4章・第2話 絢爛豪華一夜城①

 昼の会合後、特にこれといった事件も起きず、私はヒルデさんに送られて自宅に帰り着いた。そういえば帰る途中、ヒルデさんがいつもより大人しかったような気がした。しおらしい態度、とでも言えばいいだろうか、既に帰る時分には曇天は引いており、空には夕焼け雲が浮かんでいた筈だったが、何かアンニュイになるような事でもあったのかもしれない。彼女にだって生活はあるだろう。何も、こんな他愛のない事のためだけに生活しているわけではないのだから、色々と考えているのかもしれない。将来の事とか。

「んー、っと」

 食事も終え、私は自室のベッドでくつろいでいた。具体的には家にあった本を積み上げてその上に檸檬を載せて遊んだりしていたのだが、なんといえばいいのか、これがまた虚しいのである。流石に数分も経つと馬鹿馬鹿しくなって飽きてしまった。

 本を本棚に片付け終えたくらいに、携帯電話が振動を始める。

 携帯電話を手に取り画面を見ると、それは古月君であった。

「もしもし」

『あさひか』

「どしたの? なんかあった?」

『ああ、何かあった』

「具体的には?」

 もう嫌な予感しかしないと思いながらも私は尋ねる。

『お濠の城だ。そこに異常が起きている』

 そらきた。予想外の出来事だ、ちくしょうめ。

『白状するとな、今日の夕刻頃からお濠の城周辺に監視装置を設置していたんだ』

「で、早速効果ありと」

『ああ。かいつまんで言うとお濠の城周辺で異常なエネルギー発生が観測された。犯人は間違いなくディオゲネス倶楽部という団体だろう』

「先手を打たれたってわけね。ああもう、学校の会話でも聞かれてたのかしら」

『分からん。兎も角、俺は今現地に向かっている。ヒルデや千道にも連絡したから恐らく今頃は向かっている事だろう』

「分かった。私も準備して行くよ」

「ああ、待っている」

 ああ、もう、タイムカプセルのあれはなんだったんだ。私は愚痴をこぼしながら、急いで部屋着から運動着へと着替え始めた。上はライトブルーのジャージ、下は黒のホットパンツの出で立ちとなった私は必要そうなものをウエストバッグに詰め込み、両親に見つからないようにこっそりと家を出た。


       〇


 自宅を出ること数十分、私は自転車を走らせて軽く息を弾ませながらようやく城の入り口へと到着した。横にはホットドッグと大々的に銘打たれたワゴンカーが停まっているが中に人の気配は無く、周辺に車や人の気配もない。

「来たか」

 訂正、正確には一人いた。ワゴンカートの陰に隠れるようにぬっと現れ出たのは古月君だった。カジュアルなワイシャツにスラックス姿だが、相変わらず様になっている。

「古月君」

「まあ、異常は見た通りだ」

 自転車から降りる私に、古月君は淡々と言った。

 古月君の言った通り、異常は誰に目にも明らかな位に異常に満ち満ちていた。

 城の上空にはオーロラのようなエメラルド色の光のカーテンが漂っており、本丸の方に目を転じれば、これもまた薄紫の光が立ち上っているではないか。そして、極めつけは天守閣である。本来天守台のあると思しき位置には、全長百メートルはゆうに超えるであろうバカでかい建築物が屹立していた。

「多少の予想はしてたけど、ほんと無茶苦茶だね。なんでこれで騒ぎにならないんだろう」

「何か小細工をしているんだろう。そして出来てしまったものは仕方がない。さて、一応聞いてみるがどうする、菅原あさひ」

「はん、んなもん決まってるよ。あの天守閣に乗り込んで首謀者をとっちめる。それ以外何かありまして?」

 私がそう言うと、古月君は微笑を浮かべながら「いや」とだけ返した。ふと私は思った。彼には腹を抱えて笑う事などあるのだろうか、と。一度見てみたいものだ。

「古月君。一旦自転車を停めてくるね」

「ああ」

 私は近くにある、駐輪場と思しき場所へと自転車を押して行く。駐輪場、といってもいくつか自転車が停まっているからそう判断しただけで、実際ほんとに駐輪場なのかは分からない。しかし、今は緊急事態かつ一時的に停めるだけなのだ。たといここが正規の駐輪場でなくとも今回ばかりは大目に見ていただきたいものだ。

 その時、私は背後から何かが迫ってきているのを感じた。私が振り向くと、そこにいたのは黒い羽を大きく羽ばたかせている鳥、否、

 それは千道さんなのであった。

「なっ」

 何故かは分からない。何故なのかも分からない。しかし彼女がどうやら私を標的としている事は理解出来た、が、あまりに唐突な出来事に私は反応出来なかった。

 やばっ。私は腕を前でクロスさせてその場で出来る精一杯の防御をした。

 勘弁してほしい。私は心の中で呟いた。

 それから数秒間が経過した。

「あれ」

 私は何も起きない事に戸惑い、瞑っていた目をゆっくりと開ける。

「大丈夫? あさひちゃん」

「ヒルデさん!」

 これぞ天の助けか、私の前に立っていたのはヒルデさんであった。彼女は目の前で結界のようなものを展開させており、それで千道さんを防いでいるようであった。

「あの、これは一体」

「そうね、これは本人に聞いてみた方がいいんじゃないかしら」

 そう言ってヒルデさんは向かい合っている千道さんをきっと睨み付けると、

「楓ちゃん、これはどういうつもり?」

と問いかけた。すると、千道さんはばつが悪そうにして口を開いた。

「ごめんなさい。裏切ったような形になった事は謝るよ。ほんとごめん。でも」

 千道さんは決意に漲った表情でこちらを見る。

「ディオゲネス倶楽部、あの二人から話を聞いたんだ。そうするとさ、私が裏切らないといけないなって思ったの」

「千道さん」

 なんとなく言いたい事は分かる。彼女も思い出したんだろう。しかし、なんだってそこまで肩を持ってやる必要があるんだ。もう昔の話だろう。

「……そう、分かりました。ならばこれ以上訳は聞きません」

 ヒルデさんがどんな表情をしているのか分からない。しかし、怒っているわけではない事はなんとなく察せられた。

 ヒルデさんが手をかざす。

「只、私も一歩も退かないから」

「分かっとる。お互い遠慮なしね」

 あれよあれよと言う間に一触即発状態である。異世界人エルフと天狗、魔法と神通力が引き起こす奇想天外な活劇に巻き込まれたら一般的な人間である私は洒落にならない。

「さあさあ。異世界人の力が一体どれくらいのものか、お手並拝見といきましょうか」

「望む所です。ですが、口火を切ったのはそっちの方ですから、後で負けても文句を言わないでね」

「へっ、言ってくれるじゃないの」

「ちょっと、ヒルデさん」

 ヒルデさんが振り返って笑った。

「ここは私に任せて、二人は先に行ってください」

「いや、でも!」

「残念ですが、ここであさひちゃんが出来る事はありません。それよりあさひちゃん。

 私ははっとした。そして、力強く頷いた。

「任せてよ!」

「行くぞ、あさひ」

「うん」

 後ろで響き始める豪快な音をバックに私は古月君の後を追って駆け出した。

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