2章・第7話 故郷からXXXXX光年②
私が古月君に連れられて来たのは近くにある個室のお店だった。個室に通されるとテーブルにガスコンロが置かれていたので、どうやらすき焼きやモツ鍋系の鍋もののお店らしい。鍋といえば確か冬の筈だが、季節感に合わないこの店を選択したのは、単に個室があるからなのだろうと私は思った。
「それで、私に話というのは」
私はしきりに辺りを見回しながら言った。上手く表現出来ないが格式のありそうな内装だったので、どうも落ち着かなかったからだ。
「ん、ああ。話というのは――」
「ああ、ちょっと待って。分かってるよ、一目惚れってやつでしょ。君は結構だいた――」
「済まない。そういうつもりで誘ったわけじゃなかったんだ。勘違いさせてしまったのなら謝る。許してくれ」
「ああいや、別に気にしてないから。緊張をほぐすために言ってみただけ」
来て早々にいたたまれない気持ちになってしまった。穴があったら入りたいと思ったが、穴に入ったところでこういった羞恥が解消されないと思うのは私だけか。
「じゃあ改めて聞くけど、私になんの用?」
「ああ、これを見てほしい」
そう言って、古月君は学生鞄から紙を取り出した。
意外と言うべきか、やはりと言うべきか、それはキャンパスノートであった。
マテリアライザーはいただいた
こんなものも使い方次第だ
せくすりばーす
菅原あさひ
ディオゲネス倶楽部より
「ねえ、古月君。これから中々変な質問するんだけど、いいかな?」
「ああ、構わない」
「古月君ってさ、異世界人? それとも、妖怪?」
私は恐る恐る言った。多分古月君もその類なのだろうというのは確信に近いと思っていたが、こういう事を直球勝負で聞くのはやはり緊張するものだ。
しかし、古月君は私のその問いに首を振った。
「いいや、どちらでもない」
「あ、そうなんだ」
言わなきゃよかった、と私は内心後悔した。しかし、その後悔は次の古月君のアクションで一瞬にして吹き飛んだ。
古月君は徐に人差し指を天井に向けてこう言った。
「俺はソラから来た」
「はい?」
「済まない、分かりづらかったな。ソラとは宇宙の事だ」
「ああ、成程」
そうして間もなく私は気付いた。宇宙から来た男。
「つまり古月君、貴方は」
「俗に言う、宇宙人というやつだ」
変化球を打たれた気分だった。異世界人、妖怪とどちらかと言えばファンタジーや伝奇寄りな存在が出てきたものだから、古月君もそれらに類する人なのかと思っていた。しかし彼の回答はどうだ。彼が宇宙人だとそれはまるっきりサイエンス・フィクション、SFではないか。しかし、超広義的に捉えてしまえばSFはファンタジーの一種とも言えるし、ファンタジーはSFの一種とも言えなくもない気がする。
「それで、貴方の目的は? まさか古典的に地球侵略の偵察とか」
「まさか。そんな事は空から猫が降ってきても有り得ない」
「じゃあ一体」
「ああ、ちょっとしたアーティファクトを盗まれてしまった。俺達には高価な日用品レベルだが、こっちではオーバー・テクノロジーだから、ん、待て、菅原あさひ、お前、俺の話を信じるのか?」
「何を今更。信じてないならもっと早い段階で君を詰問している」
「ああ、成程。お前は何処かで俺みたいな奴と会ったんだな」
「まあそんなとこ。毛色は違うけどね」
「そうか」
「いいよ、続けて」
「ああ。それで、盗まれてしまったのはマテリアライザーという代物だ」
「さっきの怪文書にあったやつ?」
「ああ、機能は名前が示す通りのままで、物を作り出す装置だ」
「ああとつまり、材料を元にスプーンやフォークを誰でも作ったり出来るって事?」
「いや、誰でも作れるは合っているが、材料はいらん」
「材料は要らない? じゃあどうやって作るのさ。まさか無から作るわけじゃあるまいし」
「無から作るのではない、エネルギーを使う」
「エネルギー?」
「そうだ。マテリアライザーが内に溜め込んでいるエネルギーを変換して作り出すんだ」
「はあ。それはまた、オーバー・テクノロジーだね」
詳しくは知らないが、鉛一グラムを作るのだって途方もないエネルギーが必要な筈だ。そう考えると、そんな事をしでかせる文明は相当にやばいものではないだろうか。理論的に提唱されてるというダークマターとか、はたまたまだ発見されていない未知のエネルギーや粒子とか、そういうものを活用する技術があるのかもしれない。
「ってか、ちょっと待って。そんな先進的な貴方達だけど、こんな後進的な地球に住んでる未開人如きにまんまとしてやられたって事?」
「俺は別に後進的だとも未開人だとも思っていない。俺自身はこの地球に住んでる普通の人間と大差はない。菅原あさひ、お前は、鎌倉時代や弥生時代の人間を自分達より一層劣った人間だと見るか?」
「まさか」
「そういう事だ。話を逸らしてしまったが、地球人、いや、日本人にしてやられたというのは事実だ」
「そりゃ凄いな日本人。でもその日本人は普通の人間じゃないでしょ」
この目の前の宇宙人がどの惑星だか衛星だかコロニーだか恒星だかに住んでるか知らないが、地球人類はその叡智を結集して月に行くのがやっとなのだ。その限界を無視して別の知性体が住んでる惑星にお邪魔するなど、それはもう普通の人間ではないという事だ。それこそ、神様でもない限り。
「ああ、この惑星の文明の技術では別の惑星に行く事がままならんのは分かっている。だから普通の人間ではないのだろう。しかし、何者かまでは掴みきれてはいない」
「まじで、宇宙人なのに」
「宇宙人は万能ではない。万能であれば、そもそもマテリアライザーを盗まれてはいないし、それを取り戻すために俺がここには来てはいない。いや、来てはいたかもしれんのか?」
「え、来てはいた?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。ちなみにもう一つ、お前に用があった」
「何?」
同じ様なやり取りが三度目だ。流石の私でも、この次に彼が何を言うのか察しがつくというもの。その台詞はずばりこうだ、
「お前に呼ばれたんだ」「私に呼ばれたから」
古月君は目を見開いた。続けて「何故?」と私に問いかけた。
「これも前に同じような事があったんだ。でもね、私は続けてこんな感じで返した。私じゃない、って」
「そうか、成程」
そう言って古月君が考え込む内に鍋が運ばれてきた。それは水炊きであった。当たり前だが、店員は私達の事などお構いなしに具を入れる順番だのといった説明をしてから個室を後にした。そういえば、来て早々古月君が頼んだから頼まれたメニューを碌に見ていないのだが、ここは中々値が張るのではなかろうか。私は一介の高校生なので懐がそんなに豊かなわけではない。故に値段に関して気になるところである。
すると、その事を察したのか、古月君は「ああ、ここは俺の奢りだから、もっと食べたいなら頼んでくれて構わない」と言ってくれた。私はそんな彼を拝むのに吝かではなかったが、そんな事をしたところで彼は困惑するだけだろう。まさか転校一日目の転校生に借りを作ってしまうとは。
「菅原あさひ、お前はこの、ディオゲネス倶楽部に心当たりは?」
間もなく作るであろう彼への借りを少しでも返しておこうと鍋に具材を入れて煮込み始めた私に、古月君は顔を上げて言った。
「いいや、ないない」
「そうか、では、お前によく似た者がお前の周りにいたりしないか?」
「似てるといえば、まあ敢えて言うなら飛木明子って隣クラスの子が似てるかね。あくまで私の主観に過ぎないけれど」
決して自慢ではないのだが、私と同じく成績は良好で、運動神経もよい。審美眼の程は定かではないが、恐らく私とどっこいどっこいではないのだろうか。只一点、異なる点があり、あちらは能動的でクラスの中心になってそうな子である事。反対に私は人間関係において受動的で教室の日陰で茶を
そこまで考えて、私はそれがとんでもない勘違いである事に気が付いた。
「いや、ごめん。やっぱり今のはなし。自意識過剰過ぎた」
考えてみると本質的に似ていない。成績や身体能力など単なる表面的な情報ではないか。只その一点の相違点こそ、私と飛木さんが決定的に異なる人間だという証明だ。
「探せばいるかもだけど、今んとこ該当する人いないわ」
「そうか、困ったな」
「犯人探しの事? でも何で私に似ている人間なの?」
「ああ。質問の意図はこうだ。つまり、お前の名を語るくらいなのだから、お前に何かしらの憧れがあるのではないか、と」
「はあ」
そういう考え方もあるのか。
「でもそれがどうして、犯人が私と似ている人間に繋がるかな」
「そう焦るな。憧れという感情について、次に湧き上がる感情は一般的にそれになりたいという願望だ。で、菅原あさひに憧れたその犯人はお前のようになるために仕草や容姿、趣味などのメッキを自身に貼り付ける。普通そんな憧れは些細な程度に収まる筈だが、その犯人はそんな事はなく、ついに」
「私の名を語り始めた」
「という事だ。とはいえ、これは俺が勝手に推測したに過ぎん、反論されると些か答えに窮する程度の机上の空論に近いものだが、特に手がかりもないのでな。犯人がお前でない以上、お前に似た奴かもしれんという藁のような理論に
「はー、成程ね」
「俺は探偵ではないからな、犯人を特定するだけの頭は持ち合わせてはいない。俺としては、菅原あさひ、お前に期待している。クラスメイトから聞く限り、お前は聡明だというからな」
「は、はあ」
「無論、俺も協力出来る事はする。とは言っても、あまり過度な期待はしないでくれ。さっきも言ったが俺自身は普通の人間と大差ない上、持って来たアーティファクトも数点だけだからな」
「……ちなみにそのアーティファクトってどういう機能があるのか教えてくれたりしない?」
「済まない。それは出来ない」
「マテリアライザー? ってのは教えてくれたのに」
「あれは盗まれてしまったものだからな。特例中の特例だ」
私は十分に煮えた具材を取り皿に移し、古月君に渡した。心なしか、奈良の大仏のように仏頂面だった古月君の顔が一瞬綻んだように見えた。
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