第2話 ステーキハウスにて(後編)
テーブルに二人分のステーキとチーズバーガーが運ばれてくる。この店のリブアイは僕の大好物。アメリカのステーキは塩コショウのみのシンプルな味付けで、日本で重宝される霜降りとは対極の赤身肉が使用される。油の旨味やソースとの一体感ではなく、肉本来が持つ味わいを楽しむのがアメリカンステーキの醍醐味だろう。1ポンド(450グラム)というと食べきれないと思われるかもしれないが、あっさりとしていて意外とペロリといけてしまうものなのだ。一般的に高級と言われるステーキハウスで一人前が50~60ドルくらい、最高級レベルの店でも100ドルを超えることはあまりないように思う。グラム単価では日本の霜降り肉より断然安いと言えるだろう。
さあ食べようと、目の前に置かれた肉にナイフを入れようとしたところで、アンディが新たな話題を振ってきた。
「なあ、こないだ仕事で日本に行ってきたんだけどさ、ミトは日本で一番シーフードが美味い場所を知ってるか?」
ほう、アンディよ。日本人の僕にそんな質問をするとは面白い。う~ん、魚が美味い場所ねえ……。
「北海道とか?」
「はっ、全然わかってないな。お前本当に日本人か?」
こいつ……、絶対北海道行ったことないくせに……。
「仕方ねえなあ、教えてやるよ。日本で一番シーフードが美味い場所、それはな、下関だ」
「下関? 山口県の?」
「そう、山口プリフェクチャー(県のこと)の下関だ」
得意満面の表情でそう言い放つ。
どうやらアンディは取引先の日本人に下関にある寿司屋に連れて行ってもらったらしい。そこで食べた料理が絶品だったらしく、オーサム(超やべえ)、ファンタスティック(夢のようだった)という形容詞を用いて下関の寿司を評していた。おおかた寿司屋の大将にでも下関の魚は日本一ですよ、とでも吹き込まれたのだろう。それからアンディはスマホに保存してある自慢の画像フォルダを開き、日本出張時に撮影した写真を僕たちに見せてくれた。
「ちょと待って! 今の写真なに?」
見間違いだろうか。今ヒジョーに気になる写真がスクロールされて通り過ぎていった気がする。
「ん、これ?」
そういって何気なく表示された一枚の写真に僕は衝撃を受けた。そこにはケンタッキーフライドチキン(以下KFC)の店頭でカーネルサンダースの人形と肩を組み、満面の笑顔でポーズを決めるアンディが写っていた。
「なんだよこの写真」
「なにって、ケンタッキー州のレジェンド、ミスター・カーネルサンダースじゃねえか」
「いやいや、そういことじゃなくてさ、アンディっていつも日本でこんなことしてんの?」
「当たり前だろう。日本のKFCの店頭には必ずと言っていいほどサンダースさんの人形が置いてある。ミトはアメリカでサンダースさんの人形を見たことがあるか?」
そう言われてみれば……ない。アメリカのKFCには人形なんて置いてなかった。
「俺も最初に日本に行ったときは驚いたよ。だいたいどの街に行ってもKFCがあるし、立派な人形まで置いてあるじゃねえか」
「へえ、たしかにそうだ。なんで日本のKFCには人形が置いてあるだろう」
「そうだろう。こんなにハッピーなことはないね。俺は日本でこれをみかけたら写真を撮るようにしてるんだ」
そう言って彼は日本でカーネルサンダースの人形と一緒に記念撮影した写真を何枚か見せてくれた。
「そういえばさ、KFCってアメリカと日本で味が違うよね?」
「違うな。俺は日本の方が味が濃い気がする。それと日本のは小さい」
「同感。あと日本はホワイトミートとダークミートが選べなかった気がする」
「そうなのか? 俺は日本の味も好きだけどな」
「あ、そうだ。日本のKFCといえば和風チキンカツサンドがあった。これ、めちゃくちゃ美味いから。さすがのアンディも食べたことないでしょ?」
「ミト、そういうことは早く言え。次行ったら絶対に食べるぞ」
ちなみにKFC発祥の地はケンタッキー州のルイビルという街である。ここには今でもKFC一号店が残っていて、店内の一部が博物館のようになっているそうだ。ひょっとしたらカーネルサンダースは日本人が知っているアメリカ人ランキングベスト10に入るような人物なのかもしれない。
こんな他愛もない会話を続けながら食事を進めていく。やはりこの店のリブアイは最高だ。ステーキの面白いところは、同じ店に行って同じメニューを注文しても毎回味が違うところである。肉本来の味を楽しむのだから当然といえば当然。当たり外れもあったりするのだが、この店はいつ来ても平均レベルが高い。
アメリカにフレミングスという高級ステーキチェーンがある。僕にとっての最高の一皿はロサンゼルスのフレミングスで食べた骨付きのニューヨークストリップステーキだ。店自体には何度も通ったのだが、たまたまある時に出てきたステーキが群を抜いて美味かった。僕はステーキをオーダーする時、焼き加減は必ずレアを指定するのだが、その肉は舌の上でとろけた。なんとも言えない柔らかさに、噛むたびにあふれ出す肉汁と油の旨味。それらが口の中で混然一体となり、更に独自に調合されたスパイスが上手い具合に全体の味わいをきりりと引き締めていく。あの時食べたステーキの味は未だに忘れることができない。
さあ、食事が終われば次はデザートの時間だ。男も女も関係なく、アメリカ人は食後にデザートとコーヒーを頼むことが多い。メニューは豊富で、各種ケーキやアイス、プリン、クリームブリュレなんかが定番だろう。気をつけなければいけないのは、そのサイズ。ケーキを頼んだはいいが、これで一人前か? と目を疑うような大きさのものが出てくることがある。オーダーする前に店員にサイズを確認するのがいいかもしれない。僕は以前、何とはなしに注文したケーキがとんでもない代物だったことがある。普通にチョコレートケーキを頼んだつもりだったのが、どうやらそれが店の名物だったらしく、塔のようにそびえたった高さ20センチほどのケーキが運ばれてきた。ケーキの周りにはこれでもかとアイスが盛られていて、極めつけに塔のてっぺんの部分に何本も花火が差してある。派手に火花を散らしながら運ばれてくるケーキ。「お、アイツ頼みやがったな」みたいな常連客からの視線が痛い。僕は日本人の意地を見せてやろうと果敢に食らいついたのだのだが、結局半分も食べることができなかった。
ところで、皆さんはアメリカン人は大食いだというイメージを持っていないだろうか? たしかにアメリカの料理は一皿のボリュームが多い。だけど、意外とそれを食べきる人はいなかったりする。残った料理はどうするか? 箱につめて持って帰るのだ。だいたいどのレストランでも、食べ残しがあった場合は持って帰りますか? と聞いてくる。ちなみに持ち帰り用の箱はトゥーゴーボックスやドギーバッグと呼ばれる。ステーキの食べ残しだって当たり前のように持って帰るのだ。僕の感覚ではアメリカ人は決して大食いではないと思う。
さて、最後のコーヒーが運ばれてくるころ、僕たちのテーブルではCKが日本の文化への熱い思いを語っていた。アンディもその話に乗っかる。
「俺は将来日本でライスファーマー(米農家)になるよ。もともと俺の実家は小麦農家だし、日本では米農家が減っているっていうじゃねえか。だったら俺が日本で米をつくってやる」
アンディは既にバーボンでいい具合に仕上がっているので、これが本心なのかどうかはわからない。だけど嬉しいじゃないか。僕たち三人がテーブルを囲んだこの日、とあるアメリカのステーキハウスではこんな話をするアメリカ人たちが確かにいたのだ。
最後に。この食事会のあとCKと会う機会があったので僕は彼に尋ねてみた。
「こないだステーキ食べに行ったじゃん? あの時CKはチーズバーガー頼んでたけどさ、本当にチーズバーガーが食べたかったの?」
「いや……実はミトさんに遠慮したんだよね。ほら、ミトさんは年上の日本人でしょ。おごりだったし、日本の文化ではそういう時は遠慮するものかなって」
……さすが勉強家の男CKだ。微妙な日本のマナーをついてくる。だけど勉強しすぎてちょっと迷走している気がしなくもない。
「そんなのいいんだって。あのシチュエーションは遠慮しなくていいとこだよ。それにCKはアメリカ人なんだから、そんなに気を使わなくても大丈夫だって」
「えー、だったらステーキ食べれば良かったなあ」
悲しそうな様子のCKであった。
日本好きのアメリカ人たちの秘密 ミトイルテッド @detlily
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
1日1話雑談集最新/桜田実里
★12 エッセイ・ノンフィクション 連載中 84話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます