中村が勉強を教えてほしいなんて珍しいな」

 中村くんはさっきまで友人が座っていた席についた。佐々木先生の積極性は中村くんの方に注がれているように思えた。それがすごく嫌で、今すぐ思いをぶちまけたくなった。

「私にも教えてください!」

「え?」

 佐々木先生は、教えてるけどと言うような疑問を浮かべた顔で見てきた。

「ここから先の問題、全然分かりませんでした!」

「そうなのかー。途中まで解いてみ」

 私は佐々木先生に見られると思うと手元がいつものように上手く動かせなかった。それに分からないと言った問題は本当は分かる。

「出来てるよ。大丈夫じゃん。さすがだな」

 褒められて嬉しくなってしまった。佐々木先生を好きになってからというもの佐々木先生の成績は右上がりだ。それに、今のように褒められることもあるのだと知る。

 中村くんがいると邪魔だと感じてしまったが私の積極性を伸ばすには良いかもしれない。

「先生、明日も教えてください」

 先生は笑っていた。私に笑ってくれた――。


 目が覚めて、伏せていた顔をあげた。夢から覚めるとすっきりとした気分に包まれた。大好きな人の夢だ。

 また欠伸をして鞄から携帯を取り出してメールを開けた。

『今日も勉強教えてもらえますか?』

 喜びを頬に浮かべた。

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最高の目覚め 道透 @michitohru

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