4章・第7話 全ては大団円のために
「あれ」
気が付くと、私は天守台に立っていた。
「エセ天守閣は」
私は上を見上げてみるが、そこにはあの派手な建物は一ミリの痕跡もなかった。どうやら、森須さんのあの言葉は本当だったらしい。
私は辺りを見回す。そして思わず目を見開いて自分の頬を叩いた。何故なら、目の前の光景が現実であると確認するためであった。事実、そこには信じられない光景が辺りに広がっていた。
四季が広がっていたのだ。桜、青葉、紅葉、雪。本来出会う筈もないそれらが一堂に会して、辺りを色彩豊かに鮮やかに染め上げている。
「これは」
言葉も出ない。その光景にただ息を飲むばかりであった。絢爛豪華、贅の限りを尽くしたかのような趣向である。これにはかの第六天魔王も太閤も、東海道一の弓取だって息を呑んで思わず和歌を読むに違いない。
「タイムカプセルですよ」
気が付くと、横に立っていた森須さんが言った。
「タイムカプセル? ああ、まさか」
「そう、そのまさかですよ。いつかの日に、貴方が書いた夢です。一夜限りのものですが、如何でしょう」
「ま、まあ、一夜くらいなら羽目を外しても大丈夫だと、思う」
ひゃっ、と私は自分でも驚く程乙女らしい声をあげてしまった。どうやら雪が頬に触れたらしい。
「つくづく信じられんな、この星は。今度は一体どんな魔法を使った」
男の声が聞こえてきた。天守台に上がってくるその声の主は古月君であった。
「よかった、無事だったんだ」
「ああ。そもそもあのロボットは危害を加えようとはしなかったからな」
おーい、と元気な声が聞こえてきた。声のした方向を見ると、ヒルデさんを抱き抱えた千道さんが自慢の羽根を羽ばたかせてこちらに来ていた。
よっ、と言って彼女は天守台に降り立つと、抱えていたヒルデさんを降ろす。
「まあこうなるんだろうとは思ってたけどさ」
千道さんは着くなり周りを見回しながらそう言った。
「二人共無事? 怪我はない?」
「大丈夫よ。楓ちゃん、私が怪我しない事にも全力でしたから」
「やめい。見得を切ったとに、そんなん言われたらなんかいたたまれん」
千道さんは恥ずかしそうに俯く。
「ま、何にせよ良かった」
「菅原あさひ」
「ん、どしたん?」
「まだやり残している事があるだろう」
私は図星を指され、少し胸を矢で射られた気分だった。
「ええと、はは……分かってるよ。ちょっと急に照れ臭くなっただけ。こんなお膳立てまでされて逃げるような玉無しじゃあないよ私は。まあ、玉無いんだけどさ」
それから私は、様子を窺っていたらしいなっちゃんこと森須さんの方へと向き直る。
「ってか、一応もう一回確認するけど、なっちゃんだよね」
「はい、そうですよ」
「なんか変わり過ぎてて実感が湧かない」
「お互い様ですよ。あの天真爛漫と笑みの絶えない愛らしい貴方は何処へ行ったのでしょうか?」
「うるさい。君こそ、いつからそんな皮肉叩くようになったのよ。昔はもっと純真だったのに」
「まあ色々ありましたから」
「ああそう、色々ね」
「はい、色々です」
「なっちゃん、あのさ」
「はい」
少しの間、沈黙が訪れる。決して、私は演出を狙っているわけではない。単純に、心の準備が欲しかったのだ。
私は深呼吸をする。そして、
「ごめん!」
意を決して、私は頭を下げた。
「あの時酷い事言っちゃった。私、なっちゃんの気も知らないで勝手な事ばかり言って、勝手に絶交とか言って……もうなんていうか、ほんと、ごめん」
「あさひさん」
「なんだったら、思い切りビンタしてもいいから。覚悟は出来てる」
「そうですか、そういう事なら」
なっちゃんは私と遊ぶのは嫌じゃなかったと言った。それは嬉しかった。でも、最後に酷い事を言ったのはやはり怒ってたんだ。
「舌を噛まないようにしてください。私は本気ですよ」
「分かってる、さあ来い!」
来るがいい。自分で巻いた種だ、自分で責任持って回収しなければ。私は目を強く閉じる。
……
……
ぺち、と軽く頬を叩かれる感触がした。痛くはなかったのだが、思わず私は「いちっ」と反射的に言った。
「これでおあいこです」
「え」
目を開けると、相変わらずなっちゃんはいつもの笑みをその顔に湛えていた。
「ですから、もう気が済んだと言いました」
「え、いやいや。まさか、そんなこたあないでしょ」
「ありますよ。私は、少なくとも貴方を精神的には思いっ切りひっぱたきましたから」
「え、でも」
「第一、女性を叩けるわけがないでしょう。それともあさひさんは、私にそんな酷い事をしろと要求するのですか。非道い人だ」
「いやーそんなつもりじゃ」
私が困っていると、ふふ、となっちゃんから笑い声が漏れる。
「な、何か可笑しい?」
「いえ、別に。ただ、いつも私を振り回していたあさひさんにやり返せたものだから、嬉しくて」
なんじゃそりゃ。そんな事で嬉しくなるのなら、この男はよっぽど幸せな奴なんだろう。
いやでも、楽しくやってるなら良かった。
「ねぇなっちゃん、あのさ」
「はい?」
私は拳をぐっと突き出す。
「図々しいんだけど、よかったらさ、その、私ともう一回友達になってくれないかな」
それを聞いたなっちゃんははっとしたように目を見開く。それから、彼はいつもの優しい笑みをその顔に浮かべた。
「はい、喜んで」
そう言って、彼は突き出した私の拳を、あの頃より随分と
そういえば上原君は何処に行ったのだろうと思っていたら、世話の焼ける、そんなお節介なクラスメイトの声が風に乗って聞こえてきた気がした。
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