三章 そして誰もいなくなった

3章・第1話 菅原あさひはかく語りき

「あさひ」

「はい?」

 朝のホームルーム前であった。私が振り向くと、そこには古月君が立っていた。

「昼休みに話がある。構わないか」

「え、ああ。別にいいけど」

「そうか。では中庭に来てくれ」

「え、うん」

 そう言って古月君は元の席に戻っていった。すれ違うように裕子がやって来て私の前の席に着席。そして私の方を振り返ると、何やら妙なにやけ面でこちらを見た。

「いや、違うから」

 私は彼女の意図をすぐに察し、彼女が何か言うのを牽制するようにそう言った。


       〇


 たまに学校が窮屈に思う事がある。何と言っても授業中は先生の話を聞き、黒板に書かれたものから要点をまとめてノートに書き写し、お行儀よくしていなければならない。ちょっとしんどいからといって椅子から立ち上がったり出来ないし、背伸びもおちおち出来ない。お茶や間食なんてもっての外である。

 これではまるで軍隊だ。内容はともかく、この形式は正直きつい。というか、私としては別に授業なんか受けずとも個人でやった方がはるかに効率がいいし、分からない所を逐一先生に聞ければそれで十分だ。無論、授業がテストや受験のためだけではないという事も分かる。名物先生の授業とやらはその後の人生にも役に立ったり、考え方に影響を与えたりするという。その事を踏まえると、確かに誰かから教示を受けるというのはとても意義のある事なんだろう。だけど、だ。そうはいっても現実というのは悲しいもので。大方の授業は冗長で退屈なものなのだ。

 勉強自体は嫌ではないのだけれど、この授業という時間はどうにかならないものだろうか。そんな事を頭に残ったリソースを使って考えている内に、ようやく昼休みとなった。何故だろうか、時々、昼休みの時間が学校で一番好きな時間となりつつある。

 わたしは古月の方をさり気なく見たが、どうやらクラスメイトに話しかけられているようなので、そのまま先に中庭に向かった。

「あれ」

 昼休み、私が中庭に行くとそこにはヒルデさんと千道さんもいた。

 二人は私に気付き、おーいとばかりに手を振る。

「なんで二人がここに?」

「呼ばれたんよ」

「誰に?」

「古月君に」

「ああ」

 私は先日古月君に会った後、自宅にて彼にヒルデさんや千道さんの連絡先を教えた――勿論二人に確認した上で――のだった。どうやら早速彼と二人との間で交流があったらしい。

「あさひちゃん同じクラスよね。古月さんどうしてた?」

「あー、古月さんならクラスメイトに留められてたよ。もう少しかかると思う」

「ああ、そうなんだ」

 そう言って、ヒルデさんは頻りに視線を泳がせる。

 私は首を傾げた。見れば、千道さんの方も少し興奮気味のように思える。

「気のせいかな、二人とも興奮してるように見えるんだけど」

 私が言うと、二人して身を乗り出すように私にぐっと顔を近付けた。

「だってSFとか」「宇宙人だって、信じられないじゃない!」

「近い」

 まくし立てるように話す二人の顔をぐっと離す。

「私にとっては貴方達の存在だって驚愕なんですけどね」

「へえ、そうなん?」

「そうなんってあんた」

「あさひちゃん、私はエルフみたいなものが比較的当たり前の世界で育ってきたからそんなに驚愕じゃないのよ。楓ちゃんも同じ感覚よね?」

「そうそう。私は天狗が当たり前にいる世界で生活してたけん、妖怪とか言われても驚愕じゃないんよね」

「だけど宇宙人は」「違う! よねー」「これぞ未知との遭遇です」

「さいですか」

 興奮してやまない二人を差し置き、私は少しばかり欠伸をする。

 うららかな気温だ。しかしこれからもう少しで太陽からのラブコールがきつい季節になると思うと少し憂鬱になる。

 ふと、視界の端に見覚えのある顔が映った。古月君だ。

「済まない。遅くなってしまった」

 そう言いながら彼は颯爽といった感じで中庭へとやってきた。相変わらず無表情で、その大仏ぶりは健在だ。

「俺が古月涼だ。よろしく頼む」

 古月君は軽く頭を下げる。それを、金髪碧眼の少女と黒髪セミロングの少女は半ば興奮したような目で見ていた。


       〇


「そうか。つまり、ヒルデはスフィアとやらを、千道は『筑前通史』とやらを、俺はマテリアライザーを盗まれたと」

 先程ヒルデさんと千道さんから質問攻めに会っていたせいだろうか、古月君は心なしか、少しやつれているような気がした。

「マテリアライザーというのはエネルギーを元にして物を作り出す装置でしたね」

「ああ。だが生成出来るのはせいぜいが日用品だ。確かにこの星においては希少どころではない代物だが、出来る事などたかが知れてる。故に何故こんな物を盗み出したのか、正直なところ俺は困惑している」

「それなら私もだね、ってか私のこそたかが知れとるんよね。爺ちゃんの本盗んだって正直何も出来んし」

「スフィアは、まあマナというか、エネルギーを発生する宝具みたいなものだから、使い道が無いわけではないのですが……」

 私は中庭に設えられた丸太のベンチに座りながら、半ば傍観者の様な立ち位置で三者三様の意見を聞いていた。いや、誠に信じられない話が展開されている。未だかつて私の人生はおろか、有史始まって以来、こんな三者会談が展開された事はあったのであろうか?

 唐突にヒルデさんがこっちの方を向く。私が少しぼんやりしていた事も悪いが、いきなりだったので少しぎょっとしてしまった。

「あさひちゃん」

「は、はい。なんでしょう」

「あさひちゃんはどう思う?」

「どう思う、って言うと?」

「ディオゲネス倶楽部が盗っていった物についてよ。なんでスフィア、『筑前通史』、マテリアライザーを盗っていったのか、あさひちゃんの意見を聞いてみたいの」

「うーん。そう言われてもな。私はその三つ共に縁がないし」

「菅原あさひ、俺も是非聞いてみたい」

「ああもう、分かったよ。私が思うに、三つ可能性があると思うの」

「三つ?」

 千道さんが言った。

「うん。一つ目は特に理由のない盗み。これはあれだね。その三つとも何かに使う用途で盗んだんじゃなくて、単に目に付いたからとりあえずかっぱらってきたって可能性」

「でも菅原さん。普通理由が無いと盗まないんじゃないかな」

「理由はあるじゃない。怪文書よ」

「あ、そか」

 千道さんは思わずそう漏らした。

「何か目的があってそれらを盗んだんじゃなくて、単純に何かが盗まれた事を気付かせてなおかつ怪文書に目を向けさせ、この街まで来させる事が出来たのなら、犯人の目論見は成功と言えなくもない。これが一つ目の可能性」

「じゃあ、二つ目ってのは?」

「二つ目はそれぞれ別の用途で使いたいから盗んできたって可能性。まあスフィアはエネルギーが多分無限に湧き出すような代物らしいじゃない。じゃあそれを電気エネルギーとかに回したりだとか、何かの動力源に使ったりだとか色々応用が利きそうなものよ。マテリアライザーだって、詳しくはないけど話を聞く限り中々便利そう。『筑前通史』はー、ごめん、よく分からないわ。これだけはとりあえず盗って来たのかもだし、面白そうな読み物として持ってきたのかも。んで、盗るという事で貴方達をこの街まで誘導させるという目的まで達せられるなら、この場合は一石二鳥になる」

「それでは、三つ目というのは?」

 ヒルデさんは言った。

「三つ目はそれぞれは別の用途で使うのではなく、一つの目的のために盗ってきた可能性」

「一つの目的?」

「ええ。さっき話に出ていなかったっけ、スフィアを使えばひょっとしてマテリアライザーで日用品以上の物が生成出来るんじゃないかって」

「ああ、そうだな」

「私が言いたいのはまさにその事。スフィアとマテリアライザーの組み合わせで何かを生成する事が出来るなら、盗む意味がある」

「んーでも、菅原さん。『筑前通史』はどう説明すればいいのかな。あれは組み合わせようが無くない?」

「まーそこなんよね。千道さん、その本ってさ、何か神通力的な力とか宿ったりしてないの? 天狗が書いたんなら何か宿ってそうだけど」

「んにゃ、無いと思うよ。人間が書こうが天狗が書こうが本は本たい。勿論、鬼道を使えばそんな事も出来なくは無いけど、爺ちゃん、普通に書きよるって言ってたし」

「そうなんだ。んーそうだね、スフィアとマテリアライザーを組み合わせて、なおかつ通史を活用出来る方法が何かあると思うんだ。そう、例えば、通史の中身の記述とかに何か活用出来るものがあるのかも。生成したい物質の材料が書かれてるとかさ」

「ほーほー、なーるほどねえ」

「以上が私の三つの説。どう?」

「成程、参考になる」

 古月君は言った。

「つっても、犯人の目的が分かったところで犯人が誰なのか、何処に潜んでいるのかが分からなければ致し方ないような気もするけど」

「そうでもないだろう、菅原あさひ」

「それはどうして?」

「ああ、何故なら目的を察する事がディオゲネス倶楽部の次の行動を予測する手立てにもなるからだ。確かに希望は薄いが、対策の手立てにはなるかもしれん。察しのいいお前なら分かってるかと思ったが」

「最後の一言は余計よ、古月君。でも確かにそうね、貴方達は奇天烈な事が出来るんだし、対策が打てるならなんとか出来るかも……ってかさ、今更なんだけど、これそんなに大真面目に対策するもの?」

「さてな」

「さてなって、古月君」

「でもあさひちゃん、やられぱなしってのはなんか嫌じゃない」

「私もひーちゃんに賛成」

 ひーちゃんというのはヒルデさんの事だろう。しかし、ヒルデというのが既に略称の筈なのだが。

「はあ、負けず嫌いね貴方達」

「菅原さんは楽しくはないの?」

「それは」

「それは?」

 顔を覗き込んでくる千道さん。私は首を思い切りぶんぶんと振る。

「違う、面倒なだけだって。だってそうでしょ、よく分からない他人に振り回されて傍迷惑もいいとこ。いい気なもんよ、他人の気持ちも考えずに」

「あーね、ま、そういう考えもあるか」

「そういう考えしかないから」

「まあまあ、あさひちゃん。とりあえずここは抑えて」

 ヒルデさんに宥められ、私は自分が少し興奮気味になっていた事に気付いた。

「あ、ごめん。ちょっとムキになっちゃった、かも」

「いや別にいいばい、そんくらいで」

 そう言って千道さんは朗らかに笑う。

「菅原あさひ、お前はこれからどうする」

「どうするって、どういう事?」

「そのままの意味だ。この件に対してあくまで受身的態度を取り続けるのか、それとも、能動的態度を取るのか」

「ううん、別にどっちでもないよ。今んとこどうしようもないから、とりあえず様子見するつもりだけど、貴方達が犯人を探すっていうなら止めはしないし、自分は出来る限りの協力はする。一応、自分も関係者らしいし」

「そうか」

「んじゃ、もう行くね」

 私は三人に軽く手を振り、その場を去っていった。

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