2章・第6話 故郷からXXXXX光年①

 男性向けの恋愛シミュレーションゲームやライトノベルには美少女転校生が一定の割合で登場するらしい。小学校や中学校じゃあるまいし、高校で転校生というのも何だか可笑しな話だと私は思っていたが、具体的にどう可笑しいのかと言われると答えに窮してしまう。敢えて言うなら、私立でなければさしたる制限もなく入れるであろう小学校や中学校と違って、義務教育ではない高校は転入試験などがあるからかもしれない。論理的ではないが、タダでは入れない高校に転校してくるというのが、何故だか私には不自然に感じられた。

 何故こんな話題を出しているのかというと、その転校生とやらがこの大鶴高校の、私のクラスにやって来たからだ。

古月涼ふるつきりようです。よろしくお願いします」

 坊主頭に少し毛が生えたような髪型のその転校生は、朴訥な顔をしてそう名乗った。特に何の変哲も無い、当たり障りの無い挨拶。

 高校の、しかもこの時期に転校生というのはやはり信じられなかったが、それはともかくとして転校生はセオリーに反して男であった。


       〇


 それは昼休みの出来事であった。

 無論、私は言うまでもないが他の生徒達にしても転校生は興味を引く存在であろう。私がお手洗いから帰って来た時、転校生の周りには人だかりが出来ていた。どうやら趣味は何だ、とか休日何しているのか、などといった事を聞いているらしい。

「あさひは行かへんのん?」

 一緒に教室で昼食を食べていた裕子は転校生の方を見ながらぼんやりと言った。

「え、何処に? 舞浜の遊園地?」

 我ながら脈絡のない事を言ってしまった。しかし、文脈が読めなかったものなのだから仕方がない。

「なんで遊園地の事が出てきたのか分からないけど、私が言ってんのは転校生の事」

「ああ、古月君ね。何でさ」

「興味ないの?」

「興味無くはないけど、減るわけじゃなし、人混みかき分けてがつがつ行かんでいいっしょ」

「あさひ相変わらず冷めてんなー」

「合理的と言いなさい」

 私がそう言うと、何が可笑しいのか裕子はあはは、と笑う。

「まあいいや。あさひのそういうとこ好きだし」

「そりゃどうも。っていうかさ、裕子こそ行けばいいじゃん」

「私もいいや。こんなか弱い女子に人混みかき分ける膂力も勇気もないし」

「自分から振っといて何だそりゃ」

 私は裕子の無防備な額にデコピンをする。すると「いて」と小さな返答が返ってきた。

「いいじゃんか別にー」

 そうぶーたれて彼女は上目遣いで私を見る。そんな彼女をお構いなしに私は話題の転校生の方を窺う。私は窓際最後の席という得難いポジションだが、彼は学校か担任に恨みでも買ったのか新参にも関わらず何故か教室の真ん中に席を配されていた。しかし人だかりは中々消えず、意外にも私が感じた朴訥さとは相反して話が弾んでいるようであった。

「人気者だな、転校生」

 そう言って話しかけてきたのは上原君の悪友である明石君であった。

「どした、明石君。上原君は?」

 私が言うと、明石君はくいと転校生の方を指差した。

「あいつは俺と違って好奇心旺盛だから」

「成程、それで私のとこに避難してきた訳か」

「まあな。菅原はなんか意識せずに話しやすいし」

「聞き捨てならんな。それってひょっとして私が男っぽいからって事?」

「さあ。流石にそれは良くわからん。雰囲気かね」

「あー一理ある」

「裕子まで。もうおっさんでいいよ、おっさんJK」

「あはは、何それウケる」

 裕子は本当にウケているんだかいないんだか分からない笑い方をする。

 やれやれと私はふと、転校生である古月君の方を見ると、丁度いいタイミングで彼と目が合った。

 私の気の所為だとは思うが、悟りを開いた僧侶のように落ち着き澄ました彼の目の中に、僅かな感情の揺れが起きたように見えた。


       〇


 それは烏もかーかー鳴き出す下校時間の事であった。

 自分でも何をしているのだろうかと思うが、気が付けば私は転校生たる古月涼を尾行していた。本来ならそのまま帰途に着いていた筈なのに本当に私は何をやっているのだろうか?

 しかし、どうしても彼が何者かが気になったのだ。あの時見せた瞳の動揺、あれは一体何だったのか。

 そこまで考えて、私がかなりセンチな論理に毒されている事に気が付いた。以前の昔はもっとこう、こんな違和感など只の気の迷いで片付けられていた筈なのに、これは一体どうした事だ。

 いいや、私は首を振った。熟考して決めた事なのだ。今更後には引くまい。

 クラスメイトに聞いたところによると、古月君はお池の公園の近くのマンションに住んでいるらしい。マンションからは池が見えるという事で、これはまた豪勢な事だと思うが、他人の生活事情など今はどうでもいい。早く彼に確認せねば、彼はマンションに入っていってしまう。

 古月君に気付かれない程度に適度に距離を保ちながら私は歩いた。間もなく彼は横断歩道を渡って路地の角を曲がったので、私も時間を置いて角を曲がる。

「あれ?」

 私は思わすそう声を漏らした。何故なら、古月君の姿が何処にも見当たらなかったからだ。

 おかしいな、そうやって私が転校生失踪の理由を考察しようとすると、

「成程、そういう事か」

などと、悟りでも開いているのかと思うような、落ち着き払った男の声がした。ぎょっとしつつ私が恐る恐る振り返る。

 そこには古月君が立っていた。

「や、やあ、どもども。奇遇だね」

 そう言った声は裏返っていた。

 これは非常に困った事になった。状況だけ鑑みれば、まるで私が一目惚れした古月君をストーキングしているみたいではないか。

 さり気なく後退ろうとする私の腕をなんと古月君はぎゅっと掴んだ。

「丁度良かった。菅原あさひ、お前に用がある」

「へ?」

 これはとても大胆なアプローチだ。ひょっとして目が合った時の彼の動揺は私に一目惚れしていたからだったのか。

 それとも、これから私は通報されるのか……

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