3章・第4話 学校の階段③
森須さんは学校もどきから抜け出すと、用事があるという事で止める間もなく帰ってしまった。突然の事で私はぽかんとしてしまったが、まあこれで良かったのかもしれない。ディオゲネス倶楽部の狙いは私だというのだから、もう森須さんが巻き込まれる事もあるまい。
「あさひちゃん、さっきの人は?」
しかし、三人はやはり彼の事が気になるのだろう。
「ん、ああ、森須さんって人。二年生の先輩だよ」
私が言うと、ヒルデさんは口に手を当てて何か思案に耽る。
「どしたの?」
「いえ、なんでもありません」
はっとしたようにヒルデさんは返事をした。
「ところであさひちゃん。中で何があったのでしょうか?」
「んー、なんといえばいいのかな。閉じ込められはしたけど、何か変な事があるわけじゃなかったし」
「そうなん? なんか人面犬が歩いてたり、人体模型が動いてたりモナリザが動き出したりみたいな事起きてないと?」
「いや、んなもん起きなかったよ」
起きたら困る。私は普通の人間なんだ。ついでに言えば同行していた森須さんも一応普通の人間なのだ。そんな貧弱な二人で一体どうすればいいというのだ。
「起きた事と言えばね、私そっくりさんの女の子がいたって位」
「あさひちゃんそっくりの女の子?」
「そう。結局逃げられたから何者かは分からなかったけど、こんなものを落としていった」
そう言って、私は紙切れを取り出して三人に見せた。
「タイムマシン、ですか?」
ヒルデさんは紙切れを見ながら言った。
「うん。タイムマシンって言われても正直なんの事やら。古月君、分かる?」
問われるが、古月君は首を振る。
「さて、タイムマシンと言われてもな。只言えるのは、俺から盗んだもの、マテリアライザーでは時間旅行は不可能だという事だ」
「うーん。そっか」
「菅原あさひ。その怪文書に書かれているタイムマシンというものはものの喩えか何かじゃないのか?」
「喩え?」
「ああ。と言っても、すまん、理由があって言ったというより、俺の只の直感なんだが」
「まあ、そっちの方が自然なのかな」
タイムマシンなんてものまで実現されていたら、
「時をかけるなんとやら、か。好きなんだけどね」
「ん、何か言ったか、あさひ」
「んにゃ、なんでもない」
その後、色々と情報交換をして解散となった。分かった事と言えば、この学校もどきが出来たのは放課後である事、やはり森須さんと私以外に巻き込まれた人はいない事など、核心からは遠そうなものばかりであった。
私は帰りをヒルデさんの付き添いで帰る事になった。無いとは思うが、また同じような目に遭うのを防ぐためであった。
「そういやさ、ヒルデさん」
「はい?」
「ヒルデさんはなんで高校に通ってるの? 別にこっちの学校なんか行かなくたって将来になんの影響も無さそうだけど」
「んー、そうね。貴重な経験になるから、かな」
「ん? 高校生活が貴重な経験?」
「うん。あさひちゃんの言った通り無理して通う必要は無かったわ。でも私は、こちらへの滞在を只の観光にはしたくなかった。この世界に特有な、特別なものを体験してみたかった。そこで、折角日本に行くのならと高校生活を楽しもうって思ったの」
「折角って、それがまたどうして高校生活なの?」
「高校生活はこの国の特別だと感じたからよ。んー、なんと表現するべきか、ノスタルジーとか、青春、とか、かしら。この国では高校生活というものがある意味で神聖的というか、とりわけ特別な価値を持っているように思えるわ。ほら、高校生活を描いた日本のドラマや漫画、アニメ、文学などの作品は数え切れないよね」
「まあ確かにね。高校生活が全てと言わんばかりに一杯ある」
「だから、私も高校生活がどんなものなのか経験してみたかったの」
「実際どうだった?」
「そうね。それは秘密って事で」
そうやってヒルデさんは口に人差し指を当てて、ウインクをする。秘密、と言われても。
「あ、でも今起きてる一連の事件は楽しいかも」
「おいおい、それ本気で言ってる?」
「大真面目で言ってる。だってアニメみたいじゃない。勿論、スフィアは取り返さなきゃいけないけど、それはそれで、これはこれなの。あさひちゃんは、その、ちっとも楽しくなかった?」
「ちっともってわけでは……ううん、そんな事ない。楽しむなら事前に同意を取るべきよ。勝手に人の物取り出して勝手に巻き込んでそれはないわ」
「確かに勝手に人の物を泥棒するのは良くないわね。もしそれが悪事に使われるようなら私はもっと全力で犯人を捕まえにいったと思う。でも、犯人からはなんの悪意を感じません。なら、こんな馬鹿げた事は精々楽しんだ方が人生にとって有意義よ」
気の所為か、それは先程の森須さんと毛色の似た回答のような気がした。
「なんて前向きなんだ。ヒルデさんは人生楽しんでるねえ」
「何事も捉え方次第ね。故郷の私の先生がこんな事言ってたわ。世界を認識しているのはあくまで自分なんだ。だから、世界は悪いものだって思えば世界は悪く見えるし、世界は良いものだって思えば自ずと世界はそう見えてくる。要は本人が世界をどう見るかって事。仏教辺りにも似たような考えが会った気がするけど、違ったかしら」
「さあ、どうだったかな」
ヒルデさんは静かに夜空を見上げる。
「あさひちゃんは高校生活、楽しい?」
「まあ、それなりに」
「そう、それなら良かった」
ヒルデさんは笑みを浮かべる。相変わらずこの世ならざる素晴らしさだと思ったが、同時に、私は彼女の問いを反芻している自分に気が付いた。
高校生活、楽しい?
ああ無論だとも。創作のように劇的である必要などない。ささやかながらもそれなりに楽しめればいいのだ。現実なんてそんなものだろう。描かれる高校生活なんてものは、大人達が勝手に美化して夢想しているだけか、あるいは送れなかった高校生活への憧憬を映し出したものに過ぎないのだ。それに振り回されて、阿呆みたいに踊り狂う事もあるまい。
私は、この彩度の低い生活に慣れているんだ。殊更それに絵の具をぶっかけるような事はしないでもいい。
そんなものは、余計なお節介だ。馬鹿野郎。
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