計画

 町の中小さなテナントビルの一角は、小さな診療医院となっている。客層は一般市民もいることにはいるが、主に普通の病院にいけない所謂やくざといったような人間をひっそりと診ているといったようなところである。


 「四葉。一応だが契約書を渡しておく」

 一枚の何の味気もない一枚の紙を三鷹さんから受け取る。

 「これにサインしておけばいいのね」

 「印鑑も忘れずに」

 朱肉を引き出しから取り出しながら、彼はそう言った。

 「やっていることはそんな事務的なことではないのにね」

 皮張りのソファの沈みを感じながらサインをする。

 「これがあるのとないのとじゃ全然違うんだ」

 不愛想な男性だと思うが、これほど優しいひともそうはいないのだと思う。先ほど淹れた紅茶を彼に差し出す。

 「ありがとう」

 そう言って彼は一口啜った。私も少し熱い紅茶のカップを口に進める。

 「で、だ。ここまで来ておいて言うのも無粋なのかもしれないが、本当にいいのか」

 今まで本題に入ることをあと回しにしていたようだ。確かに話していて楽しい話でもない。

 「私が今更撤回するような甘い覚悟でここにきていると思う。言うまでもないわ」

 確かな覚悟を胸に感じながら告げる。私が唯一自分の意志で選べる道だ。後悔などしてはいけないし、躊躇してはいけない。

 「何度も言わせてもらうが、俺たちがやっていることは奪うことであって、貰うことではない。手荒な真似をせず大金が手に入ることはそりゃ、いいことだ。けれど、怖気ついて逃げられては困る。俺もお前のことを好ましく思う人間の一人だ。情も移って逃がしてしまうこともありえないことではない」

 訥々と話す男であるが、その内に情熱と優しさを感じさせる。出会い方が違えば私はこの人と生涯添い遂げていたかもしれない。

 「そんな甘いことを言っていては、そのうち痛い目に合うわよ」

 冗談交じりに返す。そうでもないと、弱い自分のことだ。すぐに泣いてしまう。

 「他の人間にこのように対応する男だとでも思うか」

 不愛想な表情をそのままに三鷹さんはいった。彼ははずっと私の顔を見ている。きっと私の心情もすこしばかりは感じ取っているのだろう。

 「それはそうね。あなたは真面目な人だから、そんなことはないわね。けれど、私は本当に逃げたりしないから安心していいわ。逃げたところで結末なんて変わらないんだから」

 言っておいて泣きそうになる。そうだ、結末なんて変わらない。それなら少しでもいいから私にしかできない方法で誰かを幸せにしたい。そんなことを言うなと言わんばかりの表情で彼は不愛想な表情を曇らせた。

 「わかった。もうこの話はしない。契約通りにこの先の話は進めさせてもらう。時期は六月でいいんだな。秋でもいいんじゃないかとは思うが」

 「六月じゃなきゃ駄目なの。意味がなくなってしまう」

 六月にすべてを終わらせたい。それが私の最後の我儘だ。からからに乾いた口を紅茶で潤す。もうとっくに温くなっていた。

 「わかった。あと、その、手紙は書いたのか」

 以前告げた計画の詳細を三鷹さんはしっかりと覚えていたようだ。私はひとつ頷いて、ネイビーのハンドバッグから白い封筒を取り出した。

 「悪いわね、迷惑ばかりかけて」

 最後まできっとこの人には迷惑をかけてしまうのだろう。この人にはいつか私なんかよりも素敵な人が現れればいいと思う。

 「いいんだ」

 それ以上彼は何も言わなかった。今日はもう送ろうと言って私を家まで送った。


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