きっと
びしょ濡れのままで朝方の町を歩く。そこで、ふと思いついて、一条に電話をかけた。一条はワンコールもしないうちに電話に出た。どうやら心配してくれていたみたいだ。
「もしもし、五月君、大丈夫ですか」
声は落ち着いているが、口調がいつもと少し違う。
「大丈夫じゃないけど大丈夫だよ。ああ、だけど、今日はあまりに長く感じた。今○○町にいるんだ。君の家はその辺じゃなかったかと思うんだけど、よかったら今から会えないかな」
こんな無茶な申し出ができるのは、一条くらいである。少々不躾だとは思ったが、誰かに会いたい気分だった。
「いいですよ。細かい場所教えてください」
二つ返事で一条は受け入れてくれた。たぶん、僕の声から何かしら感じ取ったのだろう。察しのいい彼のことだ。
十分ほどで、一条はコンビニで座り込んでいた僕を拾った。
彼の家に着いて、一息すると僕はすぐに眠りについてしまったらしい。かけた覚えのない毛布が体にかかっていた。どうやら、丸一日眠ってしまっていたようだ。一条も今日は休みだったらしく、ソファで横になった僕の向かい側に座って寝息を立てていた。僕が起きたことを気配で察したらしい。
「目が覚めましたか。どうやらとても疲れていたようでしたが」
寝起きとは思えないさわやかさだった。人の家に来てすぐに寝入ってしまったことを詫び、彼女はもう二度と訪れない旨を告げた。彼は少々驚きながらも話を聞いてくれた。そして、僕が話し終えるのを待って、僕の鼻を殴った。唐突なことで、思わず涙が込み上げてきた。
「なんだか、泣きたくても泣けないというような顔をしてらしたので。鼻に衝撃を受けると、反射的に涙が出るそうです」
殴られて言うのもなんだかおかしな話だが、一条はなんて優しいのだろうと思った。
そういえばまだ僕は泣いていなかった。いてえよ、ばか、と言って軽く一条の胸を叩いた。一条はティッシュの箱を僕に差し出して、部屋を出て行った。ああ、くそ。ひと箱じゃ足りないよ。体中の水分を絞り出すように、泣いた。たぶん、僕は彼女がすきだった。
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