4章・第3話 絢爛豪華一夜城②

 本来であればある筈のない天守閣を目指して、私達は走った。ふと見上げると、相変わらずその天守閣が威容な存在感を保ったままそこに建っている。千道さんは言った、『筑前通史』の記述は当てにならない通俗小説のようなものだと。それが示すことはつまり、天守閣の記述も空想のものだという事だ。そしてそれは、目の前の出鱈目な天守閣が証明していた。歴史的な建物というのは実際に見てみると意外にしょぼいもので、中学の修学旅行で京都に行った時、寺などを見ていて思っていたものと違うというギャップに内心がっかりしてしまった記憶があるが、このけったいな天守閣はどうだろう。頭の中に思い描いていたものをそのまま具現化してしまったかのようではないか。採算などといった世の世知辛さを無視したようなこの建物は、さながらゲームにでも出てくるような和風ファンタジーの城であった。

「ねえ、古月君」

 先頭を歩いていた私はふとある事に気が付いて立ち止まった。そこはすっかり葉桜となった桜の木と砂利道で構成された公園の遊歩道であった。

「なんだ?」

「ここってこんなに広かったっけ。なんかさっきから結構走ってる気がするんだけど」

「分からん。俺は前に一度しか来た事がない」

「そっか、そうだよね」

 そういえば彼は市内の人間どころか、地球人ですらなかった事を思い出した。

「しかし、確かに妙だな」

 そう言って古月君は立ち止まる。

「さっきから違う景色のようにも見えるが、異様な既視感がある」

「あ、やっぱそうだよね」

 私は周りを見回しながら答えた。そう、そうなのだ。違う景色なのに、同じ所を回っているかのような感覚がここにはある。

「これじゃまるで迷宮」

 私が呟くと、古月君はそうか、と一人納得する。

「あさひ。学校もどきに以前お前が閉じ込められた事は覚えているな」

「ええ。そりゃもう」

 忘れる訳がない。神隠しのようなあの体験を。

「同じ事だ。ここは部分的にあの学校もどきのような事をやっている」

「えっと、どういう事? ちょっともう理解が追い付かなくなってきた」

「つまりこういう事だ」

 そう言って古月君は地面に膝をつき、図を描いていく。

「ここは現実に存在する場所と、異界じみた場所が隣り合う空間として繋がっている。つまり、現実に存在する階段を上ったらそこは異界へと繋がっており、異界にある階段を上ればまた本来の空間に戻る、といった具合だ」

「だからやたら広い空間に感じるわけね」

「原理は良く分からんが、千道やヒルデのように超自然的な力でやっているのだろう。全くもって出鱈目だが、今は驚嘆している場合ではない。周りを見ろ」

「え?」

 古月君に言われて、私が周りを見回すと、そこには緑と黄色と青で彩られた火の玉がいくつも浮かんでいた。火の玉の中心辺りに二つのくりくりとした光る目玉があり、それはこちらへと視線を向けている。どうやら様子を窺っているらしい。

「なに、これ?」

「知らん。が、西洋の伝承にこんな魔物がいたな」

「ああ、確かウィルオウィスプ」

「そんな名前だ。しかし西洋となると、案外ヒルデのいた異世界とやらから連れて来たのかもしれん」

「ちょっと、やめてよそういうの。大丈夫なの?」

「何に対しての大丈夫かは分からんが、少なくとも奴らから悪意は感じない。恐らく、悪戯するくらいが関の山だろう」

「悪戯ねえ。スカート捲りとか?」

「ああ、時代的に少々古臭い感が否めないが案外そんなところかもしれん」

「まじか」

「幼稚そうだからな」

「勘弁して下さいよ。私スカートじゃないけど」

「なんにせよ、奴らに近付かれないようにする事だ」

 来たぞ、古月君は静かに言った。

 見ると、一匹のウィスプ――長いから略した――がこちら目掛けて突進してきた。

「こっちだ!」

 古月君はそう言って走り出した。

「ちょ、ちょっと古月君」

「兎に角走れ!」

 私は彼に導かれるままに砂利道を走る。向かう先には案内板があり、その横に「天守閣」と書かれた立て札があった。普通に考えるとそれは天守台に向かって進んでいる筈なのだが、果たしてこの捻れた空間ではそれが正解なのだろうか。

「うわっ」

 突然、視界の端を何かが掠めた。どうやらそれは、ウィスプであった。

「危ないなもう」

 火が肌に触れたような気がするが、特に熱さは感じなかった。炎は見せかけらしい。

「大丈夫か」

 古月君が振り返る。

「うん問題ない。さっさと行こう」


       〇


 天守閣と立て札に書かれていたが、その案内文に間違いはなかったらしい。私達が立て札の先にあるやたら長い階段を上ると、そこは天守閣入り口の広場であった。

「どうやら迷路はさっきので終了だったらしい」

「そうみたいだね。でも」

 お濠の城の中心にあるのは天守台だ。そこからの眺めはよく、確か市内の眺めを一望出来る場所だったと私は記憶している。ところが今はどうだ。天守台があった面影など欠片もなくなっており、代わりに天守がまるでここに建っていて当然だとばかりに高々と天高く聳えているではないか。折角の展望スポットをぶち壊して甚だ迷惑千万也。一刻も早くこの一夜城を叩き潰さねば。

「行こう、古月君」

「ああ、と言いたい所だが、どうやらそうはいかんらしい」

「え、なんで?」

 私は振り返って気付いた。

 何やら物々しい音が鳴っている。

「なんか、凄いやばい音が聞こえてきたけど、これってば私の気のせいかな」

「気のせいではない、事実だ」

 メタリックな音が鳴ったと思ったら、先程登ってきた下へと続く階段から金属質の手が伸びていた。

 大きい、最初にそれを見た私の感想がそれであった。あえて言うなら、人間を参考にしたらしい手。そして、その手の持ち主はぬっとその全容を覗かせた。

 かいつまんで言ってしまえば、それは機械、ロボットであった。旧約聖書に出てくるゴリアテ程の大きさはあるであろう人型のロボットがそこに立っていた。昔流行ったロボット生命体を彷彿とさせるそれは爛々と光る目でこちらの様子を窺っている。

「古月君、この子、貴方のお知り合い?」

「まさか。だが、マテリアライザーで作ったのかもしれんな。本来はこんなに馬鹿でかいものじゃなくてミニチュアを作るのが精一杯の筈だが、今はスフィアとやらがあるから、造作もないのだろう」

「成程成程。ってかこれ、やばくない?」

「だが危害を加える様子はなさそうだな。おそらくゲームなんだろう、捕まったら」

「ゲームオーバー?」

「そういう事だ」

「ああ、意味が不明で理解出来ない」

 私達を待ってくれているのか、ロボットはこちらの様子を窺ったまま何もする気配がない。

「難しく考えなくていい、要は場を盛り上げるための演出ってやつだ」

「ああ、余計な演出だよ。私を困らせたいだけなんじゃないの?」

「さあな、それは本人に会って聞け。それでだ、あさひ、俺がこいつを引きつける。お前は先に行け」

「え、でも」

 ロボットはそうこうしている内に私達との距離を詰めてくる。古月君は何処からか取り出した小型端末のようなものを取り出し、浮かび上がった画面を操作する。

 すると、ロボットに電流のようなものが走り、動きが鈍る。

「ここは俺に任せろ。こいつは絶対に天守の中に入れん」

「え、でも」

「行け、菅原あさひ!」

「ええいもう」

 どうとでもなれ! 私は湧き上がってくる疑問を全て押し退け、天守の中に駆けていった。

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