四章 とんだ茶番だ馬鹿野郎

4章・第1話 なんて幼稚な陰謀

 秘密基地へ行った翌日の朝、私はいつものように気怠げに登校していた。昨日にも増してじめじめとした生暖かい熱気が肌に纏わり付いて微妙に不愉快である。

 横には自宅から付き添ってくれている千道さんがいた。昨日に引き続き私のボディガードだ。

「昨日はよく眠れた? ちゃんと疲れは取れたかな。栄養ドリンクあるけど」

 これは「おはよー」の次に出てきた千道さんの言葉だ。どうやらまだ私の心配をしてくれているらしく、健気なこの娘の姿勢は男子にさぞ好印象を与えるだろうな、などと彼女を見ながらぼんやりと考えた。

「ねえ、千道さん」

「はい?」

「千道さんはさ、私の家の近所にある裏山鳥居って分かる?」

「うーん」

 千道さんは腕を組んで唸る。しかし、脳内データベースに該当するものが無かったらしく、やがて首を横に降った。

「覚えてないなあ。どしたと? いきなり」

「ううん、なんでもない」

 覚えていない、か。まあ今更だ、この事を今蒸し返しても仕方があるまい。

「それよりさ、ディオゲネス倶楽部が何を起こそうとしているのか分かったよ。詳しくは昼話すけど」

「あーごめん。実は今日の昼用事があるったいね」

 そう言って千道さんは顔の前で手を合わせて少し頭を下げる。

「そっか。じゃあ今ここでかいつまんで話しておくね」

 そう言って私は彼女にディオゲネス倶楽部の目論見を話した。それを聞き終えた千道さんは「へえ、そういう事」と静かに頷く。

「多分、菅原さんの言う通りなんだろね。そっかそっか、それでお爺ちゃんのあれが必要なわけね」

「うん。ちょい無理くりな感じはするけど、筋は通るんだよね」

「まあでも、その無理くり感こそが説得力を出してる気がする。だって犯人って愉快犯的な人物でしょ?」

「まあね」

 それからは他愛のない話が続く。最近の美術部の様子や写真組にはどういう人間がいるのか、など。写真組とは同じ美術部だが、さほど交流があるとも言えないので、まるで別の部活の如く聞いてしまったのは仕方があるまい。

「あまり無理せんようにね。いざという時に体が動かないと元も子もないけん」

 教室の前で千道さんと別れる直前、千道さんは言った。


       〇


 朝の授業は滞りなく済んだ。個人的には今重大な局面を迎えているにも関わらず、相も変わらず世界は平和で、やっぱり何も起きないんじゃないかとさえ思えてくる。もっとも、その感覚を頼りに何も起きないと高をくくる程、私も間抜けではない。

「あさひちゃん」

 中庭に行くと、ヒルデさんは既に到着していた。微妙に曇っているせいか周りの風景までが陰鬱としているように感じるのに、その中でヒルデさんだけはその美しさを損なわず、むしろ一層その彩度というか、美しさを際立たせているように見えた。

「おはよーヒルデさん」

 一瞬挨拶に迷ってしまった私は彼女にそう言った。するとヒルデさんからは苦笑されながら「もう昼」と突っ込まれてしまった。

 程なく古月君もやって来た。出来れば千道さんも居てほしかったけれど、何か用事があるのなら仕方がない。

「ここに集まるのが恒例になってきましたね」

 ヒルデさんは三人が揃うなり言った。その顔は少し嬉しそうで、多分、彼女はほんのりとこの状況を楽しんでいるのだろうと考えられた。

「ははは、いっその事同好会でも作っちゃう?」

「いいわね、名前は何にします? 今のままマイクロフト同盟?」

「悪くはないけど、特にコンセプトが無いからね」

「世界を遍く愉快に導く菅原あさひの……いや、なんでもない」

 私が古月君の方を見ると、彼は咄嗟に顔を逸らしてお茶を濁すように咳をした。何処かで似たようなフレーズを聞いた事もあった気がするが忘れてしまった。

「それよりあさひ、本題に移ろう。お前が昼を食べる時間もあるだろう」

「あ、そっか」

 見れば、ヒルデさんはバスケットを持ってきており、古月君も学食で買ったおにぎりセットと牛乳があった。米に牛乳は相性が悪いのではないかと思ったが、これは彼の問題なので私は気にしない事にしよう。

「ディオゲネス倶楽部の目的が分かったわ」

「あさひちゃん、それは本当?」

「うん。単刀直入に言うわ。お濠の城よ」

「城?」

「そう、城。正確に言うと、天守閣。お濠の公園の近くに城があるじゃない。彼処でディオゲネス倶楽部は天守閣を生成するつもりなの」

「天守閣を生成?」「天守閣を生成するだと?」

 古月君とヒルデさんの二人の声がほぼ重なった。

「そう、狂言じゃない。どうやって作るのか、何故天守閣なのかを順に説明するわ。先ず一つ目、どうやって作るのか。これは前も話題になってたから分かってるかもだけど、貴方達から奪い取ったもので作る。つまりは」

「マテリアライザーと」

「スフィア、ですか?」

「そう。この二つさえあれば城を作るだけなら可能になる。何故ならスフィアは尽きぬエネルギーの源泉で、その無限のエネルギーを利用すればマテリアライザーで城を作る事も可能だろうからね」

「まあ、出来ない事はないだろう」

 古月君が私の説を後押しするように言った。

「でもこれだけじゃ肝心なものが足りてないんだよね。ヒルデさん、城を、っていうか建物を作るのに必要なのはなんだと思う?」

「ええと、蚤とハンマーといった大工道具と木材やレンガといった材料、とか?」

「ああ、それも大事だけど、それはマテリアライザーとスフィアで代用出来るんだ。というかごめん、言い方が悪かったね。ヒルデさん、建物は闇雲に作れないよね。漫画にでも出てくるような出鱈目な天才は必要としないかもしれないけど、普通、建物を作るためには指針が要る筈なんだ」

「あ、設計図」

「そう、それ! マテリアライザーとスフィアだけではなんのコンセプトもない城が出来上がっちゃう。だから、設計図が必要だったんだ」

「おい、あさひ。もしかしてその設計図というのは」

「そうだよ、古月君。『筑前通史』だ。この本は、千道さんの祖父が千年前からこの市内とその周辺の事を記載している、と言われてる。当然、お濠の城の事も書いてあるでしょう。なんだったら、図もあるかもしれない。だから、それを設計図に使う気なんだ、彼らは」

「そういう事ですね。方法については理解出来ました」

「じゃあ次は何故、理由の部分ね。それはね、これ」

 そう言って私は手に持っていたノートを示した。

「それって、何処かで」

「タイムカプセルだよ、ヒルデさん」

「たいむ、かぷせ、る」

 ヒルデさんは何かが引っかかっているかのように繰り返す。しかし、やがて諦めたかのように顔を上げる。

「とても頭に引っかかる。もう少しで思い出せそうなのだけど」

「まあ無理しなくてもいいよ。多分それは、問題解決には直結しない筈だから。んで話を戻すけど、つい先日、怪文書にタイムマシンってあったよね。その答えがこれなわけ」

「あさひちゃん。悪いけどなんの変哲もないキャンバスノートに見えるわ。それに、タイムマシンとタイムカプセルは違うものでは?」

「後者についてはそだね。でもね、怪文書にはこうあったよ。『埋もれた思い出の中に答えがある』ってね。これはつまり、タイムカプセルの事を指していると考えられる。要するに間違えたんだよ、奴らは」

「そうねー。後者は合っていたとして、前者はどうかしら。本当に、只のキャンパスノートにしか見えないけど」

「うん、これ自体は只のキャンバスノートだよ。でも、内容の方が大事なんだ」

「内容?」

「そう。内容の九割方は他愛のない事なんだけど、最後の方に私達が昔書いた夢が書かれてるんだ」

 そう言って私はノートの最後のページを開き、最後にある文字列を示した。

「おしろをつくろう?」

「昔ね、ひろ、父にお濠の城に連れて行ってもらった事があるの。その時、なんでここには天守閣が無いんだろうって子供ながらに思ったのよ。ほら、小さい時なんて単純だからさ、天守閣が無い理由なんて深く考えないわけよ。で、私その時思ったの。天守閣が無いお城なんて王様のいない王国みたいだって。それを当時一緒に秘密基地を作ってた友達に話したら思いの外盛り上がっちゃってさ。ないならいつか作ろうって話になって、いつしかそれがその秘密基地に集まった子供達の共通目標になったの」

「あさひちゃん」

「脱線してごめん。私が言いたいのはつまり、ディオゲネス倶楽部はこのノートの関係者で、それ故に天守閣を作るのだという馬鹿げた共通目標を本気で実現しようとしている阿呆なんだってこと。そのために異世界にも、宇宙にも行ったんだ」

「じゃああさひちゃん。犯人は」

「そう。一緒に秘密基地を作った子って事になる。ある意味かつての同志ってわけね。でも、そんなの関係ない。私は全力でその子を止める。ねえ、二人共。明日は土曜、つまり休日よね?」

「そうだけど、それが何か?」

「時間の拘束を受けないって事。だから私ね、明日の朝からお濠の城で張り込んで企みを頓挫させてやるつもりなの。やるなら朝から準備するかもしれないからね」

「ふむ、少し無粋な気もするが」

「む、古月君。もしかして相手の肩を持つの?」

「いや、そんなつもりはないが、正々堂々と企みを受けて立つのも悪くはないかとも思ってな」

「私もそうかも。折角だから、見てみたい気もするし」

「シャラップ。甘い、甘すぎるよ二人共。確かに事が終われば貴方達二人が持ち去られたものは返ってくるかもしれないけど、あいつらにしてやられたままになる。それでいいの? 悔しくないの? 悔しいじゃん。やられたらやり返せだ。左の頬をぶたれたら右の頬を差し出せ? 馬鹿言ってんじゃないの。左の頬をぶたれたらね、右の頬を倍返しでぶっ叩いてやれっての。私は、一人でもやる!」

 我ながら熱くなったと思うが、ここまでして大々的に売られた喧嘩は買わないわけにはいかない。買わねば女が廃るというものだ。私の馬鹿げた熱弁にヒルデさんはぷっと吹き出す。

「ええと、なんかおかしな事言ったかな」

「いいえ、いいと思う。あさひちゃん。そういう一面もあるのね」

「まあね。私は只の良い子ちゃんじゃないのよ。で、二人はどうする?」

「協力するわ。楽しそうだし。古月君は?」

「異論はない」

「よし、決まりね」

 私は決意を胸にみなぎらせながら言った。


 そうだ。このままやられっぱなしのままでいいわけがない。やられたらやり返さなければならない。

 しかし、私はどうやら詰めが甘かったらしい。

 というか、もっと人の挙動に敏感になるべきだったのだ。


 何せ私の行動は、全部奴らには筒抜けだったのだから。

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