4章・第4話 絢爛豪華一夜城③
門をくぐり石段を登るとそこは広場になっていた。広場は吹き抜けになっており、見上げれば遥か先に天井があった。
「安土城じゃん」
私は思わず呟いた。そう、城の内部はいつかの日に資料集で見た安土城内部を何処と無く想起させるものであったのだ。ただし、安土城を参考にはしているようでいて、大きさは参考にしなかったらしく、一回りか二回りこの天守閣の方が大きく感じられる。もっと的確に説明するとむしろ和風巨大ホテルのフロント、という表現が一番想起しやすいのかもしれない。
「余所でやりなさいよ」
私は顔の見えない首謀者に文句を垂れながら、広場の端にある階段の方へと足を踏み出そうとする。
しかし、階段へ至るには目の前にいるそれを無視する事は出来なかった。
それは武者姿の骸骨の群れであった。彼らは思い思いに動いていおり、ある者は巡回らしき事を、またある者は役目をさぼってるのかカタカタと骨を鳴らして談笑に耽っていた。いずれも武器らしき武器は携帯していない。
今度は妖怪か。
「もうなんでもありってわけ」
私は思わず苦笑いを浮かべる。
中庸という言葉があるように、何事もやり過ぎはよくはない。だから出鱈目にも限度があるだろうと私は思うのだ。なのに、そんなもの知らんとでも主張するかのようにやりたい放題だ。
骸骨武者達がこちらに気付いた。
「やばっ」
私は急いで階段へと走り出すが、待っていたとばかりに骸骨武者の一体が階段への道を塞いだ。
しまった、私は全速力で駆ける足に急ブレーキをかける。その様子を見ていた骸骨武者達はカタカタと軽い音を鳴らして笑う。
周りを見回した。他に階段らしきものは存在しない。つまり、上に行くための手段はこの吹き抜けの二階へと通じる階段のみ。
万事休すでは? 前には骸骨武者、周りも骸骨武者だらけ、そして徐々にその距離を詰められている。
いやよくやったじゃないか。そもそも私は普通の人間だ。確かにこれまでの人生、人よりは器用にものをこなしてきた。人に天才だとおだてられた事も何回もある。正直なところ、それに多少は得意になっている自分がいた事も覚えている。しかし、それも所詮は狭い世界の話だ。日本の地方都市の、その中のちっぽけな学校内その他周辺のコミュニティで成立していたに過ぎない。多少全能感を感じなかった事が無い訳ではない。だが、私は良く分かっているつもりだ。周囲から一目置かれようがそれは井の中の蛙、私も世界から見ればなんの変哲もない平凡な人間なんだという事を。私は偉人ではない。巴御前や板額御前のように勇猛果敢でもない。
故に、ここで打ち止めだとしても問題はあるまい。私は、なんといってもか弱い女の子なのだ。
その時、目の前の骸骨武者がカラカラと笑っているのを目にした。状況的に考えて、それは進退窮まった私を馬鹿にしているのだと思えた。
その事に、何故だか物凄く向かっ腹が立ってきた。何故こんなにまで笑われなくてはいけないのだ。私に何か笑いを誘うような落ち度でもあるというのか。
カタカタカタカタ。
「この」
へらへら笑ってんじゃねえ。
気が付くと私は自分でも驚く程の跳躍力で跳び、目の前の骸骨武者に飛び蹴りを喰らわしていた。
骸骨武者は唐突な事で反応しきれなかったのか、なんの抵抗もなくあっさりと後ろに倒れてしまった。
私はピクピクと動くその骸骨を踏んづけたまま、後ろを振り返る。さっきまでの威勢はどうしたのか、誰もが階段前で相手の出方を窺うようにたじろいでいた。
「皆この子みたいにボコボコにしてやろうか」
私はわざと意地の悪そうな声で言った。するとどうだろう、階段前で私を取り囲んでいた筈の集団は怯えるように私との距離を大きくしていった。何人かはその拍子にこけてしまったようで、ドスンという重い物体が地面にぶつかる音がした。
そのコミカルな様子を少しだけ眺めた後、私は得意顔を彼らに投げかけそのまま階段を駆け上がっていった。
〇
内と外とでは空間の認識に差異がある。外では思ったより大きくないと思っていた建物も、中に入れば意外と高く感じる事はよくある事だ。
この偽天守閣も外から見るより遥かに空間的な広がりを感じた。少し誇張表現に過ぎるかもしれないが、コンサートホールやドーム球場に入ったかのような感覚のそれと同じだ。
「もう」
上の階を目指して内周を巡る板張りの廊下を走っている途中、私はため息をつくように言った。何故なら、この偽天守閣は昇り階段と降り階段が反対方向に設置されており、一階ずつ昇るために廊下を渡って行かなければならなかったからだ。
つくづく入城者に優しくない構造をしていると思った。廊下の外側には畳の敷き詰められた部屋に趣向の凝らした屏風絵や書、甲冑らしきものが展示されていたが、こんなもの、お城好きのお爺さんやお婆さんは登りたいとも思わないだろう。こんなものは徒らに虚飾だけ大きくした張りぼてのアトラクションだ。まるで子供の夢だ。ニーズと噛み合っていない!
二階以上にも僅かばかりいた骸骨武者を躱しつつ、時にスライディングで転ばしたりしながら、私は二階、三階と着々と頂上へと向かっていった。
吹き抜け部分の最上階まで来た。ここは今までとは違い、邪魔をする骸骨武者はおらず、上へと続く階段は同じ所には見当たらなかった。私は辺りを見回して、ふと、ある部分に目がいった。
建物の中央部分、そこには今までの階には存在しなかった部屋があった。その部屋へは廊下の北側から黒塗りの橋で繋がっていたが、障子が閉じられているので中は伺いしれなかった。しかし、その部屋は天井と繋がっている事、そして他にそれらしきものが見当たらない事からその部屋の中に階段があるのは明白であった。
私はそこへ駆け寄り、真打ち登場とばかりに勢い障子を開く。
しかし、呆気に取られたのは私の方であった。九畳程の畳敷きに部屋の南側を占める床の間の空間、そこの片隅に仰向けに倒れていたのは森須さんであったからだ。
「森須さん!」
私が呼びかけると、森須さんが呻きながらゆっくりと起き上がる。
「ここは」
「ええと、城っていうか、天守閣の中ですよ」
「はい? 天守閣」
困惑するように顔を上げる。
「何も覚えていないんですか?」
「ええと、確か不審な人物を追ってお濠の城の公園まで行ったのですが、どうも誰かに気絶させられたみたいで、気が付いたらここでした」
「そうですか。それは災難ですね」
「ええ、全く。しかし天守閣とは、一体なんの事でしょうか? ここはひょっとして市外なんですか」
「いえ、お濠の城の中です」
「それはまた奇々怪々ですね。私の認識では、お濠の城に天守閣は無かった筈なのですが」
「今日出来たんですよ」
「はは、それではまるで一夜城ですね」
「信じられませんか?」
「いいえ、信じます。何せ学校の件もありますから」
森須さんは微笑む。全くもってなんという余裕だろうか。気取った態度が鼻に付くと思いながらも、この精神力に少しばかり尊敬を払わずにはいられない。
「ところであさひさん。貴方はここへ何をしに来たのですか?」
「ああ、ディオゲネス倶楽部って覚えてますよね」
「はい、それが一体」
「ここに、その首謀者がいます」
「成程」
森須さんは顎をさすりながら言った。
私はふと茶色の天井の方を見た。すると一部だけ妙に明るい色の箇所があった。
「どうしました?」
「上へ行く階段を探してるのですが、見つからなくて、それらしきものを探していました」
私はそう言ってさっき発見した色違いの天井を指差した。
「ああ、よく状況が分からないですが、屋上に繋がる階段があるのですね」
「はい。ここに首謀者がいない以上、上に上がる階段がないと可笑しいです。ほら、馬鹿と何とかは高い所を好むって言いますし。だから、絶対に一番上にいます」
「ふむ、しかしどうしたものか」
森須さんが腕を組んだその時、がこ、と天井から音がした。私が何事かと見上げると、先程の色違いの天井が出っ張り、そして、あれよあれよと上へと続く階段が降りてきた。
「どうやら、招待されているみたいですね」
「は、いい度胸じゃないの」
私は階段に足をかけようとして、ふと、森須さんの方を向いた。森須さんは私の視線に肩を竦める。
「すみません。ちょっと腰が痛くて、ここで少し休んでから後を追おうかなと思います。ここは危険ですか?」
「んにゃ、全然危険じゃないと思います。ああでも森須さん、帰らないんですか?」
「私にも五寸程度のプライドはありましてね。やられっぱなしというのもなんだか嫌なんです」
「同感です。じゃあ後から来てください。まあ私がしめた後の残り物になっちゃいますけど」
森須さんの苦笑を背に私は階段を駆け上がっていく。階段を登り切った先は全面金箔の襖絵で覆われた部屋であった。部屋の中心にこれ見よがしに四畳半の畳が敷いてあり、その
「安土城かよ」
私は天守閣に入った時と同じ感想を漏らしながら部屋の一点に目をやった。そこは扉が開け放たれており、外へと繋がっているようだった。私は部屋に誰も潜んでいない事を確かめ、その扉から外に出た。
「随分と高いな」
一方向という制限はあるものの、そこからの風景はまるで山の頂上からの眺めであった。
「こりゃいい、天下人になった気分……」
私ははっとして首を振った。冗談ではない。こんなパチモンに感嘆するなど、その良さを認めてしまったようなものではないか。
「馬鹿は高い所を好む、馬鹿は高い所を好む。よし」
私は呪文を唱えて不覚にも興奮してしまった心を落ち着かせ、建物の方に目をやった。どうやらここはタワーなどにあるような展望スペースの役割を果たしているようで、円状にぐるりと一周出来る構造のようだった。
恐らくここが最上階だが、何処かに屋上へ上がる階段があるだろうと私はその外周を歩く。そして、間もなく屋上へと至る階段を見つけた。
私は迷わずその階段を上り始めた。
その階段を登り切ると、そこは展望台のような場所であった。視界を遮るものはなく、外に目を向ければ市内の様子をぐるりと一望出来るが、その光景はやはり山から俯瞰したような壮観さがあった。
「さて、姿を隠してないでそろそろ出てきたらどうかな、黒幕さん」
私は展望台の中心辺りに立ちながら高らかに言った。
「ようこそ、菅原さん」
聞き覚えのある声がした。その声のした方向に私は反射的に目を向ける。そして、驚愕した。
「え、嘘」
私は目を疑った。それは、私の予想していた人物とは違っていたからだ。
「学校で会って以来だね、菅原さん、いや、菅原あさひ」
そこにちょこんと立っていたのは、上原言也であった。
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