私はきっと、四葩になります


  拝啓    五月様


 初めてお手紙差し上げます。そういえば私達、なんだかんだ付き合いはそう短いわけではなかったと思うのだけれど、お互いの苗字もまだ知らないままでしたね。


 しばらく顔を出せなくてごめんなさい。あなたは寂しいなんて思っていてくれたりするのでしょうか。そんなことはないと思いますが、思っていてくれたら少し嬉しいかもしれない。

 

 用件はなんだと、少々せっかちなあなたは読むのをやめてしまうかもしれないのでこの辺で本題に入ります。


 この手紙を受け取ったなら、できるだけ早く三鷹さんに会ってください。


 私はきっと、四葩になります。


                       敬具


                              四葉


***


 胸騒ぎがした。今までにないことだったからかもしれない。けれど、急がなければいけない。動揺で覚束ない指をスマートフォンに滑らせる。文末のあとに書かれていた電話番号を打ち込む。プルルと三コールほどで三鷹という男が電話に出た。

 「もしもし」

 無骨で鋭く冷たい声だった。彼女はこの男と付き合っていたのかと思うとなんだか変な気がした。

 「手紙受け取りました。直ちにそちらに向かいたいのですが、どうすればよろしいでしょうか」

 できるだけ冷静を装う。どんな相手かわからない。

 「図書館で待っていてくれ。すぐに迎えにいく。二十分ほどかかると思ってくれていい」

 本当に必要なことだけを言って、三鷹という男は電話を切った。見ず知らずの人間の車になんて乗って大丈夫なんだろうか。そんなことを考えている場合でもない気がするので考えるのをやめた。先ほどから悪寒がする。空調が行き届いている図書館なので、自己の問題だろう。男を待っている間いたたまれない感情が込み上げてきたので、カウンターの一条のもとへ向かう。

 「今からさっきの手紙の男のところに行ってくるよ」

 特に必要もない報告かもしれなかったが、なんとなく言わずにはいれなかった。

 「そうですか。お気をつけて。何かあればまた連絡してください」

 察しのいい一条のことだ。僕の発言に滲んだのであろう不安を読み取ったらしい。彼のこういったところは大きな長所だと思う。

 「わかった、ありがとう」

 それだけ伝えて図書館のロビーに向かう。それから十分ほどすると先ほど聞いた特徴の男が現れた。特徴だけでいうとどこにでもいそうなのでわからないような気もしたが、その男には何かただならないオーラを感じたのですぐにその男が三鷹であると認識した。

 「はじめまして」

 そう男に声をかける。

 「君が五月君か」

 それだけいうと三鷹はついてくるようにと手だけで促す。何も言わずついていくことにした。随分寡黙な男だ。

 サラリーマンにしてはいい車に乗っているなと思った。免許は持っているが、車を持っていない僕にはよくわからないけれど。車内でも会話らしい会話はなかった。聞きたいことはたくさんあったが、重苦しい彼のオーラに気圧されて何も言えなかった。何故僕はこんなところにいるんだろう。流れていく景色を見ていた。


***


 二十分ほどして、目的地に着いたようだ。車は小さなテナントビルの地下駐車場に止められた。車を降りた彼についていく。こんなところに何があるのだろうか。淡々と階段を上っていく彼に続く。二階に上がったところで彼は足を止め、三鷹診療所と書かれたドアを開ける。この男はどうやら医者らしい。それならば高そうなスーツも車も納得できた。応接スペースに通される。何も言わずに革張りのソファーに座る。コーヒーか紅茶かだけを尋ねられコーヒーとだけ伝える。診療所。彼女はもしかしたら重大な病気にでもかかっているのかもしれない。でも、そうだとしても僕がここに呼ばれる筋合いもないはずだ。もしかしたらお見舞いにでも来いという話だったのか。もしそうなら、本の一冊や二冊持ってくるべきだったなどと考えているうちに、三鷹が二つコーヒーカップを持って戻ってきた。三鷹は僕にコーヒーを差し出し、向かいに座った。お互いに一口啜る。

 「彼女はどういったつもりで、僕にあなたの元へ向かうように言ったんですか」

 直接本題に入る。世間話をほのぼのとできる相手ではないような気がしたからだ。

 「私もなんと説明するのが適切なのかわからない。けれど、彼女の希望には君が必要とのことだ。彼女が動けないから代わりに私が動いている」

 三鷹は表情を変えずに淡々という。正直彼が何を言いたいのかわかりかねる。もっとわかりやすく質問することにした。

 「彼女は、どこにいるんですか」

  少し、空気が変わったのを感じた。三鷹が眉をぴくりとさせたのが見えた。

 「そうだな、それを教えたほうが話は早いだろう。来なさい」

 そう言って三鷹は立ち上がった。すぐにどこかへ向かうのかと思ったがどうやら違うようだ。診療所の奥に何かまだ部屋があるらしい。もしかしたらここに入院しているのかもしれない。

 奥にある部屋のドアを三鷹が開く。病院特有の匂いに加え、なぜか強い花の匂いでその部屋は満たされていた。どうやらオペ室らしい。考えないようにしていた、嫌な予感は、最悪の形で当たっていた。三鷹が部屋の電気をつけると、部屋の中央のベッドに横たわっている人間だったものがいた。いや、もしかしたら生きているのかもしれない。別の人間かもしれない。そんな希望を握りしめて、恐る恐る近寄る。顔にかけられた白い布をそっとはずす。希望は簡単に僕を裏切った。花の匂いは死臭を誤魔化すためだったようだ。それはどうあがいても僕が一年見続けてきた四葉の顔だった。


 「変な希望を抱いているかもしれないが、確実に死んでいる。俺が殺した」

 僕の後方で見ていた三鷹が声に何の感情の色も見せずに言った。三鷹が何を言っているのかわからなかった。目の前に起きていることすべてに現実味を感じられなかった。彼女だったものは目を閉じて、微笑むようにしている。眠っているといわれても、きっと信じた。

 「なんで、死体をこんなところに置いているんですか、通夜は、葬式は」

 頭が働かず、どうでもいいようなことを聞いてしまう。そうでもしないと、三鷹を殺してしまいそうな気がした。

 「すべては、この手紙に書いてあると彼女は言っていた。読んでやってくれ」

 先ほど受け取った手紙と同じ、白い封筒を受け取った。


***


拝啓   五月様


 この手紙を読んでいるということは、無事三鷹さんに会ってくれたのですね。よかった。もしかしたら来てくれないかと思っていました。


 まず、ごめんなさい。随分と嫌なものを見せてしまったのではないかと思います。私の我儘なので、三鷹さんを責めたりはしないで下さい。彼もまた私の被害者だと思ってください。彼はとても優しい人です。


 私は、君にどうしてもお願いしたいことがあります。それは、私の死体をあの紫陽花の下に埋めてほしいということです。頭のおかしいことを言っていると思うのは無理もないと思います。けれど、どうしてもお願いしたいのです。これは、犯罪です。死体遺棄罪に抵触する行為です。恥を忍んで頼みます。 

桜の時期に話したあの話を覚えていますでしょうか。もし覚えてくれていたのなら、わかってくれると思います。死体を運ぶなんて、と思うと思いますが、どうか死にゆく女の最後の願いだと思って埋めてください。内臓のほとんどを摘出しているはずなので、それほど重くはないと思います。


 最後までありがとう。伝えたいことはたくさんあるけれど、どう伝えていいかわからないので。ただ、愛でもなく恋でもなくそばにいてくれたあなたがただただすきでした。

                                      

                             敬具

                                 四葉


***


 やっぱり彼女は自分勝手だと思った。意味が分からない。怒りがわく。なんといっていいかわからない感情がわく。悲しみが、わく。手紙には知りたかったことは一言も書いていなかった。何故死んだのか、なぜ死ななければならなかったのか。歯を食いしばる。わけのわからない感情もかみつぶしてしまいたかった。手紙を封筒に戻す。封筒を片手に、三鷹の方へ歩を進め、その拳をふるった。三鷹は憐れむような目でこちらを見ている。ぴくりとも動かない三鷹の身体は随分鍛え上げられていた。何か武道をやっていた身体だと思った。

 「君の気持ちもわかる。ここから先どうするかは君の自由だ。君がやらないなら、俺がやる。彼女が君を指名したわけだが、彼女にはもう何もわかりやしない」

 憐れむような目で三鷹はいう。死をなんとも思っていないように見える表情が感情にふれた。

 「自分の好きな人間が死んでも、お前は何も思わない人間なんだな。殺人犯なんてものはそんなものか」

 へらへらと煽る。いっそ殴られてしまいたかった。けれど、三鷹は僕が望んだようにはしてくれなかった。

 「君には、わかりはしないよ」

 この男がこんなに悲しそうな顔をするものだとは思えなかった。もうそれ以上、何も言えなかった。そのかわりに、知りたかったことをいくつか聞いた。彼女が脳を患っていて、もう助かる余地がなかったこと。内臓が健康なうちに、公式に内臓移植を受けられない子供達に臓器提供することを望んでいたこと。いつも誰かに忘れられることを恐れて、不特定多数の男と付き合いをしていたこと。僕が知ろうともしなかったことを三鷹はたくさん知っていた。一通り質問したあと、シャベルと車を借りた。


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