夢の中の名探偵

結城藍人

夢の中の名探偵

「犯人はあなただ!」


 俺の指摘に、顔をゆがめる美女。だが、そんなことは気にせず、俺の声は朗々とその根拠を並べ立てていく。


「しかたなかったのよ! あの人が私を裏切ったからっ!!」


 そう叫んで泣き崩れる美女。そして、切々と殺人の動機を語り出す。


 ああ、これだよ、これ!


 これこそ、俺が求めていた「私立探偵」の仕事なんだよ!!


 ……っても、これが「夢」だってのはわかりきってるけどな。


 何しろ、俺は体を少しも動かせない。それどころか、さっきから聞こえている俺の「声」だって俺が出したもんじゃない。


 視界だって、一応見えてはいるものの、えらくぼやけている。薄目をあけて見てるような状態なんだろう。頭もぼーっとしている。


 でも、俺は満足していた。子供の頃にマンガで読んでから、ずーっと憧れていた「私立探偵」らしいシチュエーションなんだから。


 そう、憧れではあった。マンガの中の探偵だったら、起こった殺人事件の謎を調べ、推理して、さっそうとその謎を解き明かす。


 そんな探偵にあこがれて、私立探偵の訓練を受けて実際になってはみたものの、現実の私立探偵ってのは、そんなドラマチックなシーンにお目にかかることなんてまったく無い。


 その実態は、浮気の調査だったり、結婚相手の素行調査だったりと、地味で面白くもない仕事が大半だ。たまにあるドラマチックなシーンなんて、浮気現場に旦那が殴り込んで修羅場になるとか、その程度だ。


 もっとも、実際に殺人事件の現場とかにぶつかったりしたら困ることになるだろうけどな。俺は別に特に頭が良いわけじゃない。こうやって推理を披露するシチュエーションには憧れるが、実際にやれといわれたって上手くできるもんじゃない。


 だから、夢だとわかっていても、こういう「探偵」らしいシーンを見られるのは凄く嬉しかった。それも、俺自身が探偵役なんだからな。


 美女の独白が終わると、俺は改めて口を開く……開いてないな。でも俺の声が、彼女の誤解をひとつひとつ解いていく。本当は殺された彼は彼女を裏切ってなんかいなかったと。


 美女の泣き顔が、どんどんと青ざめていく。うーん、自分でやっているのに、後味が悪いなあ、こういう展開は。


 にしても、さすが夢だ。俺自身、全然理解してないことなのに、俺の声はスラスラと彼女の誤解について明確に説明していく。


「そ、そんな、それじゃあ私がやったことは……」


「残念だが……」


 床に膝をついて泣き崩れる美女。それを見た太っちょの警部が彼女に近づき、声をかける。


 これ以上見届ける必要はないだろう。俺の夢も、そろそろ覚めてくれないかな。後味の悪い事件ではあったが、理想の名探偵になることができたんだ。きっと今朝の目覚めは最高に爽快だろう。


 そう思ったのだが、俺の夢はそう簡単には覚めてくれないようだ。


「お父さん、しっかりしてよ。いつものことだけど、推理が終わったあとは必ずぼーっとしちゃうんだから」


 薄目だった、俺の目が開いていく。あ、あれ?


 俺は寝てたんだよな?


 夢を見てたんだよな?


 何で、がまだ目の前にいるんだ!?


 それは、今まで見たこともないような美少女で……いや、見たことあるな、この子。


 俺が大好きだった推理マンガのヒロインじゃないか、この子?


 そして、その隣から、ひょこっと顔を出したのは、小学一年生くらいの男の子だった。おいおい、何だよコレ!?


「ああ、いや、何だ……」


 声が出せた。今度ははっきりと、俺自身の意志で。これは俺の出した声だ。だけど、さっきまでの夢うつつの状態とは違って、はっきりとわかった。


 


 意識がしっかりしてきた。目がはっきりと開いた。手も動かせる。


「おじさん、何か様子が変だけど、大丈夫?」


 男の子が聞いてきた。顔の半分くらいを占めるような大きなメガネをかけ、ひょこっと一房だけ寝癖がついたように立っている後ろ髪、蝶ネクタイにブレザーに半ズボン……


「は、はははははははは……」


 思わず笑ってしまった。そうか、か!


 俺が趣味で推理小説を書いては投稿しているWeb小説のサイトで主流なのは、異世界転生する物語だ。ゲームのキャラクターに転生するってのは、よくあるパターンだ。それと同じように、自分が好きなアニメやマンガのキャラクターに転生したり憑依したりするって話も、よくあったりする。


 どうやら、俺はに当てはまっちまったらしい。


 うん、別にいいじゃないか。確かに俺が憑依したキャラは実態はボンクラ探偵だけど、外見上は名探偵になれるんだ。俺自身に推理ができなくたって、実際の推理はそこにいる見た目は子供で頭脳は大人な名探偵が何とかしてくれるんだから。


「本当に大丈夫?」


 俺のが聞いてきたので、俺は笑いをなんとかこらえて答えた。


「ああ、大丈夫だ。最高の気分だな」

 

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