4章・第6話 絢爛豪華一夜城⑤
「あの日? あの日の出来事って」
私は問いかけた。なっちゃんと最後に会った日の事か? あの時、私は何かしただろうか。家に帰るなり、自室で枕を抱えて泣いてばかりだった筈。
「君はなっちゃんが引っ越して間もなく、ずっとあの秘密基地で願ってたじゃない。お願いします、もう一回皆に会いたい、なっちゃんに会いたいって」
指摘されて、薄っすらとだがそんな事をしていた記憶が蘇ってきた。ものの数場面の記憶しかないが、私は秘密基地で強く、そんな事を願った記憶がある。それ以外の方法なんて分からなかったから。
「普通は願ったところで叶いっこないんだけどね。でも、彼処は異世界人や妖怪、果ては宇宙人までが引き寄せられるくらいの特異点になってたから、君の異様に強い願いは屈折した形でだけど、確かに結実したんだ。そうして分かたれたのが私だった。私にはなっちゃんとの記憶もある。だって、元はといえば菅原あさひだものね」
元はといえば菅原あさひ。上原言也は私とは似ても似つかない。まるでタイプの違う別人ではないか。
だが、私は思い返す。上原君とはたまに話す程度だったのだから、その顔をまじまじと見ていたわけではない。髪型も違うし、性別も違うと思い込んでた。だが、言われた今なら分かる。あの時学校にいたあの私も、この子が変装した姿だったんだ。
「まるで信じられないといった顔だね。でもこれが真実だ。ねえ、あさひ」
「な、何よ」
「人間の成長の可能性は何も一つだけじゃないよ。遺伝的な要因もあるだろうけど、環境的な要因によって形成される人格は変わってくるんだ。王子として生まれた子が何かの手違いで山賊によって育てられたなら、普通その子は野卑た下衆な男として成長するんじゃないかな」
「つまり、何が言いたいわけさ」
「人間の成長の方向性は生まれた時から定まってなんていないって事。つまり、私は菅原あさひの有り得た成長の一つの形ってわけ」
「成程、ね」
多分目の前の私は、なっちゃんとあんな別れ方をしなければなっていたかもしれない人格。全く同じと言わずとも、この眼前に立っている子のような性格になっていたかもしれない。
「私は貴方の願いを受けて皆を集めるために動き始めたわ。偶然こちらに戻って来ていたなっちゃんと接触し、彼と協力して計画を練り、実行に移した。具体的にはヒルデさん、古月君、それと千道さんの元へ怪文書をバラ撒き、撒き餌も兼ねてスフィア、マテリアライザー、『筑前通史』を拝借した。案の定、皆はここまでやってきて、貴方に接触を始めた。でも、ただ再会するだけじゃつまらないじゃない」
「もしかして、今回の騒動って」
「そうよ。幼いあさひはいつぞや、このお濠の城を見て、天守閣が無い事を残念がっていた」
それは覚えている。まるで麺の無いラーメンやうどんみたい、とかそんな感じの事を思っていた記憶がある。
「そしてその思いは皆に共有され、いつしか天守閣を作るという夢は皆の願いになっていた。だからあの日、五人皆が自分の願いをあのノートに書く時、貴方は大きなお城を作りたい! って書いたんだ。だから、皆との再会を祝して派手にこの天守閣を作り上げたの」
「そんな馬鹿げてる」
「その通りよ。でも、だからこそ大真面目なの」
「でも、このお城にこんな天守閣は有り得ない」
「そうね。お濠のお城には天守閣がそもそも存在したのか、していなかったのか未だ決着を見ていないんだっけ、なっちゃん」
「そうですね。過去の文献にはいくつかそれらしい記事はありますが、どれも決定的なものではないようです。これはもう、邪馬台国論争と同じく各人の想像にお任せする域に達してるのかもしれませんね」
「だってさ。でもね、そんな事はいいのよ。菅原あさひが作りたかったのは史実に忠実な天守閣ではない。見たら誰もがその威容に頭を下げてしまいたくなるような、街のシンボルにでもなってしまうような天守閣なの。そのために私は『筑前通史』を使った」
ああ、殆ど推理通りだ。しかし、聞かされるとなんて馬鹿らしい計画なんだと思う。
しばしの無音が辺りを包んだ。音もない風が屋上に吹き付ける。障害物にぶつかって減速されていないためか、全く遠慮のない風圧である。しかしその時間は、私が正常な思考を取り戻すのに十分な時間となった。
「上原君」
「何かな、菅原さん」
「悪いけどこの一夜城、消してもらえないかしら」
「何で?」
「良くないよ。こんなものいきなり作られたって迷惑なの。貴方曲がりなりにも高校生やってるんだから分別くらいはあるでしょう? こんなものが出来たら朝にはもう大騒ぎよ」
「別にいいじゃない。こんな地方都市に天守閣が出来たくらいで困る人なんていないって。ああ、建物の維持を気にしてるんだね。だったら心配なく。これは老朽化しないから」
「そういう問題じゃないから。貴方が私なんだったら、私が何考えてるか分かるでしょう」
「分からないね」
「なんですって?」
「元は同じ菅原あさひってだけだ。でも今は違う。私は菅原あさひだけど、上原言也として人生を歩んできた。君とは違う経験をして今まで生きてきたんだ。だから、擦れてしまった君の気持ちは分からない」
「ああそう。じゃあ力ずくで止めてやるわ」
上原君は静かに笑みを浮かべる。
「そう簡単に行くかな。森須君!」
「はい」
「このひねくれ者を捕まえなさい」
なっちゃんこと森須さんは静かに頷くと、私との距離を縮めてきた。私は両者を見やる。丁度挟み撃ちの位置関係になってしまったらしい。
「なっちゃんさ、本当にそれでいいの? こんなのの言いなりになんかなって」
「すみませんね、あさひさん。決めた事ですから」
高校生探偵が聞いて呆れる。そういう人種はむしろこんな出鱈目な計画を頓挫させるのが役目だろう。そんな私の考えを見透かしていたのか、森須さんは、
「探偵だってピカレスクに憧れる事はあるんですよ」
「は、そんなの探偵じゃないよ」
私は迷わず上原君に向かって駆け出した。「なっちゃん!」後退する上原君が叫ぶ。するとどうだ、森須さんはあっという間に私と上原君の間に割って入ったではないか。
だが、それでいいのだ。何故なら私の初手は元よりこの探偵男だったからだ。
森須さんが二人の間に割って入り、私の方に体を向けた時、私の足は既にその股下を蹴り上げていた。
森須さんから声にならない声が漏れ、そして彼は腹を抱えながらゆっくりとその場に蹲った。
「なっ!」
流石に度肝を抜かれたのか、上原君は口をパクパクとさせていた。
「悪いね、私は野蛮人だからこういう事も
少しは加減したつもりだが、その衝撃たるや一体どれ程のものなのだろうか。女の私には知る由もない。
「さあ、次は君の番だ。覚悟は出来てるかな、私」
くっ、と上原君は唇を歪ませる。今更後悔してももう遅い。流石に女の子に金的は憚られるが、謝って反省させるくらいまでほっぺたをひっぱたいてやるつもりだ。
私は上原君に向かって突進する勢いで地面を蹴った。
「きゃっ」
上原君が小さな悲鳴を上げる。私の片腕は上原君に掴まれたが、反対に、上原君の片腕を私は掴んだ。
そのまま押しつ押されつ、なんとも醜い掴み合い取っ組み合いになる。
「ちょっと、離して」
「貴方は私だって言うけど、発育は私の方がいいわね。この違いは何故なのかしら」
私が勝ち誇ったように言った事は棚に上げて二度と下ろさないでほしい。私は散々この二人に振り回されてきたのだ。少しくらいこんな文句を言っても許されて然るべきだろう。
「発育なんて知らないわよ。そういうもんなんでしょ」
「まあそんな事はいいわ。それよりさっさとこの天守閣をなんとかしなさい」
「嫌よ。結構苦労したのに、それをオシャカにするとか有り得ない」
「何がオシャカよ。お釈迦様か」
「意味分かんない。ええい、鬱陶しい。森須君、森須君。なっちゃん!」
ようやく回復してきたらしい森須さんに上原君は呼びかけるが、森須さんは戸惑った表情のままその場に立ち尽くす。
「どっちに付くべきか、迷ってるみたいね」
「むう」
「さあ観念してそいつを渡しなさい」
私は精一杯手を伸ばして、上原君の持っている和本を取り上げようとするが、どうしても後一歩というところで手が届かない。
「無駄だね。背も腕の長さも同じくらいなんだから、私が後ろにやれば届くわけないじゃん。諦めなよ、このままじゃ永遠に膠着状態だよ」
「ふん、じゃあこれならどうだ!」
思い切り地面を蹴った。手が和本に届きそうになる、もうちょい、いける!
あっ、と声が出た時にはもう遅かった。上原君は乗っかってきた私の重みでバランスを崩し、そのまま私諸共その場に倒れた。
「あ、ったたた……」
「いってー」
私は上原君がクッションになってくれたお陰で特に何処にも痛みはなかったが、思わず反射的に呻いてしまった。しかし、すぐに辺りを見回す。
あった。和本、今は上原君の手を離れて地面に転がっているが、未だ光を放っている。
「んっ」
私は上原君に乗っかかったまま手を伸ばす。もらった、こんな馬鹿げた事は辞めさせて、後でこの二人に説教してやる。
和本に手が触れた、しかし、
「あっ」
それは別の人間に取り上げられてしまった。私は上を見上げる。
そこに立っていたのは、森須さんであった。
「なっちゃん」
私が呼びかけると、森須さんは、なっちゃんは笑った。
「確かに貴方の言う通り、このまま天守閣を出し続けるというのは問題かもしれませんね」
「ちょっと共犯者。今更寝返る気?」
私の下敷きになっている上原君は言ったが、森須さんは首を振る。
「いいえ、裏切るつもりなんてないですよ」
「じゃあじゃあ、上に乗ってる菅原さんをのけて!」
「上原さん」
「な、何さ」
「まだ続けるんですか? もう十分楽しんだでしょう」
「そ、それは」
言われて上原君は顔を背ける。そして諦めたように軽くため息をついた。
「分かったわよ。締めなんだから、思いっきりやっちゃいなさい」
「ちょっと、今度は何するつもりよ」
「大した事はしませんよ。全部元に戻すだけです」
「ああそう。じゃあそうして頂戴、ってそれだけじゃないでしょう!」
私は彼に飛びかかった。しかし、軽やかに避けられてしまった。
「この」
再び飛びかかろうとする私を森須さんは手で制す。
「まあ見ててください。決して悪い事にはなりませんから」
「そんな事言って――」
和本の放っていた青い光が強さを増していく。私は思わず目を細め、腕で顔を覆った。
「そろそろ大団円といきましょう」
「ちょっと、待ちな――!!」
辺りが光に包まれた。流石の私もこれは手遅れである事が分かり、後は森須さんが何をしようとしているのか、呑気に推理する事しか出来なかった。
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