3章・第6話 幼年の日の思い出②

 ディオゲネスなんとかはタイムマシンと言った。しかし多分、彼らはタイムマシンをタイムカプセルと間違えたのだろう。根拠は簡単だ。「埋もれた思い出の中に答えがある」という怪文書の文章。これが、そのままタイムカプセルの意味と一致するからだ。

 何人構成の組織か知らないけど、彼女、あるいは彼女らはきっと間抜けなのだろう。だからこんな初歩的なミスをする。

 そういうわけで、私はタイムカプセルの回収をする事にした。行動はなるべく早い方がいい。それが面倒な事なら尚更だ。私は両親の目を盗んで懐中電灯を持ち、スコップや軍手をスーパーの袋に放り込んで自宅のドアを開けた。服装は部屋着のままで白シャツに黒の短パンだが、まあ近場であるしこれでいいだろう。外へ出ると、私は街の角を一つ曲がった。

「おお、早いね」

 私の声に振り向く人影。そこにはポロシャツにスラックス姿の古月君が立っていた。そう、私は次のボディーガードをやってくれる予定の古月君に連絡をしていたのだ。しかしその姿は様になっていて、その落ち着き具合と相まっていて子持ちのお父さんと言っても違和感がない程である。

「まあ、偶々近くを通りかかっていたからな」

「そっか。でも悪いね。こんな遅くに」

「構わん。お前がこんな時間に呼び出すという事は、例の件について何か進展があったという事だろう」

「察しがいいね。その通り」

「それで、具体的には?」

「例のタイムマシンの事が分かったよ」

 私は怪文書にかかれていたタイムマシンはタイムカプセルの間違いだということ、その根拠、そして、タイムカプセルの在り処を古月君に伝えた。

「ふむ、筋は通っているように思える」

「でしょ」

「そういえば、ヒルデや千道はどうしたんだ?」

「二人は呼んでないよ。送り迎えボディガードしてもらったからね。流石に申し訳ない」

「そうか」

「それとも古月君、そんなにガタイいいのに、女の子一人守れないのかね?」

 半ば冗談めいた口調で言ってみる。すると、古月君は本気に受け取ったのか、

「まさか、見くびるな。あさひ、お前の一人や二人くらい、全力で守ってやる」

と真顔で返してきた。

「お、おう。頼りにしてるけんね」

 私は凄みに圧倒され、思わず使い慣れない博多弁らしきものを語尾に付けてしまった。


       〇


 今となっては近所周辺の小高い山や林などなんの面白味もない場所であるが、幼い頃はそんな近場を探索するのでさえ冒険だった。冒険といってもただ探索するだけではつまらない。実際そんな所を探したところで海賊が残した財宝などがあるわけではないからである。だから私は毎度友達と設定を考えて遊ぶ事が多かった。選ばれし勇者の剣や魔法を駆使して立ちはだかる魔物を倒し、捕まってたお姫様を救出する、などといった幼稚な寸劇を即興でやったりしていたのだ。

「ああ、そうだった」

 なんとなく記憶が蘇ってきた。裏山の片隅に築いた秘密基地もそんなおままごとの延長で作ったものだった気がする。悪のプロフェッサーの企みを阻止するための秘密組織、通称「K機関」の基地。当時秘密基地で一緒に遊んでいた仲間達も気に入っていたのか、その遊びはしばらく続いていた気がする。そういえば彼処は立ち並ぶ鳥居が有名で小さいながらも神社があるのだが、何故か秘密基地について神主さんに怒られた事は無かった気がする。ひょっとしたら、ちゃんと参拝を欠かさなかった代わりに、黙認されていたのかもしれない。

 そんな事を考えている内に裏山に着いてしまった。昔はここまで来るのも少しの冒険だった筈なのに、今なってはちょっと思い立ったら考え事をしている内に着いてしまうものになってしまったらしい。幼い頃と比べて見える世界、見ている世界は広がったが、それと反比例するかのように身の回りの世界は縮んでしまったのか。私は柄にもなく少しだけ寂しくなってしまった。

「こっちよ」

 私は古月君を伴って、ひろしから渡された地図を見ながら急勾配の坂を登っていく。裏山を登るには神社の境内へと至る階段があるのだが、そんな所を堂々と登っていっては秘密基地感がない。だからあえて裏にある坂道から裏山に登る事が多かった。今回はそんな必要もなかったが、裏から登った方が幾分か近い事、また、昔の気分に少し浸ってみたかった事から、この阿呆なルートを突き進む事にした。古月君には申し訳ないが、今少しだけ付き合ってもらわねばならない。

 生暖かい風邪が木々の間を縫うように度々吹いてきて、辺りに散らばっている落ち葉や小枝を踏む度に音が鳴る。ライトで周りを照らしてみるが、特に誰かが日常的に出入りしているような痕跡などはないようだった。

 今の子供達はこんな所で遊んだりはしないのだろうか、そんな事を私はふと思った。

「ま、不毛な時間の使い方だもんね」

 古月君に聞こえないように一人私は呟き、苦笑した。しかし、何故昔の私はあんなに男の子の好むような遊びに興じていたのだろうか。家でおままごとやお人形遊びなどした記憶もない。オシャレ? はて、母から身だしなみについては教育されたが、オシャレはどうだったか。

 微妙に生暖かい風が頬に当たる。そういえば夜の裏山は初めてな気がするが、陽の落ちきった夜というのは本当に異界じみていると思う。加えて街灯の当たらないこういう風景を見ていると、本当に妖怪のようなものがいるんじゃないかと思えて来るし、近世以前の人間が妖怪を想像するのも納得だと思った。もっとも、天狗に関しては本当にいて、しかも真っ昼間から呑気に学校に通っていたのであるが。

 頂上前で道を反れ、脇道のなだらかな斜面を歩く事数分。雑草と木々が点々と生えているちょっとした広場に出てきた。

「ここが目的地か」

「うん」

 私は辺りを見回す。一方はなだらかな登りの坂道の先に岩壁があった。多分、この岩壁の向こうには神社があるのだろう。もう一方の方を見ると、明かりで満たされた街の風景が眼前に広がっていた。

「ああ、そうだ」

 確か、ダンボールやビニールシート、トタン屋根の残骸やガムテープなどを使ってチープな秘密基地をかつてここに築いていた。いつかの日に解体してしまって今はもう見る影もないが、ここに埋めたのだ、タイムカプセルを。

 しかし、具体的にどの辺りに埋めただろうとライトで辺りを照らしていると、一点、掘り返されたような場所があった。

「誰か来たのかな」

 そういえば十年後に取りに来ようとか約束していた割に、何日に取りに行くんだか碌に取り決めていなかった。今更疎遠になったかつての仲間達に連絡を取ったところでタイムカプセルの事なんか忘れているかもしれないと考えると、一人でこっそりタイムカプセルを回収しに来た者がいても可笑しくはない。

 私は持ってきていたショベルで赤茶の土がむき出しになっている箇所を掘っていく。そして一分もしない内に硬いものにショベルの先端が触れた。私は軍手をして土をかき分けていくと、そこから薄い光沢を放つ長方形の物体が顔を覗かせていた。

「あった」

 私は思わず呟いた。誰も持ち出したりしなければそれはあるに決まっているが、実際あると感慨深い。タイムカプセルとは名ばかりなその金属の菓子箱を私は恐る恐る開ける。

 そこにあったのは、只一冊の自由帳であった。

「あらら」

 箱の中身が示している事はつまり、他の皆は既に過去の遺物を取り出しており、私が最後であったという事だ。

「悲しいね、かつての友情とやらは何処へやら」

 一人や二人は考えていたが、全員とは。時の経過による友情の風化を嘆きつつ、私は懐中電灯を当てながら自由帳を開いた。

 内容は他愛の無い事ばかりだ。おままごとの冒険日記だとか、新しい遊びのルールだとか、如何にも幼い子供が思い付きそうなもので埋め尽くされている。

「なんじゃこりゃ」

 最後のページを見ると、「108つのじつげんしたいこと」などと書かれていた。何故百八なのか当時の自分に疑問を抱きつつ、視線を下にずらしていく。


   こうえんをさくらやもみじやゆきでいっぱいにしたい

   ちょうのうりょくをみにつけてちきゅうのへいわをまもる

   まほうをれんしゅうしてまちのへいわをまもる

   空をりっぱにとべるようになる

   みんなといっしょにいたい

   おしろをつくろう


 ページ数から当然推測出来ていたが、百八個には到底及ばぬ量の願いであった。もちろん、本当にそんなに願い事があって百八などと書いたわけではなく、ただ勢いで書いただけであろうが。

「あれ」

 裏表紙裏に当たる部分、そこに何かが書き込まれていた。


   僕は楽しかった。

   そして私は決して忘れなどしなかった。


   三日後だ。

   皆の願いが実現する時。


 これが最近書かれたものだという事は推論するまでもないだろう。そして、丁寧に日付まで書かれていた。

 これが追記されたのは昨日。つまり、二日後に事を起こそうとしているのだ。ディオゲネス倶楽部なる団体は。

 そして、私は思い出した。その願いが意味するところを。

「どうだった?」

 私の様子を察したらしい古月君が言った。私は振り返る。

「うん、色々分かったよ。二度手間になるから、明日皆集めてからはまとめて話すね」

「ああ、分かった」

「さ、もう用は済んだ。行こう、古月君」

 そう言って私は歩き出そうとしたが、古月君は大地に根が張ったようにそこに突っ立っていた。

「どうしたの?」

「いや、すまん。ほんの少しだけいいから、ここにいたいんだ」

 珍しく古月君が駄々をこねたので、私は少し驚いてしまった。

「駄目、か?」

「別にいいわよ。私も付き合ってあげる」

「そうか、ありがとう」

 少しの間、静寂が流れた。風が過ぎ去ったのを契機にふと、私は口を開く。

「この辺りって昔ね、神隠しの話とかあったんだって。それで、ここは異界に繋がってるんじゃないかって言われてたのよ」

「ほお、そうなのか」

「うん。異界なんてよく分からないけど、案外、ヒルデさんのいた異世界とかに繋がってたんじゃないかしら」

「ああ、そういう事か。だから迷い込んだのかもしれないな。だがそれはまた、難儀な場所だな」

「確かにそうね。でも、夢はあるわね」

「そうだな」

「ねえ、古月君」

「なんだ?」

「……懐かしい?」

「ああ。懐かしいよ。これは、ヒルデと千道も連れてくるべきだったか。後はあいつも」

 その言葉を聞いて、私ははっとした。ああ、そうか、じゃあ古月君も。

「じゃあ、今度皆で来ようか」

「そうだな、それがいい」

 古月君は眼下の街を見下ろしながら言った。それから少しの間の後、彼はポツリと呟いた。

「結局、夢は叶わなかったな」

 その声に、少しだけ悔しさを感じるような声が混じっていたのは、私の思い込みだろうか。

 再び風が吹いてきた。

 相変わらず、風は湿気を孕んでいた。

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