ハイドランジア

 六月に入り二週間ほどが経つ。じめじめとしだ空気が日本を覆う時期だ。今年は空梅雨らしくそれほど雨が降るということはないが、本のしけったような感じが梅雨を感じさせる。そういえば最近彼女をみかけなくなった。季節の変わり目で体調を崩しやすい時期である。もしかしたら、風邪でもひいたのかもしれない。か弱そうな彼女のことである。しかし、しっかりした人でもあるのですぐに治してまた図書館にやってくるだろうと思った。もしかしたら生活環境が変わって違う曜日に来るようになったのかもしれない。それを知りうる関係でもないので、何もたしかなことは言えないが。

 「最近、彼女見かけないですね」

 貸借カウンターで本を借りるとき、一条が僕に話しかけた。

 「ああ、別の曜日に来るようにでもなったのかなとも思っていたんだけど。そうでもないんだね。季節の変わり目だし、風邪でも引いたんじゃないかな」

 『ハイドランジア』と『桜の森の満開の下』を持ってきた生成りのトートバッグに入れながら返す。

 「彼女もそういえば、その二冊はよく借りていますね」

 茶化すように一条は言う。

 「僕達は本の趣味だけはほとんど似たようなものだからね。仕方ないさ」

 なんだか言い訳をするような言い方になってしまった。

 「仲良きことは美しきかなですね」

 カウンターのパソコンにカタカタと何かデータを打ちこみながらいう。

 「まあ、仲が悪いということはないとは僕は思っているけどね。彼女がどう思っているかは知らないさ」

 関係性において片方が語ってしまうことはよろしくない。僕の言葉を素通りして一条は続ける。

 「彼女、早くくるといいですね」

 「別に義務じゃないから来ても来なくても別になんら問題はないし、すぐにまた来るさ」

 それだけ残してカウンターを後にした。そういえば彼女と出会ってからそろそろ一年になるのか。時の流れはなんだかあまりに早いような気がした。大学も来年になれば就職活動が始まる。いつまでも同じ時間など流れるはずがないのだと、頭ではわかっているのになんだかそれに現実味を感じられないなと思った。

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