エピローグ

エピローグ

 城を中心に起きた四季満開の異常気象は翌日には綺麗さっぱりその痕跡を消していた。目撃者は殆どいなかったらしい。何故なら、城を中心に人除けのまじないが施されていたからだ。私もよくは分からないが、千道さんがそうだというのだから、まあそうなのだろうと納得する事にした。とはいえ、目撃者は殆どいないというのは裏を返せば少しは目撃者が居たということだ。が、しかしだ。夜の出来事であった事、翌日には元通りになっていた事から、その目撃者達は間もなく蜃気楼だの狐に化かされていただのといった根も葉もない根拠で各々自分を納得させていった。

 なお、この件は都市伝説になっており、ネットでも掲示板が立てられたりしているとかいないとか。


       〇


 休日も開け、憂鬱な月曜日がやってきた。

 休日を珍しく不毛に過ごしてしまった私は、その後悔を頭に抱えながら自分の体に鞭打ち、やっとの思いで登校した。

「おっはよーあさひ」

 朝のホームルーム前の事である。ぼちぼち教室の席が埋まっていく中、そう言って登校してきた裕子は唐突に私の頭を軽く撫でてきた。

「おはよう、そしてやめい。子供か私は」

「子供じゃん。高校一年生はまだ子供でちゅよー」

「ねえ知ってる裕子? 高校生って別に二十歳以上でもなれるのよ」

「いやいや、それにしてもさー」

 ばつが悪くなったからなのか、裕子はいきなり話題を変えてきた。

「日常に刺激が欲しいよねー」

「刺激? じゃあデザートにハバネロとか入れてみれば?」

「いやそういう物理的な刺激ではなくだね」

「日常を変えるような刺激とかって事?」

「そうそう、流石はあさひ。伊達に中学からの腐れ縁じゃないね」

「刺激ねー」

 つい先日そんな事があった気がするが、裕子には言わない事にしよう。もっとも、あれを刺激と取るのかわずらわしい事と取るのか判断が悩ましいところだが。

「待ってるだけじゃ駄目かな。褒められたいなら先ず人を褒めなければの精神で、やっぱり自分からアクションを起こさないといけないのかも」

 不穏な事を裕子は誰にともなく呟いた。友よ、どうか変な事は考えないでほしい。そんな事を考えて実行に移してしまう黒幕役は一人で十分だ。そんな事を考えながらぱっと横を見てみる。

 上原君の席は空いていた。まだ着いてないだけなのかと思ったが、先生が教室に来てからも一向に来る気配が無かったので、本格的に欠席したのかもしれない。

 ひょっとしてもう彼、というか彼女は目的を果たしたから学校には来ないのだろうか。そう思っていた矢先の事であった。

 そう、それはホームルームにて起きた。


       〇


 こんな事は学制公布以来の教室風景において起きた事はあるだろうか。そんな空前の出来事が朝のホームルームにて起きた。

「今まで騙していてすみません。実は見ての通り、僕……いえ、私は見ての通りの性別です」

 セーラー服姿の上原君、いや、上原さんはそう言って頭を下げた。

 教室の様子はしん、としている。それもそうだろう、今まで男子と思っていた子が実は女の子であったのだから。経験にない事にはどう反応すればいいかなど分からず、クラスメイト中の脳がフリーズしてしまうのも致し方なしと思う。果たして私の前の席に座っている友人がどんな顔をしているのか見てみたい気もするが、生憎この位置関係ではそれも出来ない。

 当の私はというと、前もって彼女の正体を知っていたため、驚きは他の生徒達の半分くらいだったと思う。

「色々ナイーブな事情があったんです。ほんと申し訳ございません。もしよろしければ、その、変な奴だってはぶらないでくれると嬉しいです」

 そう言って彼女は再び頭を下げた。

 その後、最初こそ戸惑いを以て迎えられたものの、彼女は瞬く間に興味の対象となった。多少は好奇の目でこそ見られたものの、中傷の対象とはされなかった。

 腐っても進学校、安易に異質な存在に対して拒絶を示さないのは、これも教育の賜物なればこそか。

 そして裕子よ、君が言っていた刺激というやつが舞い降りたと思うのだが、君は少しは満足しただろうか。


       〇


 午睡の捗りそうなうららかな天気の元、午前中の座学も終わり昼休みになった。私はヒルデさんや千道さん、古月君を中庭に呼び出した。一連の事件が解決した以上は集まる明確な理由などないのであるが、なんとなく話したい気分だったのだ、今後の事とかを。

 最初に来たのは古月君であった。白のビニール袋を提げた古月君は到着するなり、いつもの大仏のような顔で中庭のベンチに腰掛けた。

「上原く、上原さんの件、びっくりしたね」

「ああ。しかし、見れば見る程に元菅原あさひとは思えないな。こうも差が出るものなのか」

 古月君が私を見ながら言うので、私は少し眉間に皺を寄せた。

「それってどういう事?」

「いや、他意は無い。済まなかった」

「冗談よ、冗談」

「そうか」

「ねえ、古月君」

「なんだ」

 古月君はビニール袋から取り出した牛乳パックにストローを指しながら言った。

「マテリアライザーだっけ、それは取り戻したんでしょう? やっぱり、もう帰っちゃうわけ?」

「いや、少しは帰ろうという気持ちもあったが、やはりこちらに滞在する事にした」

「ほう、そうなんだ。よく分かんないけどさ、それって問題ないの?」

「ああ、元々こちらには長期滞在するつもりで来たからな。言わば今回の事件は、俺にとっては只のきっかけだ」

 何が彼をそこまで駆り立てるのかは分からないが、私が時々明治時代や大正時代に行ってみたくなるのと同じ心情なのかもしれない。ノスタルジー? そんなものを彼が感じているのだとしたら。

 私は彼に少しだけ親近感を覚えた。

「あっ、そうだ。ねえ古月君」

「ん、なんだ」

「部活入ってないんでしょ。よかったらさ、文芸部に入らない?」

「文芸部?」

「そうそう。人数足りないらしくてさ、人集めしてるらしいんだ」

 何故私が文芸部の勧誘をしているのか。なんという事はない。それは単純に心境の変化があり、文芸部に籍を置く事にしたからだ。一応、休みの内に裕子と早御坂さんには連絡をしておいた。

「それは、時間を拘束されるものか」

「いいや、そんな事はないと思う。兼部する子がついでに入るくらいなんだから、だいぶ緩いかな。といっても、部誌作る時くらいは忙しくなるだろうけど」

「ふむ、そうか」

 古月君はストローでパックの中の牛乳をチューチュー吸いながら、ぼーっと先の方を見続ける。そして、徐に私の方を向いた。

「まあ、籍を置くだけなら構わない。ああ、それと部誌の手伝い位はするさ」

「おお、男前!」

 私は彼の背中を軽く叩いた。しかし、彼は、ああ、と相変わらず仏頂面のまま頷くだけであった。

 勿体ない、もう少し愛想良かったらモテるだろうに、そう思いつつも、この仏頂面が無くなったら彼のアイデンティティが喪失してしまう気がしたから、やはりこのままでいいと思った。

 ふと渡り廊下辺りを見やると、奥の方から千道さんとヒルデさんが一緒にやってくるのが見えた。


       〇


「千道さん、最初から知ってたって事?」

 挨拶も程々に、私は千道さんにこう問いかけた。

「さ、最初は何も知らなかったよ」

 慌てて千道さんは否定する。

「本当?」

「ほんとだって。ほら、学校のレプリカが作られた後に上原さんが来て、今回の騒ぎの真相を知らされたとって。私もその時思い出したよ、秘密基地の事」

「ああ、あの時ね」

 今思えば、一夜城の変が起きた当日の朝、千道さんは用事があると言っていた。あれはきっと森須さんと上原さんに会っていたのだろう。

「まあいいよ。千道さんは意地悪してやろうってやった事でもなし、もう過ぎた事だ」

 それに怒れる事でもないだろう。結局のところ、千道さんは私と森須さんの再会とやらを盛り上げるために一芝居打ってくれたに過ぎないのだから。

「えへへ、そう言ってくれると助かるばい」

「でも、ヒルデさんには謝りなさいな」

「いえ、あさひちゃんがいいなら私もいいわ。だって、なんだかんだで楽しかったもの」

 ヒルデさんは少しはしゃぐように言った。

「あれだけ暴れ回れるのって滅多にない事だったし、魔法を遠慮なく使えて発散出来たわ」

「はあ」

 遠慮なく、ね。ヒルデさんもやはり異国、異世界暮らしで多少は溜まってたんだろうか。

 何はともあれ街は壊れていないようだったし、良しとするべきか。

 これからどうするのかを二人に聞いたところ、どうやら二人共この高校に通い続けるらしい。千道さんはともかく、ヒルデさんは大丈夫なのであろうかと疑問に思ったが、「全然問題ないです。あちらの先生には伝えてあるので」との事だった。本人が言うのだから問題ないのだろう。最早詳しくは聞くまい。

「ところでさ」

 私はここぞとばかりに二人に文芸部への勧誘を持ちかけた。

 しかし私は何をやっているのだろうか。これから文芸部に熱を上げるわけでもないというのに。

 まあいいか、乗りかかった船というやつだ。恐らく誰も困りはしないのだから、最早構うまい。

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